精霊の森から出ると直ぐに俺は、王へ会いにいく。
これから近衛を付けてもらえるように、交渉しないといけない。
王が政務を行う執務室に入ると、3人の兄達も一緒にいた。
おっと、これはお邪魔だろうか?
気が急いて突然きてしまったが、よく考えたらまだ仕事中だよな……。
「お父様、お兄様。お仕事の最中に突然訪ねたりしてごめんなさい。また改めてきますね」
「いや、丁度休憩しようと思っていた所だよ。何か用があったのだろう? 問題ないから、言ってみなさい」
王は娘の訪問に気分を害する事なく、それまでしていた兄達との会話を中断して尋ねてくれる。
相変わらず、末っ子の娘には甘い父親だ。
俺には息子しかまだいないが、父親にとって娘は可愛い存在なのだろうか?
何にせよ、今話を聞いてくれるなら時間が無駄にならずに済むのでありがたい。
「ありがとう、お父様。じゃあ、遠慮なく用件を伝えますね。私に専属の近衛を付けてくれませんか?」
「あぁ、ヒルダにもそろそろ必要な歳だろう。では候補を集めておくので、その中から選ぶとよい」
「はい、出来れば女性で良い人を探して下さいね」
王とのやりとりに対して、3人の兄達は一切口を挟まない。
兄達とは200歳以上も歳が離れている所為もあり、ヒルダは一緒に育っていないからか距離を置いていたようだ。
男の俺には兄妹として抵抗はないが、ヒルダにとって兄達は性別が違うため親しく出来なかったのだろう。
王族の近衛は100歳頃に付けられるそうだが、記憶が戻る前の俺はガーグ老達、影衆の精鋭部隊が傍にいたので必要だと思わなかったらしい。
今はお役目を果たすために、女性の近衛は大歓迎だ。
上手くいけば最短1年で、日本に戻る事が可能かも知れないし……。
希望が叶ったので、これ以上政務の邪魔をしないように直ぐ退出した。
数日後。
俺の前に女性騎士が30名程、集められた。
子供を産んでもらう相手が必要なので、全員が女性だった事に安堵する。
これはきっと娘の傍に男性を近付けたくない、王の采配だろう。
俺は、その中から自分の好みを優先して厳選させてもらった。
いやまぁ、なんだ……。
男として誰でも良いと言われたら、普通は好みのタイプを選ぶだろう?
とはいっても、エルフは元々がスレンダーな種族だから遺伝的にそこまで大きい女性はいないんだが……。
近衛としての腕はこの際、関係ない。
母体として健康であればいいだろう。
本当の護衛はガーグ老達が担っているから、女性の近衛はいわば対外的な格好つけに過ぎない。
そのお役目も、俺には回ってきたりしないけど……。
そうして、選ばれた10人の近衛達と仲良くなった頃。
俺は、そろそろいいだろうかと比較的地位の高い女性に声を掛けてみた。
「お願いがあるんだけど……。私、子供が欲しいの。その……私の子供を産んでくれないかしら?」
時間がないため、かなり直接的な表現になってしまったが、子供を産んでほしいというのはプロポーズとして使用される言葉なので意味は伝わるだろう。
結花、これは浮気じゃないぞ?
お役目のために、【秘伝薬】を使い妊娠してもらうだけだからな。
「……姫様。大変ありがたい申し出ですが……。私、結婚しているんですの。もう20年程、遅かったですわね」
そして返ってきた返事に落胆する。
同じ過ちを繰り返さないよう、他の近衛達が既婚者かどうか確認するとなんと全員が結婚していた!
もしかして、これは精霊王の差し金なんじゃないかと勘ぐってしまう。
10人全員が既婚者なんて普通は有り得ないだろう!
あのお綺麗な顔をした、精霊王の笑い声が聞こえるような気がした……。
こうして俺の計画は最初から躓きをみせ、その後の変更を余儀なくされる。
どうやらお役目を果たすには、時間が掛かりそうだった。
ガーグ老から剣の稽古を受けるようになってから、普段着を簡素な物に変更する。
スカートは恥ずかしいので毎日ズボンを穿く事にしたら、女官達が嘆いていた。
余りに悲しそうな表情をするので俺には不要な装飾品を渡すと、女官達は現金なもので「家宝に致します」と言い機嫌を直してくれた。
女性は宝石類が好きだからな……。
そんな物でいいなら幾らでも渡しておこう。
王女としてやる事がないので、俺は毎日ガーグ老と剣の稽古に明け暮れていた。
そろそろLvが上がったかとステータスを確認すると、何故か剣術が表記されていない。
ガーグ老に確認すると、剣で魔物を倒さない限りステータス表記には現れないらしい。
それは知らなかった……。
王宮の外に出る事は殆どないので、このままだといくら剣の稽古を続けても意味のないものになってしまう。
そこで俺は、ガーグ老達に将棋を教えて賭けをする事にした。
漢字を記号として覚えてもらい、駒の意味と動きを解説する。
王を守る意味がある将棋はガーグ老達には新鮮に映ったらしく、直ぐにルールを覚えて指せるようになった。
でもそう簡単に俺には勝てず、勝利した後で竜馬に乗り王宮を抜け出す事に成功。
あまり遠くに行く事は出来なかったが、道中出てくる魔物を狩り無事に剣術がステータス表記される事になった。
その後、180年――。
俺の生活は代わり映えしない日々が続いている。
折角剣術Lvを上げたのに、王族は冒険者になれないと言われ意気消沈し、子供を産んでくれる相手も見付からず、正直もう日本に帰る事は諦めていた。
この世界と地球での時間が、同じなのかどうかさえ不明である。
だが100年を過ぎた辺りで、家族に再び会う事は無理だろうと思わざるを得なかった。
現在300歳。
長命なハイエルフにとっては、まだ30歳くらいの感覚だろう。
俺が日本から、この世界にやってきた歳と同じか……。
ある日、王に呼ばれて人族のカルドサリ王国に外交に行く心算はあるかと尋ねられた。
新しい王が即位するため、その祝いの席に呼ばれているが兄達は都合が付かずいけないらしい。
国を出た事はないので、俺は二つ返事で了承する。
このままだと王宮で飼い殺しになる所だ。
王の娘に対する溺愛は、適齢期になったにも拘わらず俺に婚約者がいない事で証明されている。
娘を手許に置いておきたい親の気持ちもよく分かるし、結婚なんかする心算もないので婚約者を宛がわれても困るだけだ。
だから、それに関しては非常に感謝していた。
ただそれと、退屈な日々を送るのは別問題。
他国に行けるというなら、もしかするとお役目を果たせる可能性も出てくる。
運命の相手は、ひょっとしてカルドサリ王国にいるんじゃないか?
そんな風に期待しながら、王族専用のドラゴンに乗り別大陸へ渡った。
ちなみにこのドラゴンは、竜族ではなくテイムされた魔物の方だ。
なので人の姿に変態する事は出来ない。
竜族はプライドが天より高いと聞くから、誰かをその背中に乗せる事はよしとしないだろう。
例外は契約している相手だけらしい。
まぁ、その点はハイエルフも同じようなものだな。
身内には優しいが、王族は基本傲慢だ。
他種族は、塵芥程度にしか思っていないかも知れない。
それでも、人族の作り出す宝飾品が好みなので貿易をしているにすぎない。
今回の外交も、優先順位が低いので兄達が行く事にはならなかったのだと思う。
カルドサリ王国に到着して直ぐ、即位式に参列した。
新しく即位した王は、まだ年若く30歳程に見える。
既に王妃と王子がいるみたいだ。
夜は宴が催されるとあって、エルフ国の食事とは違う料理を期待していたのに……。
これまた期待外れだった。
そうして何度目かの台詞がつい口から零れる。
「ハンバーガーが食べたい……」
カルドサリ王の隣の席順だった俺の言葉に、王が相槌を打つ。
「俺は、テリヤキ味が好きだった……」
うん?
テリヤキ味だと!
もしかしてこいつ、元日本人か!?
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