客人にしては、奇妙な姿勢に訝しむ。
儂に気付いたであろうに、目の前の男は顔を上げる事なく首を垂れたままだ。
仕方なく口を開いて問い掛ける。
「お主は、ここで何をしておる」
「はっ! 私は火の精霊王様から、御前様の側仕えを任された者です」
「儂の側仕えとな? 知り合いに話しておくと言っておったが……」
火の精霊と契約出来ぬのを案じ、精霊王が呼び出してくれたようだの。
しかし何故もっと若いピチピチした女子ではなく、むさい中年男なのだ……。
精霊王は男心を知らぬとみえる。
「あ~、分かった。儂はシュウゲンじゃ、お主の名は何と申す」
「バールとお呼び下さいませ」
「して、バール。鍛冶に必要な火魔法を、お主が使えるのかの」
「はい、私が火の精霊に代わり鍛冶の手助けを致します」
それなら、鍛冶職を諦めずに済みそうだ。
「では、必要な時に呼び出そう」
「あの……。私は精霊と違い姿を消せませんから、御前様のお側に置いて下さい」
何だとっ!? 儂は、この中年男とずっと一緒にいなければならんのか?
「それは、一緒に生活するという事か?」
「問題なければ側仕えとして、お世話をさせて頂きます」
問題大ありじゃわい!
火の精霊と契約すると思っている両親に、何と説明してよいか分からんではないか!
だが、この者がいなければ鍛冶職には就けん。
むうぅ、驚かせてしまうが火の精霊代わりだと紹介しよう。
「バール。家族に話をするから、家へ入ろう」
声を掛けると、片膝を突いたままの男が立ち上がる。
2mを超す身長に赤褐色の肌をした大男の姿を見て、貧乏くじを引いた気分になった。
2人で家に入ると、儂の帰りを待っていた両親が見知らぬ男性に気付き不思議そうな顔をする。
「シュウゲン、その方は?」
母親から尋ねられ腹を括った。
「火の精霊と契約出来ない代わりに、精霊王が儂に付けてくれた者だ」
「バールと申します、お見知りおき下さい」
名を名乗ったバールをポカンと見つめ、母親が呟く。
「えっ、人型の高位精霊?」
「いえ、私は赤……火属性の種族です」
「精霊ではないのか……。シュウゲンは、どこまでも規格外だな」
父親は呆れたように溜息を吐いて大きく首を横に振り、やれやれという仕草をした。
冒険者登録をした翌日、C級冒険者になった息子を思い出したのか、大きく驚いた様子はない。
「それで、これからこの者と一緒に生活する事になった。ダンジョン攻略中はパーティーを組むし、負担にならないようにするから心配はいらない」
「ええっと、バールさん。息子を、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、急にお世話になります」
何とか状況を理解した母親とバールの遣り取りに、ほっとする。
火の精霊ではなく、火属性の種族が儂の側についた事を分かってもらえたようじゃ。
それにしても、バールは何の種族なのかの。
本人が言わぬから、こちらもおいそれとは聞けぬ。
秘匿性がある種族なら、知らないままでいた方がよいか……。
バールは食事をする必要がなく、今日は庭で寝ると言う。
儂の部屋で2人生活するのは狭かろうと、申し訳ないが提案を呑んだ。
客人を庭で寝かせるのは両親が恐縮していたが、空いている部屋がないのでどうにもならない。
本人は気にしていないようで、最初地面にそのまま寝ると言うから慌ててテントを張ったくらいじゃ。
こうして、1人だった儂は2人パーティーになった。
鍛冶師ギルドに登録するには基本Lvが100を超える必要があるため、ソレイユの町を離れ大型ダンジョンがあるマクサルトの都市へ向かう。
少年姿の儂1人では、知り合いのない場所で舐められるかもと思っておったが、バールがいるお陰で絡まれる事もなく冒険者活動は順調に進んだ。
大型ダンジョンに出現する魔物も簡単に倒せたので、換金した一部の金を母親宛てに仕送りを続ける。
年齢的に幼い息子を心配している母親を安心させるため、定期的に冒険者ギルドの早馬で手紙も送った。
仰々しい態度だったバールには、何度も普通に接しろと言い聞かせ改めさせた。
いくら精霊王から頼まれたとしても、今の儂に御前様はないじゃろう。
「これは私の意志ではございませんから、それをお忘れなきよう」
そう言って、漸く敬語を止めたが……。
あれほど頑なになる必要が、どこにあったのだろうな。
マクサルトの大型ダンジョンの攻略を始めて半年経過した頃、基本Lvが100を超えた。
パーティーを組んでいるバールは、基本的に魔物を倒さず手は出さない。
儂が1人で倒していたので、Lvが上がり易かったのか?
鍛冶師の登録基準に達し、鍛冶師ギルドの門を叩いた。
冒険者ギルドの受付嬢とは違い、むさくるしいおっさんに登録申請すると、儂ではなくバールに用紙を渡す。
やはり年齢的に鍛冶師登録するのは早いと見られたようでムッとし、用紙をバールからひったくる。
記入項目には、名前・年齢・Lv・契約精霊とあり困った。
契約している精霊はいないため、『火属性の種族』と記入した用紙を提出する。
儂が記入した事に苦笑し、受付担当の男がぷっと噴き出す。
「坊主、鍛冶師になりたいのは分かるが10年後に出直せ」
思わず言い返そうとした時には、バールが初めて見せる赤い大槍を手にし男の喉元に突き付けていた。
大槍をどこから出したのか分からず、一瞬唖然とする。
「お前如きが、御前様を愚弄するでない。命が惜しければ、その口を閉じる事だ」
あれほど普通に接しろと言ったのに、儂を軽んじる態度を見て忘れたようだわい。
殺気立つバールを宥め、登録がスムーズにいくよう一計を案じる。
「C級冒険者のギルドカードだ。冒険者ギルドマスターから、通達はなかったか?」
ソレイユの冒険者ギルドマスターが、マクサルトの冒険者ギルドマスターへ話を通してくれていたので、同様に鍛冶師ギルドへ連絡が入っていないか確認した。
冒険者ギルドカードは偽造出来ないように機械処理されているから、カードを見せるだけでも心証は違うだろう。
案の定、C級冒険者カードを見た担当者の顔色が変化した。
「悪かった。ギルドマスターを呼んでくるから、少し待っててくれ」
急に態度を変え、バールに向かって一礼すると男は足早に去っていく。
残された儂らは顔を見合わせ、肩を竦めた。
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