この世界に転生して180年。
俺は、勿論誰ともそういう関係になった事はない。
意識が男性のままなので、相手が女性じゃないと無理だろう。
そして周囲には、女官と近衛しかいなかった。
手を付けるには躊躇う相手ばかりではどうする事も出来ず、非常に長い間禁欲生活を強いられていた訳だが……。
女性にだって性欲はある。
女官長が盛った媚薬の効果は、残念ながら効き過ぎだった。
しかし今この部屋には2人きり。
響の方は、かなりヤバイ状態になっている事が予想される。
ベッドの上で何度も寝返りを打って眠れない様子をみると、まだ起きているんだろう。
俺は間違いが起きないよう、ベッドから抜け出し部屋を出る心算で扉の取っ手を回す。
第二王妃に用意された宮には来客用の部屋も幾つかあったので、一晩そこで眠ればいいと思ったからだ。
が……、何故か扉は開かなかった。
用意周到すぎんだろっ!
どうやら逃げられないよう、部屋に閉じ込められているらしい。
俺の性格を把握している女官長の優秀さを、こんな時に思い知る。
もう体の方は限界だ。
「樹? どうした?」
ベッドから抜け出した俺に気付いた響が、かすれた声で問いかける。
「あぁ、部屋から出ようと思ったら鍵が掛かっていた」
「部屋から出る? 一緒に寝ればいいだろう?」
いやいや、今俺達が同じベッドで一緒に寝るのは非常に不味いんだよ!
「あ~、ちょっと眠れないから先に寝ていてくれ」
俺は一縷の望みを賭けて、小さくガーグ老の名を呼んでみる。
いつもなら常に傍に付き従っている影衆の当主は、今日ばかりは室内にいないみたいで姿を現さなかった。
まぁ、そうだよな。
新婚初夜に警護する意味もないだろうし……。
流石に、プライベートは優先してくれているんだろう。
女官長にも何か言われている可能性がある。
今夜は部屋から少し離れた場所で待機しているのかもな。
あぁ、打つ手なしか……。
このまま媚薬の効果が薄れるまで起きている訳にもいかない。
俺は30分程経った所で、再びベッドに戻る事にした。
響はもう寝ているだろうか?
すると、隣に入ってきた俺に響が困惑した様子で声を掛けてきた。
「誤解しないでほしいんだが……。先程から、体がおかしい気がする」
そりゃそうだろう。
媚薬入りの酒を飲んだんだから、息子が元気になっている筈だ。
知らないと可哀想なので、俺は原因を教える事にした。
「悪い。さっき飲んだ酒の中に、女官長が媚薬の類を入れたみたいだ。おかしな事じゃないから、心配するな」
「やっぱりかっ! どうりで……。お前に欲情したのかと、焦ったじゃないか」
「それはないだろう。しかし、この媚薬の効果が最悪すぎる。無理矢理その気にさせられるのは、どうなんだ?」
「それが目的なんだから仕方ないだろう。媚薬の効果は、いつまで続くんだ? 結構、辛い状態なんだが……」
それは俺の方も同じだった。
だが、響の方がより深刻だろうなぁ。
息子が元気なうちは、一度抜かないと……。
「あ~、遠慮せず処理したら? 男同士だし、恥ずかしくもないだろう」
「いや幾ら何でも、俺だって恥ずかしい。お前の方は大丈夫なのか?」
全然、大丈夫じゃね~よ!
「そこは聞かないでくれると助かる」
「そうか……」
暫く無言の状態が続き、室内は静寂に包まれた。
聞こえるのは、お互い吐息だけの状態になる。
平静を装って会話を続けていた反動からか、隣の響を妙に意識してしまう。
このベッドも、やけに小さいと思ったんだよ。
女官長が策士すぎる!
お互いの体温が感じるくらい傍に相手がいる事に、禁欲生活が続いていた俺はつい魔が差したんだと思う。
気付いたら、ぼそりと疑問を口にしていた。
「女って、どう感じるんだろう?」
「それは永遠の謎だな。性別が変わらない限り、理解出来ないんじゃないか?」
「俺、今は女だけど……凄く興味がある」
「お前……。本気で言ってるのか?」
「体験出来るなんて、男のロマンだと思わない?」
「そりゃ確かに、羨ましいと思うが……。誰とする心算なんだ? もうお前は、俺と結婚してるんだぞ?」
「だから、問題にならない相手が隣にいる」
響の事をじっと見つめると彼は一瞬驚いた表情をして、その後少し悩むように眉を寄せた。
「……俺に相手をさせる気なのか?」
「問題がないのは、1人だけしかいないしね。選択の余地がないんだわ」
「後で後悔する事にならないか?」
「今夜の事は、媚薬の所為にして綺麗に忘れよう! あっ俺、初めてだからよろしく~」
「……なるべく善処する」
その後、交わされた行為は思い出したくもない。
「痛って~な、このヤロー!」
「馬鹿、叩くな!」
「もう早くしろ!」
初めてだった俺は予想以上の痛みを味わった挙句、記憶を思い出してから第一王妃と閨を共にしていなかった響が我慢出来ず早々に果ててしまう。
ちなみにこの世界で衛生用品なんてものがある筈もなく、非常に気持ち悪い思いをしただけだった。
翌日の朝。
最悪な初夜を迎えた俺達は、とても気まずい思いをする事になる。
そしてお互いの第一声が、
「なかった事に!」
だったのには笑ってしまった。
あぁ早かった事は、武士の情けで言わないでいてやるよ。
その後、何事もなかったように生活を送り、エルフの国では出来なかった城下町へのお忍びも響が連れ出してくれた。
酒場に繰り出し酌婦の胸元に金を入れる。
ちょっとくらいなら、いいだろう?
そんな楽しい毎日に衝撃が走ったのは、カルドサリ王国にきて3ヶ月が過ぎた頃だった。
食事の最中に突然気持ち悪くなり、吐いてしまったのだ。
王族の食事には必ず毒見役が付いている。
そのため毒が混入された可能性は限りなく低かった。
傍で見ていた女官長が、慌てて俺の背中をさすりながら言った言葉に固まってしまう。
「姫様。ご懐妊、おめでとうございます!」
何ですと!?
男の俺が妊娠した?
俺は、その日からショックで寝込んでしまったのだった。
ポイントを押して下さった方、ブックマークを登録して下さった方、作品を応援して下さった方。
読んで下さる全ての皆様、ありがとうございます。
応援して下さる皆様がいて、大変励みになっています。
これからもよろしくお願いします。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!