【フェンリルの女王】
私が産んだ6匹の子供の内、最後に生まれた娘は魔力を蓄える器官が脆弱すぎ成長が望めなかった。
いくら魔力を与えても体内には留まらず、水が零れるように流れてしまう。
その遅い成長を見て、愛しい我が子をこの手で処分する決断を下す。
このままだと娘はいずれ死ぬだろう。
生きられない娘のために、これ以上魔力を与えるのは無駄になる。
既に兄妹達へ与える分を回していたからだ。
覚悟を決めた矢先、番である夫から世界樹の精霊王の下にいる巫女姫に預けてみようと提案される。
何でも交流のある竜王から、赤竜と聖竜の間に生まれた双子達を巫女姫が育てている話を聞いたらしい。
種族の違う竜族の卵には2体入っており、孵化するのは難しいと長老が託したそうだ。
巫女姫の魔力を注がれた卵は無事に孵化し、2匹の竜族も元気に成長しているのだとか……。
それならと私は一縷の希望を持ち、世界樹の精霊王へ娘を育ててほしいと願い出た。
精霊王は暫く考え込んだ後、養い子である巫女姫を呼び寄せどうするか尋ねてくれる。
その小さな巫女姫の傍には、まだ生まれて100歳にも満たない2匹の子竜の成長した姿があった。
祈るように巫女姫を見つめると、小さな彼女は任せて下さいと胸を叩く。
私はその言葉にほっと胸を撫で下ろし、娘を託した。
娘と最後の時。
「貴方は魔力をどれだけ与えても、吸収出来ない体質みたいね。もうこれ以上、私の下では育てられないわ。兄妹に必要な魔力が足りなくなってしまうのよ。これが私から貴方に与える最後の魔力結晶。どうか少しでも長く生きて……」
巫女姫に預けても、魔力を蓄える器官その物が働かなければ早晩命は尽きるだろう。
私はその日、5匹の兄妹へ与える魔力を全て魔力結晶化し娘の口に入れた。
そのまま眠ってしまった娘を巫女姫の所へ連れていく。
あぁどうか、可愛い私の娘を無事に育ててほしい。
そう願い、精霊の森を後にした。
棲み処である自分が治める森へ帰ってくると、兄妹達が末っ子の妹がいないと気付き泣き出してしまう。
一緒に育った子供達は、成長の遅い末っ子をとても心配していたのだ。
私は正直に自分では育てられないと伝え、娘をある人物へ託した話をする。
心配した子供達が見にいかないよう、巫女姫の事は伏せた。
兄妹の姿を見れば、娘が戻ってきてしまうかも知れない。
それは望みが絶たれるも同然だ。
あの子は、もう長く生きられない。
巫女姫の下で、命を繋いでいられるのも僅かばかり……。
その日以降――。
私は幾度も精霊の森へ足を運び、気配を消して娘の姿を見守った。
巫女姫は毎日自分の魔力を限界まで娘に与えては、昏倒し眠っている。
そこまで献身的に娘を育てているのを知り、私は頭が下がる思いで一杯だった。
魔力を限界まで与えてしまえば無防備の状態になり、それだけ自分の身を危険に晒す。
常に狙われる立場の巫女姫の傍には2匹の契約竜が付き添っていたけれど、あの子竜達はまだ幼い。
世界樹の精霊王の治める森の中でも、決して安全とは言えないからだ。
そんな娘の成長を1年、10年、50年と見続けてきた。
まだ体長は30cmにもならない娘だけれど、巫女姫の魔力を毎日与えられ脆弱だった器官も少しずつ回復の兆しを見せ始めている。
この頃になると、私の後を付けた子供達が末っ子の姿を代わる代わる見にくるようになっていた。
勿論、姿を見せないよう厳重に注意した上で、その成長を見守っている。
中でも長男は、一緒にいる獅子族を兄と慕う姿を見ながら胸を痛めていた。
自分が兄と名乗れず、守れないのを悔しく思っているのだろう。
せめてもと、妹の番は自分達で探すと決めたようだ。
その気の早さには、思わず笑ってしまった。
これは相当、相手の雄が大変な目に遭いそうね。
そうして100年が過ぎた頃。
娘の魔力量は、フェンリルとして規格外に増えていた。
流石、巫女姫。
持って生まれた魔力量を、更に増やせる唯一の存在。
完全に修復した娘の器官は、巫女姫の与える魔力を自分の物にしたのだろう。
兄妹の中で一番の魔力量を誇る末っ子は、女王の次代となる。
子供達は許嫁を必死に探し回り、末っ子が幸せになれるよう望んでいるみたいだ。
漸くお眼鏡に適う雄が見付かったと報告をもらい、私は娘の許嫁を伴い世界樹の精霊王の下を再び訪れた。
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