眠りに就いた後で、今日もまた香織ちゃんの夢をみていた。
いつもとは違い音声のみではなく、ぼんやりと景色のようなものが見える。
住んでいる家に既視感を覚えた。
貴族が住むような屋敷に部屋の中?
私が予想していた通り、香織ちゃんは貴族に転生していたようだ。
部屋の中に誰かが2人入ってきた。
輪郭からすると、大人と子供らしい。
「この部屋は娘が使うから、貴方は出て行きなさい!」
そう言って、女性が香織ちゃんの手を掴み引きずり出した。
この様子をみると、女性と娘は香織ちゃんと血が繋がっていないのかも知れない。
本当の母親なら、娘の部屋を取り上げたりはしないだろう。
ならば、この女性は父親の再婚相手?
実の母親は亡くなってしまったのだろうか?
場面が変わり、今度は香織ちゃんが女性に虐待を受けている。
正座をした状態で、何度も彼女が手にした棒で背中を叩かれていた。
夢だと分かっているけど、その場に行き庇ってあげられない事が悔しくてならない。
もし同じ場所にいたら、茜から習った技でこの女性を蹴り飛ばしてやるのに!
香織ちゃんは、何度もごめんなさいと泣きながら謝り続けていた。
小さな子供が叩かれる程、悪い事をしたとは思えない。
虐待している女性は、理由もなく自分のストレス発散のためにしているんじゃないか……。
そんな風に感じる程、執拗に棒で叩いていたのだ。
止めて!
私の妹に、何て事をするの!
これ程まで酷い仕打ちを受けていたのかと、私は怒りで胸が一杯になる。
その後――。
香織ちゃんは別の場所に移動させられ、どこかに閉じ込められた。
逃げられないよう、閂がされている。
家具ひとつない場所には、地面に直接布団が敷かれているだけだった。
その薄っぺらい布団を体に巻き付け、香織ちゃんは震えている。
「ううっ……寒い。ひっぐっ……痛いよ……。もう嫌っ、何で私はリーシャなの?」
えっ!?
今、……リーシャって聞こえた?
そんなっ、……まさか香織ちゃんはリーシャだったの?
「ゲーム通りなら、私は明日亡くなるんだよね。やっと、解放されるんだ……。もう我慢しなくて済むなら、それでいい。だけど、2人の事は許せない。沙良お姉ちゃん、ごめんなさい。どうか私の代わりに復讐してほしい……」
それだけ言うと、香織ちゃんは目を閉じ地面に倒れ込んでしまった。
徐々に呼吸が少なくなっていく。
真っ暗な室内で、香織ちゃんの弱々しい息遣いだけが聞こえる。
だけどそれも僅かなものになった頃。
「召喚! 椎名 沙良」
香織ちゃんが最後に呟いた。
一瞬、体全体が光を帯び暫くして治まると、代わりに私が現れる。
あぁ、そんなっ!
嘘でしょう?
私を異世界に召喚したのは、香織ちゃんだったの?
そして、もう香織ちゃんは亡くなってしまっていた!
唐突に目が覚める。
私は、今みた夢が信じられなくて呆然となった。
次に助けられなかった事実を悲しんだ。
目から涙が次々と溢れ枕を濡らしていく……。
また妹を亡くしてしまった。
今回は生きていると知りどうにか助けようと思っていたのに、それは既に叶わない。
怒りと悲しみで気持がぐちゃぐちゃになり、自分だけではこの事実を受け止められそうになかった。
兄やお母さんに、こんな事は言えない。
香織ちゃんが転生して虐待され亡くなった話をすれば、産んであげられなかったお母さんはどんなに胸を痛めるだろう。
香織ちゃんのために、弁護士を目指していた兄も同様だ。
何より兄がリーシャに転生していた事を知れば、公爵邸に乗り込みどうするか分からない。
私でさえ、父親の公爵に対し怒りを抑えきれないのだから……。
妹は実の父親に見殺しにされたのだ。
父親が育児放棄をしなければ、私の妹は生きていた筈なのに!
ここが乙女ゲームの世界だろうと、そんな事は関係ない。
私は人生で初めて、これ程まで人を憎めるのかと思った。
出来れば同じ目に遭わせてやりたいくらいだ。
幾度にも及ぶ虐待の末、空腹と寒さが原因で非業の死を遂げた妹が哀れでならない。
私は真実を誰にも話さない事を決めた。
これは私だけが知っていればいい。
だけど、今日だけは独りでいたくなかった。
私は兄の部屋に移転し、兄に抱き着き泣いて縋った。
「……沙良? どうした? 怖い夢でも見たのか?」
寝ていた兄を起こしてしまったけど、私が泣いている事を知り心配そうに言葉を掛けてくれる。
「お兄ちゃん。夢でみた香織ちゃんがね、病気が原因で亡くなってしまったの。それがとても悲しくて……」
事実を言えない私は、香織ちゃんが病気で亡くなったと話をした。
転生している事を伝えてしまった以上、生きていない事を内緒にする訳にはいかない。
知らなければ、兄は香織ちゃんを探そうとするだろうから……。
再会出来ると思っていたのに、私から亡くなった事を聞き兄は一瞬体を強張らせた。
そして、何かを飲み込むように小さく息を吐く。
受け止めるには残酷な真実を言葉にする事はせず、慰めを口にする。
「そうだったのか……。辛いな……」
そう言うと兄は私を優しく抱き締め、何度も背中を撫でてくれた。
そうされると徐々に怒り昂っていた気持ちが落ち着いてくる。
私が泣き止み眠りに就くまで、兄はずっと手を休める事はなかった……。
『あ~テステス、お姉ちゃん? 驚かせてごめんなさい。実は私、また生まれ変わる事が出来るの。だから早く両親を召喚した後で、仲良くしてもらってね! お父さんが、迷宮ウナギを沢山食べれば大丈夫だよ。それまで、私はお姉ちゃんの体の中にいるから。あと旭さんは、お……幸せに……』
再びみた夢では、香織ちゃんからなんとも気の抜けた事を言われてしまう。
そうか、香織ちゃんは私の中にいるんだね。
だから、冒険者活動をしている事を知っていたのか……。
最後の言葉は、また途切れてしまっているけど、「お兄ちゃんと幸せになってほしい」かな?
私は香織ちゃんが生まれ変われると分かり、その後は安心して眠る事が出来たのだった。
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