御子が経営する飲食店から出て、移転するまで見届けた後で定宿に戻った。
やれやれ、この5日間はずっとアンデッドしか出ぬ階層の攻略に付いていたので鼻が馬鹿になってしまったわ。
御二方が魔物を浄化されるとそれまで周囲に満ちていた腐敗臭も消えてなくなったが、魔物は無尽蔵に出現するから結局臭いはなくならない。
御子は少し離れた場所から見守る事で対策をしていたようだが、我ら影衆は御三方の周囲に散らばり警護をするのでもろに腐敗臭を浴びる事になった。
初めて見るゴーストは、これまたやっかいな魔物で『迷彩』で姿を消している儂らにも近付いてくる。
浄化の魔法を付与された短剣を、王からお守り代わりに頂いておったがこんな所で役に立つとはなぁ。
翌日は御子が何処におられるのか分からないので、経営している従業員の調査をするために店に行ってみる事にした。
まだ開店して間もないと聞いていたが、客足は上々のようで店内は半数程席が埋まっている。
『肉うどん』という聞いた事もない食べ物を出す店らしい。
5人分注文をして、残りの5人には『迷彩』で2階の部屋を調べるように指示を出す。
僅か数分で『肉うどん』が提供された。
はて、この白くて長い物は一体どのようにして食べればよいのだ?
客席を見渡すと、皆がフォークを使用してすくいながら食べている。
真似て食べてみると、その味に驚いた。
これは塩の味ではない!?
なんとも言えぬ甘辛い味付に、儂は夢中になって食べ終えた。
御子は料理の才能があるのやも知れん。
1,100年以上生きているが、新しい味に出会う事になろうとは……。
これは毎週来て、売上に貢献しなくてはならん。
『肉うどん』を食べ終え店を出た後で調査に向かわせた5人に2階の様子を聞くと、小さな子供達が遊んでいるだけで不審な点は何もなかったと言う。
冒険者だった夫を亡くし路上生活をしていた母子だ。
そんな偽装をして潜入する他国の諜報員等おらぬか……。
ひとまず御子の周りは安全だと分かった事で安心する。
今日は皆この後は休むようにと言い、儂も宿で一日を終えた。
ダンジョン内での行きと帰りの駆け足で、少々体に疲れが残っておる。
休みもないと護衛は出来まいて……。
カマラから、御子が日曜日は教会で路上生活をしている子供達に炊き出しをしていると聞き、当然我ら影衆も護衛に就く事にした。
残念ながらエルフの国で育った訳ではない御子との接触は、慎重にならざるを得ないため暫くは直接接触することは控える事にする。
秘匿された御方であるのは勿論だが、姫様の忘れ形見の御子にはエルフの国に加護を与える存在であってほしい。
もし御自分の出自を知らないままであるのなら、なるべく自然な形で伝える方が良いだろう。
教会に来た御子は、店の母親達と一緒に炊き出しの準備を始めた。
なんと手際のよい!
包丁も使い慣れておられるな。
一体、何処で料理を習われたのか……。
そもそも儂らが必死で探し続けた300年の間、どのように生活をされていたのか謎すぎる。
カルドサリ王国の他、この大陸中の国を探し回ったのに見付かる事はなかった。
ハイエルフの王族は、他種族との間に子を儲ける事は滅多にないが、その長い歴史上幾人かはいらしたようだ。
記録に依ると男女どちらの血を引いてもハーフエルフにはならず、生まれてくる子供は必ずハイエルフとなるらしい。
それなら御子は、ハイエルフといえよう。
成長が遅い種族なので、一所に住むのは不審感を持たれる筈だ。
色んな国を転々とされておったのか……。
考えても仕方がない、マケイラ家からの報告を待つしかないな。
炊き出しの時間30分前に、子供達がぞくぞくと集まってきた。
人数は150人程であろうか?
御子は時間になると、スープとパンを配り始める。
教会の炊き出しで配給されるスープとは違い、こちらはかなり具沢山であるようだ。
野菜も肉もたっぷり入ったスープを、子供達は嬉しそうに食べておった。
種族は違えど、小さな子供の無邪気な笑顔には癒されるな。
そう言えばハーフエルフの少年は、御子の兄と名乗っているそうだ。
もしかしたら一緒に育ったのではないだろうか?
御子もお兄ちゃんと親しく呼んでいる。
それに、この兄と名乗る少年は周囲を常に警戒しているようだ。
以前、御子に手を出す不埒な輩がおったのかも知れん。
姫様にそっくりな容姿は、さぞ悪党共の目を惹いた事であろう。
今まで安全に気を配り守って頂いた事に感謝致そう。
優秀な治癒術師でもある御二方が傍に付いていれば、冒険者としての活動は問題なさそうだ。
ダンジョンでの5日間は、簡単に魔物を倒し怪我をするような場面もありはしなかった。
些か簡単に過ぎるのではないかと思った程だ。
人族のC級冒険者とは、こんなに強いものだろうか?
御子は人気のない場所を先導していたので、他の冒険者が討伐している様子を見られなかった事が残念である。
教会の炊き出しが終わり、再び御子は移転で姿を消した。
儂らの今日の任務も終了だ。
明日からは、また再びダンジョン内でのきつい警護が待っておる。
全員が老骨の影衆は休む事に専念せねばな。
月曜日。
時間通りに冒険者ギルド前から、御子が乗合馬車に乗ったのを確認して後を付いていく。
そしてダンジョンに入ると、前回同様に駆け出された。
これが一番辛い。
すると今日は地下9階まで全力疾走だ。
なんとか見失わず追う事が出来たが、これ以上深部を攻略される時はどうしたらよいものか……。
安全地帯で休憩を取った後は、地下9階での攻略が始まる。
この階層はアンデッドが居ないので、儂の鼻も曲がる事がなく快適だ。
御子達は魔物を遠距離から瞬殺しているので、ダンジョン内での警護も楽なものである。
地下8階では魔石と装備品を回収していただけの御子であったが、地下9階では魔法を使用して魔物を倒しておった。
ふむ、魔力操作に随分長けているご様子。
しかし御子は、何故あんなにもユニコーンを嫌っているのだろうか?
ユニコーンを見付けると御二方より前に出て瞬殺しなさる。
そして槍でえいっと声を発し首元を突き刺しておった。
御子の持っている槍は、どうやら止めを刺すためだけに使用しているようだな。
槍術の基礎が全く出来てない。
これでは武器の意味がないであろう。
魔法で戦っている御二方は、武器や盾を持ってもおらぬ。
御子が持っている槍だけが、ちと浮いておるな。
正式にご挨拶出来た後には、儂が槍術の基本をお教えしよう。
姫様は武芸に秀でていらした。
槍術と剣術は男のロマンだと、言っておられたが……。
姫様は女子だと言うのに、本当にやんちゃであった。
竜馬に乗り、よく王宮を抜け出していかれたな。
護衛の儂らは、スレイプニルに乗って付いていくのが大変だったわ。
姫様の御子が、性質を受け継がず大人しゅうしてくれればよいが……。
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