日課である竜の卵に魔力を与えようと触れた瞬間、硬い殻が薄っすらと輝き出し、翡翠色と黄金色が混ざった表面の色が徐々に透明に変化していく。
「お兄ちゃん! もしかして、孵化するのかな!?」
竜の卵に起きた変化へ驚きの声を上げると、その場にいたセイさんが同意を示してくれた。
「沙良さんの与えた魔力が一定の条件を満たしたようですね。これから孵化が始まりますよ」
私達は透明になった殻の中にいる子竜の姿を、固唾を飲んで見守る。
1mもある卵の中にいた竜の赤ちゃんは、透明になった殻を吸収して綺麗な翡翠色の姿を現した。
てっきり鳥のように殻を割り出てくると思っていたんだけど……。
卵の大きさの割に体長30cmくらいしかない小さな子竜は、目を開けると真っ先に私の下へトコトコ歩いてくる。
その姿が可愛くて、思わず両腕に抱き抱え皆に見せて回り自慢した。
「無事に孵化して良かったな。このサイズなら、ホーム内でも飼えるだろう」
兄がそう言いながら子竜の頭を撫でると、石化を解除した時の魔力を覚えているのか、自分から掌に頬を寄せ甘えた仕草をしてみせる。
「沙良ちゃん、俺にも抱かせて~」
それを見た旭が抱きたいと言うのでそっと腕の中に渡すと、人間の赤ちゃんに接するよう優しく抱っこされた子竜が舌を出し腕を舐めていた。
「可愛いね~。風竜なら、早く飛べるのかな?」
「竜族の中では最速になりますよ。半日で別大陸へ行くのも可能になるでしょう」
旭の質問にセイさんが答え、子竜をニコニコして見つめる。
風竜かぁ~、名前はどうしよう? フウじゃ女の子っぽくないし……。
「決めた、貴女の名前はシーリーよ!」
名前を呼ぶと子竜は嬉しそうに「キイ」と鳴き、旭の腕の中から飛んで私の両肩に足を載せ頭に寄りかかってきた。
孵化したばかりでも、竜の赤ちゃんは飛べるらしい。
『お姉ちゃん、大好き! 素敵な名前をありがとう!』
突然脳内に響いた声は、子竜の言葉だろうか? 兄達には聞こえなかったのか、驚いた様子がない
確かめようとしたところ、シーリーが頭上でうとうとし出したため起こすのは可哀想になり、寝室のベッドへ運ぶ事にした。
竜の子供は魔力で育つから、そのまま一緒に寝ればいいよね? ベッドの上なら、昏倒しても問題ないし……。
小さなシーリーを寝ている間に押し潰してしまわないか心配だけど寝相は悪くないし、あの子達も平気だったわと考えている間に魔力を吸収され意識を失った。
翌日、火曜日。
目覚めて直ぐシーリーの姿を探すと、お腹の上に丸まった状態で寝ていたから起こさないよう、静かにベッドの上へ移動させ部屋を出る。
リビングには兄がいて、コーヒーを飲みながらTVのニュースを見ていた。
「お兄ちゃん、おはよう」
「おはよう、沙良。シーリーは寝ているのか?」
「子竜の間は寝ている時が多いのよ」
そう口に出して不思議な感覚にとらわれる。
竜の生態を知っているわけじゃないのに、何故そんな事を思ったんだろう?
「あぁ、成長が遅い種族だったな」
兄は私の返事に納得したのか、再びTV画面へ視線を向けた。
なんとなく何かを思い出しそうな感じがしてそわそわするなぁ。
それはそうと、私の家へ泊まるようになってから兄は早起きだ。
旭とセイさんと同じ部屋で寝るのは、落ち着かないんだろうか?
朝食の準備を始めて10分後、茜が起き出し隣に住む早崎さんを呼びにいく。
セイさんと旭が起きる頃には、テーブルに完成した朝食が並んだ状態になっていた。
「頂きます!」
皆が食事前の挨拶をして料理に箸をつけ出し、大皿へ盛った料理がみるみる間に減っていく。
私以外はよく食べるので、早くしないとおかずが食べられてしまう。
大家族あるあるのような食事風景だ。
食後、異世界へ行く前に孵化したシーリーをメンバーに紹介すると、雫ちゃんが大喜びし「可愛い!」と連呼していた。
シュウゲンさんは目を細め、「無事に孵化したようだな」と穏やかな笑顔を向ける。
赤ちゃんの姿を見ると微笑ましくなるのは、人間の子供だけじゃない。
母や雫ちゃんのお母さん、奏伯父さんに樹おじさんもシーリーを見て笑みを浮かべていた。
早崎さんはシーリーを覗き込み、質問を投げ掛ける。
「竜の赤ちゃんは、こんなに小さいんですね。成長すると、どれくらいの大きさになるんでしょうか?」
「かなり大きくなると思うぞ。大体50mくらいか?」
父が苦笑し、まるで見た事があるかのように答えた。
50m! そんなに大きくなるの!?
「お父さん、誰から聞いたの?」
「あ~、ガーグ老がそう言っていたんだ」
エルフのガーグ老は竜を知っているのか……。
シーリーがその大きさになるまで年月が掛かりそうだし、青龍以外の竜に私もいつか会いたいな。
「少しだけ儂にも抱かせてくれんかの」
シュウゲンさんが目尻を下げ両手を広げると、まるで言葉が分かるかのようにシーリーが腕の中から飛び立ち祖父の胸へ飛び込んだ。
「おおっ、元気な子竜じゃ。鱗の艶も良いし、沙良ちゃんの魔力を貰い安定しておるな」
自分の孫が誕生したかのように可愛がるシュウゲンさんを見ると、なんとなくサヨさんを思い出した。
竜の卵が孵った事をサヨさんにも知らせてあげよう。
シーリーはシュウゲンさんの腕の中で小さな羽をパタパタと動かし、とても喜んでいるように見える。
そのうち首をキョロキョロさせ何かを探す仕草をすると、見つからなかったのかガッカリした様子でシュゲンさんの胸を嘴で何度も突いていた。
筋肉質のドワーフである祖父にとって痛くはないのか、くすぐったそうにし笑っていたけどシーリーが何かを抗議しているように感じる。
理由は分からないけど、不満に思っている事は確かだろう。
昨日聞こえた言葉がシーリーのものなら、従魔達のように心の声が伝わるかしら?
そう考えて口に出さず『どうしたの?』と聞いてみると、『お母さんがいない』と返事が返ってきた。
お母さん? この子を産んだ母親の光竜を探していたのか……。
摩天楼のダンジョンで見つかった卵の両親は、流石に探せないだろうなぁ。
石化された状態だったし、今も生きてるかどうか分からない。
出来れば親元に帰してあげたいけど、母親が生きていたとしても属性違いの竜には魔力を与えられず育てるのは難しい。
自分で周囲の魔力を吸収出来るようになるまでは、私が育てるのが一番だろう。
念話が通じると知りシーリーへ優しく語りかける。
『大丈夫よ。私が、お母さんになってあげる』
『お母さんは、お父さんの近くにいるから直ぐ会えると思う』
予想外の答えが返ってきたため、思わず言葉に詰まってしまった。
そもそも、シーリーがお父さんと呼ぶ存在はここにいない。
ドワーフのシュウゲンさん以外は皆人間だ。
まだ赤ちゃんだけど両親が分かるのかしら?
『そっ、そう。早く会えるといいわね』
子竜を悲しませないよう話を合せ、ホーム内で留守番しているシュウゲンさんと母にシーリーの世話を任せて異世界へ移転した。
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