ギルドを出た後、ホームへ帰ると沙良ちゃんがお茶にしようと誘ってくれる。
出された緑茶を一口飲むと、妻とは違いほんのり甘い味がした。
「沙良ちゃんの淹れたお茶は美味い!」
娘に料理を教えてくれた美佐子さんへ感謝しよう。
一緒に出されたきんつばを半分へ割り口に入れる。
緑茶とよく合うなぁ~。
残りの緑茶を飲み干すと、気が利く娘が継ぎ足してくれた。
お茶の時間を楽しんでいる所、沙良ちゃんが急に真剣な表情をして口を開く。
何か話があるようだ。
「樹おじさん。落ち着いて聞いて下さいね……。兄と息子さんが結婚しました!」
突然聞かされた爆弾発言に、飲んでいたお茶を吹き出す。
「えっ!? 尚人と賢也君が結婚しただと!」
仲が良いとは思っていたが、そういう関係だったのか?
俺は信じられないとばかりに、2人の顔を凝視した。
尚人は俯き、賢也君は視線を横に逸らす。
冗談ではないようだ……。
「はい。2人の子供は私が産む予定なので、心配しなくても大丈夫ですよ!」
しかし、続く更なる衝撃発言には賛成出来ない。
「いや、それは絶対駄目だ! 沙良ちゃん、子供を産むのは大変なんだよ。2人のために身を犠牲にする必要はない。子供なら当てがあるから、うちの尚人に任せよう!」
尚人と沙良ちゃんは兄妹だから、そんな事をさせる訳にはいかない。
幸い、この世界には【エルフの秘伝薬】という裏技がある。
男同士でも子供が出来るから問題ないだろう。
「いや~、全然気付かなかったなぁ。尚人、賢也君に大切にしてもらいなさい」
きっと、うちの息子が子供を産む立場だと思い、そう言って話を終わらせようとした。
異世界で300年も生きた俺には、同性同士の結婚にそこまで偏見はない。
相手が賢也君なのは驚いたが、娘が2人の子供を産むより全然ましだ。
すると響がちょいちょい手招きするので、席を立ち後を付いていった。
「息子達の結婚だが、沙良の勘違いによるものらしい。一緒に寝ている所を見られて訂正したが、思い込みの激しい娘に結婚式を挙げさせられ、面倒になりそのままの状態でいると言っていた。2人は恋人じゃないから安心しろ。だが、どうも尚人君は沙良が好きなようで困っている。兄妹で結婚させるのは拙いだろ? それよりは今のままの方がいいと思うが、どうだ」
響の話を聞いて納得する。
いや変だと思ったんだよ……、2人は友達にしか見えなかったからな。
沙良ちゃんは昔から思い込みが激しい子だった。
双子の弟達に女の子の恰好をさせていたくらいだ。
あれは、分かっていたんだろうけど……。
その所為で、雫は幼馴染が男の子だと気付かず大激怒してたし。
「息子には悪いが、兄妹だと話すまではこの状態でいてもらおう。もうそのまま結婚しても良いくらいだ」
「どうするかは2人に任せた方がいい。賢也は誰とも結婚する気がないらしいがな」
俺達は息子達の偽装結婚を続ける方向で決定し、再び部屋へ戻る。
「尚人。結婚おめでとう! 幸せにな!」
そして満面の笑みを浮かべ祝福の言葉を掛けた。
やれやれ、どうなる事かと本気で焦ったよ。
もうこれ以上の問題はないよな?
「樹おじさん。実は私も、近々結婚する予定なんです」
「……何だって? 相手は誰だ!」
再会したばかりの娘の口から、結婚すると聞かされ一気に頭へ血が上った。
「ええっと、元近衛騎士で引退後は家具職人をしている方ですけど……」
「近衛騎士を引退してるなら、かなり年上じゃないか!」
見た目年齢が10代半ばにしか見えない娘へ懸想するとは、ロリコンか!
あまりの内容に興奮状態で席を立ちあがる。
響が俺の両肩を押さえ付け、無理矢理席に座らせた。
「樹、落ち着け。アシュカナ帝国の王から沙良が9番目の妻に狙われているため、偽装結婚をするだけだ」
落ち着けだと?
そんな話を聞かせられ、冷静でいられる訳がない。
「娘を9番目の妻にだと? ふざけてるのか!」
一夫一婦制のエルフを9番目の妻にする心算か!
第二王妃になる時も相当揉めたのに、これを知ったら本国にいる俺の家族が黙っていないだろう。
「使い道がないと思っていたが……。性別変化の能力があって良かった。俺が代わりに結婚しよう」
確信はないが、多分これは生前の姿に戻る魔法に違いない。
ティーナはヒルダそっくりだから、身代わりの花嫁になり相手の国へ乗り込んでやる。
アシュカナ帝国は、エルフと同じ精霊信仰だったよな。
あの国に守護を与えているのは、闇の精霊だと聞いた覚えがある。
少し厄介な相手だが、響とガーグ老達影衆、ポチとタマを風竜へ変態させればなんとかなりそうだ。
「ええっと、おじさんが女性になっても私とは別人ですよね?」
「いや、俺は女性になれば沙良ちゃんの姿になれる……と思う」
おっと、口がすべりそうになった。
「そうか……その手が使えるな。沙良、結婚式には樹に出てもらおう」
俺と同じような事を考えたのか、響の表情が変化する。
こいつもきっと、娘を9番目の妻にしたいという王へかなり怒っているんだろう。
顔付きが何かを企んでいるように見える。
「父さん。その方法は上手くいくと思えない」
即座に賢也君が反対意見を出した。
「樹が女性になれば分かってもらえるんだが……。まだ10日間しか続かないんだよな」
あぁ! そうだった!
Lv10になったと報告しているから、女性化した11日後に戻らないと疑われるよな?
「沙良ちゃん、結婚式までにLvを70に上げられない?」
「無理だと思います。私達がLv40になったばかりなので……」
「じゃあ、女性になるのは結婚式当日にしよう。それまで、なるべくLvを上げるという事で決まりだ!」
女性化を続けられる日数を増やし、なんとか辻褄を合わせるしかない。
間に合わなければ理由を考え、もう一度女性化したと言えば大丈夫……だよな?
となると後は、相手を見極める必要がある。
「結婚相手に挨拶しないとなぁ」
「明日、祖父と一緒に相手の工房へ行く予定です。毎週、武術稽古を受けてるんですよ」
「おぉ、そうか! そりゃ楽しみだ。腕前を試してみないと」
話を聞いて、相手は『万象』だと思った。
ガーグ老達が娘に稽古を付けているなら、隠形し傍にいるだろう。
ガーグ老は1,000歳を超えているため、既に影衆当主の座は息子へ代替わりしている可能性が高い。
「女性化するんだ……。見たくないかも……」
息子の正直な感想を聞き、当日驚いた姿が目に浮かぶ。
自慢じゃないがヒルダの俺は美人だぞ?
その容姿が役に立つ事は殆どなかったけどな!
明日、ガーグ老達に再会すると思うと不安しかない。
響は事前に大袈裟にしないよう伝えると言っていたが、果たしてあの影衆達へ演技力を期待していいものか……。
それに俺も気を付けないと駄目だろう。
その日の夜、妻が全裸で待っていた。
誘い方がストレート過ぎる! うっ、鼻血出そう……。
それでも手を出す訳にはいかず、俺は眠りの意味を含ませた精霊語を唱え、結花を強制的に寝かせた。
昨夜同様、姿を見ないようパジャマを着せて息子を宥める。
いや、これ本当どうしたらいいんだ? 毎晩、妻との攻防が続くのか?
覚悟が決まらない俺は、一晩中もやもやしながら眠りに就いた。
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