ガーグ老が結婚相手に決まり暫く呆然としていたけど、考えたら私の夫になる人は命の危険が伴うのだ。
ちゃんとお礼を言わないと。
「ええっと危険なお役目ですが、引き受けて下さりありがとうございます。どうかこれから、よろしくお願いします」
「なに、儂は死なんから大丈夫だわ。サラ……ちゃんを、絶対に未亡人にはせんで安心するがよい」
それには激しく同意する。
王族を護衛する近衛をしていたご老人だ。
今でも現役で通じるんじゃないかと思うくらい強い。
たとえアシュカナ帝国の暗殺者がやってきたとしても、返り討ちにするだけの技量は充分あるだろう。
兄は結婚相手がガーグ老と知ったら安心するかしら?
用件を済ませた私達は、ガーグ老の工房を後にした。
まだ先程の衝撃が強く残っており、私はヨロヨロと道を歩く。
「沙良。ガーグ老から聞いたんだが、王都にドワーフの鍛冶職人がいる店があるらしい。槍術を身に付けたら、もっといい武器が欲しくないか?」
そんな私を見兼ね、父がドワーフの鍛冶職人がいると教えてくれた。
「えっ? この国にドワーフの鍛冶職人がいるの?」
カルドサリ王国は他種族と交易をしていないから、人間以外の種族を見掛ける事は殆どない。
私が知っているのはハーフエルフのオリビアさんと、ハーフ獣人のウォーリーさんだけだ。
何故か雫ちゃんを探しにいったガウトの町とウトバリの町には、ハーフエルフの人達がいたけど……。
「ああ、場所も教えてくれたから王都までいけば案内出来るぞ」
「いきたい! 私ドワーフは会った事がないの。一度見てみたかったんだよね~。やっぱり背が低くて、髭もじゃな種族なのかな? いつもお酒を飲んで、赤ら顔をしているのかしら?」
物語の中でしか知らないドワーフ!
私はそんな想像上の種族に会えると分かり、落ち込んでいたのをすっかり忘れテンションMAXになる。
うわぁ~、どんな姿をしているんだろう?
楽しみだなぁ~。
雫ちゃんを探しに王都へいった事があるので、カマラさんがくれた地図を見ながら迷わず辿り着く。
父は王都にくるのは初めてだけど、ガーグ老から詳しい店の場所を聞いたのか迷いなく進んでいく。
私は方向音痴だから、土地勘のない場所では方角すらも分からない。
父は車の運転が好きで、よく色々な場所に連れていってくれた。
知らない町でも、店の場所が分かるなんて凄い!
15分後、『バールの店』と書かれた武器屋に到着。
いよいよドワーフに会えると、私はうきうきしながら店内に入った。
店内には、身長が2mくらいある非常に体格の良い男性が店番をしている。
武器を購入するのは冒険者だから、店番の男性も盗難防止のために強い人を雇っているのかな?
ドワーフはどこかしら?
店内をキョロキョロしながら探していると、父から彼がドワーフだと耳打ちされる。
私は想像とあまりにも違うドワーフの姿に驚き、仰け反ってしまった。
「予想外過ぎる……」
もう普通の人間にしか見えないよ!
もっとこう、ファンタジー感溢れる姿をしてほしかった。
折角異世界にいるのに……。
これはもう、最後の獣人に期待するしかない!
耳と尻尾付きの可愛い子供達が見たいなぁ~。
そんな風に考えていると、店主から不思議な事を言われる。
「お嬢ちゃん、今日は何を注文するんだ? おや、少し背が低くなったのか? それに胸が……」
まるで以前会った事でもあるかのような口振りだ。
うん?
私に似ているなら、リーシャのお母さんかしら?
香織ちゃんの夢では病弱なイメージが強かったから、外出なんて無理そうだけど……。
私が持っている槍は、ガーグ老との稽古用に購入したミスリル製で金貨1枚(100万円)の短槍。
槍術がステータス表記されたら魔物相手にLv上げをする心算なので、もっと良い物が欲しい。
ドワーフの鍛冶職人は頑固なイメージがあるけど、この人は違うみたいで普通に注文を受けてくれそうね。
ほら、「俺の武器を扱う技量があるか見せてみろっ!」て言い出しそうじゃない?
私の勝手な憶測だけど、そういったテンプレシーンが小説にはよく登場するでしょ?
その場合、主人公があっさり技術を披露してドワーフの鍛冶師を驚愕させるんだけど……。
私じゃ違う意味で驚かれそうだわ。
「あの、槍を注文出来ますか? 魔法の性能が付いた物は必要ないので……」
「今日は剣ではなく槍か? 今使っている物を見せてくれ」
今日はと言われたのを疑問に感じつつ、持っている槍を手渡す。
「ふむ、これ以上の鉱物で作ってやろう」
店主は槍を手に取り何やら確認をした後、注文を受けてくれた。
ミスリルより性能が高いのは、オリハルコンだろうか?
「よろしくお願いします」
返却された槍を受け取り、にっこり笑ってお礼を言う。
それで相手が気持ちよく仕事をしてくれるなら、どこぞのファーストフード店のように笑顔は無料だからいくらでもしますよ!
私の分は注文したから、店まで案内してくれた父にも聞いてみる。
「お父さんはいいの?」
「あぁ、俺の分は……」
「お主、その腰の剣は俺の親父が鍛えた物だな。それを何処で手に入れた?」
父の言葉を遮るように、店主が父の剣を見て父親が鍛えた物だと言い出した。
その剣は、ガーグ老の大切な姫様の形見の品だけど……。
「この剣は知り合いから譲り受けた物だ」
父がそう答えると、店主が何かを考え込むような表情をして口を開く。
「その剣の鞘には古いドワーフ語で【可愛いヒルダちゃんへ 親友への剣は『飛翔』と命名した またいつでも注文を待っておる シュウゲンより】と書いてある。親父が、注文した本人以外に剣を鍛える事は滅多にないんだが……。それがどうしてお主の手に渡ったか謎だな。親父の鍛えた剣だ、大切に使ってくれ」
「それは知らなかった。大切に扱うと約束しよう」
「そうしてくれ。ここ数百年、親父は剣を打ってない。そこに書かれたヒルダちゃんとやらを、待っているのかもな……」
姫様の名前はヒルダというらしい。
もう亡くなっているとは言えず、私は黙ったままでいた。
だけど、数百年という単語が気になる。
カルドサリ王国の王女様は人間だから、亡くなったのはそんなに昔の話じゃない気がするんだけど……。
ガーグ老が姫様はお転婆だったと言っていたから、お忍びでLv上げをし長生きしたのかしら?
店を出ると、近付いてきた男の子に声を掛けられた。
以前も王都へきた時、客引きをしている子供に声を掛けられたなぁ。
そろそろ戻らないと兄が心配するだろう。
案内は不要だと断ろうとした所、その子供に手を引かれた。
掌にチクリと何かが刺さったような痛みが走った瞬間、眩暈がし足元が覚束なくなる。
咄嗟に父へ助けを求める声を上げようとしたけど、意識が急速になくなりそのまま途絶えた。
次に目が覚めた時、見えたのは知らない天井だった。
そして直ぐに自分の状況を確認する。
突然意識を失い別の場所で目覚めるのは2回目だ。
あの時と違い、今回は理由がはっきりしているので動揺は少ない。
多分、声を掛けてきた男の子が原因か……。
目が覚めたのなら、掌に刺されたのは毒じゃなさそう。
体を動かそうとし、両手が後ろ手に縛られていると気付く。
うん、これはもう確実に誘拐だね!
どうやら床ではなく、ベッドの上に寝かされた状態であるらしい。
顔を左右に動かし室内を見渡すと、壁一面に酷く損傷した状態の肖像画が掛けられていた。
悪趣味だなと思い、描かれている女性の顔を見てぎょっとする。
え?
この顔、私にそっくりなんですけど!?
違うのは瞳の色が紫である事だけだ。
ゾッとして身を強張らせた時、部屋の入口から10代後半の少年が姿を現した。
この少年が犯人なの?
さっさと逃げ出そうとしていたけど、この肖像画を見たら理由を聞かない訳にはいかない。
前回、報告が遅いと兄から怒られたばかりなので、今回は直ぐに連絡を取ろう。
幸い、ガーグ老から渡された念話が出来る通信の魔道具を兄が持っている。
もう一つは、ガーグ老の息子さんに繋がる物だから助けは呼べない。
今は迷宮都市にいるから、王都にくるまで時間が掛かり過ぎる。
私はアイテムBOXから通信の魔道具を取り出し、後ろ手に縛られた状態で握り締めた。
2人の朝食を作った時、テーブルの上へ父と果物を卸しにいくとメモ書きを残しておいたから、心配性の兄は通信の魔道具を肌身離さず持ち歩いているだろう。
『お兄ちゃん、聞こえる~?』
『あぁ、ちゃんと聞こえてる。これは携帯みたいで便利だな』
やはり兄は何があってもいいように、通信の魔道具を持ち歩いていた!
『私、王都でストーカーに誘拐されたみたい』
『……。直ぐに帰ってこい!』
『いつでも逃げ出せるんだけど、犯人が私の肖像画を壁に沢山掛けているのが気になるの。もう少しだけ様子をみたいから、一緒に対策を考えてくれないかな?』
『肖像画? 王都に殆どいった事のない、お前の姿が描かれているのか?』
『うん、おかしいと思って。危険を感じたら、直ぐホームに戻るから心配しなくていいよ』
『じゃあ、犯人の様子を声に出さないよう注意して教えるんだ。それより、一緒にいた父さんはどうした』
『客引きの子供を使った犯行だったから、お互い油断したみたい』
『ちっ、使えないな……』
兄はそう舌打ちすると、父親に対し辛辣な評価を下したのだった。
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