樹が妊娠したと聞き、俺は最初そんなバカな事がある訳がないと思った。
大体あいつは……と考えて、今は女性の体だったと思い出す。
次に記憶から消し去っていた初夜が原因かと妊娠の理由に気付いた。
まさか人生最大の不甲斐ない行為で、当たってしまうとは……。
樹は、かなり怒っているだろうなぁ~。
そもそも俺達は、あんな事がなければ白い結婚を貫く予定だったのに……。
勿論、行為をしたのは初夜の一度限り。
正常な状態で、お互いそういう事をしようとは思わなかった。
あの日以来、俺達は寝室を共にせず別々に寝ている。
一緒の部屋で眠れば、また女官長がいらぬ世話を焼きそうだったからな。
でも正直な所、俺は自分の子供が出来たと聞きとても嬉しく感じていた。
椎名 響としての記憶が戻ってから、まだ半年。
家族に会いたくて仕方がなかった。
この世界で家族と呼べる人間は、誰1人いない。
王である父親とは日本の家族のように接した事はなく、王妃は妻とは思えず、息子とは会った事さえないのだから……。
親友との間に出来た子供というのは一旦脇へ置き、純粋に家族が増えるのを喜んだ。
また王宮内に、この知らせが届けば必ず第一王妃が動く事が決定となる。
まずは、お祝いの言葉を掛けに第二王妃の宮を訪ねるか……。
報告を受けて直ぐ第二王妃の宮へ駆け付けたが、女官長から樹はつわりが酷くて会えない状態だと言われた。
まぁ実際は俺の顔を見たくない程、怒っているんだろう。
火に油を注ぐ必要はないので、その日は素直に退散した。
翌日。
再び第二王妃の宮を訪ねると樹の部屋へ案内される。
案の定、不機嫌な顔をしている樹に俺は満面の笑みを浮かべお祝いの言葉を伝えた。
「おめでとう!」
言った瞬間、思いっきり樹に頭を殴られた。
それはまぁ、されても仕方ない。
お互い合意の上、最初に誘ってきたのは樹の方だが産むのは予定外だ。
何で自分がと嘆く姿を宥め、俺はその日から第二王妃の宮を日参し甲斐甲斐しく妊婦である樹の世話を焼いた。
そうした行為は、かなりオーバーなくらいが丁度良い。
第一王妃がなるべく早く行動してくれる事を願いながら、女官長へ警戒するよう伝える。
彼女は、心得ておりますから心配は無用だと言い切った。
樹の傍には姿を消した10人の影衆もいる。
安全は保障されているだろう。
同時に宰相と、この計画の念入りな打ち合わせを行う。
事が露見した後の手配、屋敷の見取り図、味方の騎士達へ作戦の指示。
その時がきたら迅速に動く必要がある。
可能な限り、今回で第一王妃の一族を排除したかった。
そう思っていた矢先、樹から第一王妃の手の者に依り毒見役が倒れたと詳細な報告書が届く。
報告書を見た瞬間、俺は執務室を飛び出していた。
樹は、俺の子供は無事なのか!?
妊娠していた美佐子が交通事故に遭い、子供を失った時が頭を過ぎる。
俺はまた、子供を亡くすのか――。
全身に嫌な汗をかき、第二王妃の宮へ到着しても樹の部屋を目指し走り抜けた。
そこに樹の無事な姿を確認すると、安堵の息を吐く。
俺の見立てが甘かった。
まさか毒見役が検知出来ない毒を盛るとは……。
樹に頭を下げ、今回の件を謝罪する。
「お前に危険が及ぶ事になって済まない。毒見役の女官には、教会の司祭に浄化を依頼するから少しだけ待ってくれ。……子供は無事だったか?」
「幸い遅効性の毒じゃなかったみたいで、毒見役が倒れたから俺は口にせず済んだ。浄化が出来る者は、こちらで手配済みだから教会の人間は必要ない。響、お前はこの事態を予想していたんじゃないのか?」
普段とは違う冷静な声で問われ、俺は正直に話をした。
「あぁ、第一王妃の父親は宮廷の中でも重鎮だ。かなり私腹を肥やしている人物でな。断罪するのに証拠が必要だった」
予想していたのか驚きもせず今回の処分を聞かれたので、実行犯に第一王妃そして親も連座で斬首刑だと告げる。
最後にもう一度深く頭を下げ樹に謝罪すると、俺は計画を実行に移すため足早にその場を去った。
第一王妃の実家を押さえれば、不正の証拠書類が確保出来る。
それを足掛かりに、関与している貴族共を残らず排除する心算でいた。
まずは逃げられぬよう、第一王妃の身柄を拘束し牢へ入れる。
後は手配通り、順調に上手く事が運んだ。
次々と入る報告を聞きながら、宰相と手分けをして証拠の書類に目を通す。
これで一体、どれくらいの貴族が失脚するのやら……。
書かれた名前を見て少々げんなりとする。
もう有力貴族は軒並み状態だ。
そういえば、樹が浄化出来る者を手配済みだと言っていたが……。
教会の人間以外に、浄化可能な者がいるとは驚いた。
エルフが使用する魔法は、人族とは違うのだろうか?
翌日。
少々寝不足気味な朝を迎えた俺を待っていたのは、樹の母親がカルドサリ王国に到着した知らせだった。
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