許嫁だという雄のフェンリルは、ハルクと名乗り名前を聞いてきた。
私は態度にムカついていたので、自分から名前を言わず沈黙で答えを返す。
ハルクは肩を竦めると、また様子を見にくると言い去っていった。
一生こなくていいわよ!
ぷりぷりしている私に、精霊王が更に衝撃的な事を告げる。
フェンリルの女王が産んだ子供の内、魔力を体内に蓄える事が出来ず生存も危ぶまれていた私が、次代の女王候補に選ばれたと言うのだ。
ハイエルフでも精霊に近いティーナの魔力を毎日与えられた私は、その欠陥がいつの間にか治り保有する魔力量がとても多くなっているそうだ。
それにしては、体の成長が遅いみたいだけど……。
フェンリルは体長5mまで大きくなる種族だ。
常に雌が女王として君臨する。
中でも女王に立つ次代には、子供を産むため優秀な雄の許嫁が付く。
雄の許嫁は次代を守り、女王となる雌の傍を離れる事はないらしい。
きっとハルクは私の姿が、あまりに小さいので落胆して帰ってしまったのだろう。
正直、森猫サイズの私と既に成人しているハルクでは釣り合わない。
いかに優秀な雄でも、番う事が出来なければ子供は生まれないからね。
私はフェンリルの女王が用意した許嫁と、番になる事はないだろうと思い忘れる事にした。
精霊王も何も言わなかったので、実はずっと気配を感じていた実母の事も無視しティーナの下へ戻った。
実母や許嫁とはもう会う事もないだろうと、今日の事は内緒にしようと決める。
私は、ずっと優しいお母さんの傍にいたい。
セキちゃんやセイちゃん、それにルードお兄ちゃんがいればそれでいい。
な・の・に!
1ケ月後、再びハルクが私の下を訪れたのでティーナ達に許嫁の事がバレてしまった。
私と出会った時とは違い、ハルクは一緒にいたティーナと赤竜や聖竜の兄達には非常に畏まった態度で挨拶をする。
ティーナの事を巫女姫と呼び、兄達の事は様付けで呼んでいる。
こいつは二重人格なの?
もう絶対、好きになれないわ!
ティーナは私に許嫁が出来た事を喜び、じゃあ後は2人でとか余計な気を使い笑顔で兄達とその場を去ってしまった。
2人きりになると、ハルクの態度が豹変する。
「なんだ、お前。少しも大きくならないな。それじゃ、俺のは入らないぞ?」
はっ?
何言ってんの?
私は下品極まりない雄の事が、この瞬間大嫌いになった。
精霊王の箱入り娘だったお母さんは、未だに子供は卵で産まれると思っているほど純真無垢だ。
絶対、この雄を近付けてはいけない!
まぁあれは、精霊王から口止めされているから皆が教えていないだけなんだけど……。
私は獣だから、なんとなく生殖行為を本能的に理解している。
それは兄達竜族も一緒だろう。
ティーナに質問されて、2人は焦っていたからね。
言い訳が、ちょっと苦しかった気がする。
ハルクは、何も答えない私に一方的に話しかけ30分程すると帰っていった。
もう二度とくるな!
私の願いは叶わず、それ以降ハルクは月に一度会いにきては早く大きくなれと言って帰っていく。
ハルクが訪れるとティーナ達が気を利かせ、その場からいなくなってしまうので2人きりの時間が苦痛でしかたなかった。
一度だけ、ルードお兄ちゃんがいる時にハルクが会いにきた時がある。
獅子姿で現れたので、ティーナと一緒にお腹に凭れかかり眠っていたのだ。
ここは、とても安心出来て居心地がいい。
気持ち良く眠っていたら私だけ乱暴に起こされた。
子供にするように、首を噛まれて持ち上げられたのだ。
私が大暴れして直ぐに口から離されたけど……。
地面に着地した後、直ぐにルードお兄ちゃんの背中に隠れた。
「若いね~。リルの許嫁なんだって? 俺は、こいつの兄代わりだ。今後も会うだろうから、あまりみっともない真似はするなよ?」
ハルクはそう言われると、鼻を鳴らし帰っていった。
どうやら、ルードお兄ちゃんには態度を変えないらしい。
その基準が何処にあるのか分からないんだけど?
私達の仲は進展する事もなく、10年が過ぎた。
あれから月に一度、必ずハルクは会いにくる。
私の体は、相変わらず小さな森猫サイズのままだった。
もういい加減、許嫁なんて返上すればいいのに。
精霊の森は、世界樹の精霊王が治める場所なので外敵がいない。
私は戦い方を知らなかった。
ある日、森から少し離れた場所まで散歩に出かけた私はジャッカルに遭遇した。
動物は本能的に自分より強い敵を回避する。
姿が小さくてフェンリルだと気付かれなかったんだろう。
私を見て襲い掛かってきた。
その瞬間、私の前に大きな影が落ちる。
ジャッカルは、一瞬で首を刈り取られ絶命した。
その大きな影は、ハルクだった。
まだ会いにくる日じゃないのに、どうしてここにいるの?
フェンリルの雄の許嫁は、雌の傍を離れないという話を唐突に思い出す。
もしかして姿を見せないだけで、この10年ずっと私の傍にいて守ってくれていたのだろうか。
「リル、怪我はないか?」
ハルクの心配する声が胸に響く。
いつもからかってばかりいるのに、こんな時は優しい声が出せるんだね。
「……うん、大丈夫」
「良かった。あまり森の外には独りで行動するなよ」
「分かった、気をつけるね。それと……守ってくれてありがとう」
「俺は、お前の許嫁だ。守る事は当然だろう? 絶対に死なせたりしないから安心しろ」
そう言って、また姿を消してしまう。
この素直じゃない雄は、その後もきっちり月に一度だけ会いにきた。
でも、いつも傍にいる事を知ってから私は態度を改める。
一方的に話すだけだったハルクの言葉に、私は返事をするようになった。
いつも無視を決め込んでいた私が答えを返したので、最初ハルクは戸惑っていたけど会話が成り立つ事を嬉しく思ってくれたみたい。
今までごめんね。
何も話さない私の下へ、何度も会いにきてくれていたのに思いに気付かなくて……。
私、大きくなって貴方の子を産んでみせる。
そう言うと、ハルクは俺以外の誰の子を産む心算なんだと笑った。
フェンリルの女王は、本気で許嫁を探してくれていたんだね。
会いたくないなんて言ってしまい後悔した。
私、ちゃんと愛されていたよ。
ティーナに断って、ハルクと一緒に女王へ会いに行こう。
素敵な許嫁を見付けてくれた事や、お母さんの下に預けてくれた感謝を伝えたい。
私達の仲が良い姿を見たら、女王も安心する事が出来るでしょう?
私の体が大きくなるまでハルクを長い間待たせる事になってしまうけど、もう少しだけ我慢してね。
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