そして今、転生前の記憶が全て戻った。
勿論、人間だった椎名 賢也としての記憶も残ったままだ。
目の前にいるのは、世界樹の精霊王か……。
相変わらず無駄に顔が綺麗な男だな。
「おやおや君達までここに来るとは、そちらで何か触発されるような物でもあるのかい?」
精霊王が俺達に視線を合わせて苦笑する。
精神だけの状態で飛んできたのは、言っておきたい事があるからだ。
「久し振りだな、精霊王。再会の挨拶もそこそこに悪いが、何故俺達の記憶を消した?」
「転生先の世界で、記憶を持ったままの状態でいるのは害にしかならないからだよ」
「そのお陰で、ティーナは誘拐された。記憶があれば防げた事態だ」
「誘拐? あの世界で? 少なくとも、それはこちらの世界の住人の仕業ではないよ」
「それは分かっている。俺は9歳でティーナが7歳の時だ。相手は大人だったから子供の俺に守る事は出来ず、みすみす目の前で攫われた。護衛の役目を果たせというなら、記憶を消すべきじゃなかったと思わないか?」
「それは難しい。そもそも転生先に君達を一緒に送り込むのも、あちらの世界と交渉したんだよ。魔法がない世界で、安易に使用されても困るしね」
精霊王は少しだけ思案したようだが、得られる答えは変わらなかった。
「では性別だけでも同じにする事は出来なかったのか? リルは雌のフェンリルなのに、人間の男に転生した所為で、ティーナに不毛な片思いをする事になった。記憶が戻って混乱しているようだし……」
そう言って、俺は隣のリルの姿を見る。
ガーグ老のベッドで一緒に精霊王の姿を見た瞬間、記憶が戻っただろう旭だ。
彼女は育て親のティーナを慕ってはいたが、それは恋愛感情ではなかった筈。
しかも許嫁がいたんだよなぁ。
相手は一体、誰に転生したんだか……。
「あ~、精霊王様! 記憶を失くしちゃうなんて酷いです! ご主人様に横恋慕するなんて、もうお嫁にいけない……」
案の定、リルはかなりショックを受けたようだ。
そして許嫁とは添い遂げる心算だったらしい。
あの雄は、かなり癖のある性格だったけどな。
「性別は同じだと思ってたんだよ。逆になるとは、思いもしなかった。え~っと、今更だけどごめんね。君の許嫁も一緒に転生させたんだけど、誰かは分からないか……」
一応性別が変わった事に対しては悪いと思ったのか、精霊王が謝罪する。
が、本人は記憶が残っているので納得出来ないだろう。
「もう絶対、笑われますよ! きっと知り合いだもん。なんか私だけ、凄い貧乏くじ引かされたみたいな気がする」
リルは俺達より先に元の世界へ転移し、11年間も独りでダンジョンマスターをしていた。
再会後に俺のベッドによく潜り込んできたのは、ティーナが魔力欠乏で昏倒する度に心配して眠れずにいたこいつを、獅子姿で俺が寝かしつけていたからかも知れない。
ただこの時間のズレは、他のメンバーにもありそうだ。
護衛リーダーのセイは、かなり前に戻ってきているようだしな。
あいつ、摩天楼のダンジョンで冒険者してるじゃないか……。
「ここで非常に悪いお知らせなんだけど、君達まだ記憶が戻る時期じゃないんだよね。もう一度、忘れてもらわないといけないんだ」
にっこり笑いながら言う精霊王の言葉に、俺達は唖然となった。
まだ人間として過ごすのか?
「嘘でしょ!? えっ、またご主人様に恋愛感情を抱き続けるの? それ、なんて拷問!」
リルが隣で絶叫する。
これは同情しか感じない。
現在沙良になっているティーナには、何とも思われていない幼馴染の立場だ。
兄の俺は、立ち位置的に不便はないが……。
「まだあちらに知られたくないんだよね。色々動き出してはいるみたいだけど……。そう頻繁に思い出されると困るから、ちょっと強めに封印するよ」
精霊王がそう言った瞬間、俺達の意識は強制的に体に戻された。
目を開けると、沙良が心配そうに俺達を見ている。
「あぁ、良かった! 目が覚めたんだね。お兄ちゃん達、ベッドに横になって直ぐ眠っちゃったから驚いたんだよ~」
「あぁ、なんかとても嫌な夢を見た気がする」
「俺も! 内容は覚えてないけど、腹の立つ夢だったみたい」
「そうなの? 私がこのベッドで眠った時は、幸せな夢を見た感じだったよ? あぁそれでね、天井に描いてある男性に見覚えないかな?」
沙良に聞かれて視線をベッドの天井に向ける。
中央の男性を見て、もやもやする気分になった。
その容姿がなんだか気に食わない。
旭の方を見ると、普段穏やかな性格なのに攻撃的な目で天井を睨み付けていた。
「俺、この人嫌い! 見ているだけでムカムカする。沙良ちゃん、絶対このベッドで寝ない方がいいよ!」
珍しく、誰かを嫌ったりしない旭が言い切った。
その意見には俺も賛成だ。
どうにも好きになれない感じがする。
「寝るのはホームの部屋だから、この家で生活はしないと思うけど……」
沙良が、旭の剣幕にたじろいで後退っている。
新築の見学は、これで終了した方がよさそうだ。
その日の夜。
機嫌の悪い旭のために、沙良がオムライスを作りなんとか宥めていた。
現金な旭は、ハートマークが付いたオムライスを食べて機嫌が直ったらしい。
沙良が食後に相談があると言うので聞いてみたが、記憶に齟齬があるので若年性認知症じゃないかと真剣な表情をして言うので笑ってしまう。
昨日、俺達を店まで迎えにくるのを忘れた事を気にしているようだ。
そんなに心配なら認知症の検査をしてやるよと答えると、お願いされてしまった。
俺は外科医で脳は専門外なんだが……。
言った手前、本屋に行って調べるしかないか?
沙良、医者は何でも知っている訳じゃないんだぞ?
部屋を出る際「明日、2人にサプライズがあるから楽しみにしてね!」と言われたが、嫌な予感しかしない……。
妹のサプライズは、かなりの確率で相手が喜ばないものばかりだ。
明日、一体俺達に何が待っているんだろうか……。
気になって眠れないじゃないか!
あぁ、どうか斜め上のサプライズじゃない事を祈っておこう。
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