「君の心配もよくわかる。僕が把握できていないなら、誰にも今後が分からないということだからね」
ひと笑いしたあと、正良は不安そうなエイダにそう言葉を投げかけた。
それはただ、彼女の心中を察するというだけの内容。なんの解決にも、なんの慰めにもならぬ言葉だと、いつでも冷静なメイドは、心の中でため息をつく。
結局、転生者だ同盟だと言ったところで、期待したのがバカだったと、彼女は自嘲さえしていたのだ。
しかしそんな心の内までは慮れない正良は、あっけらかんと言葉を続けた。
「でもね、僕はそれほど危機感を持っていないんだ。
彼は、本心から御令嬢の失脚なんて望んでいないはずだからね」
「えらくかの情報屋を信用しているようですが、何か根拠があるのでしょうか」
「根拠というよりは、シンパシーというやつかな」
「シンパシー、ですか……」
「そう。同情とも共感とも取れる、微妙な感覚。
不器用で不恰好で、それでも相手に振り向いて欲しいと必死になる姿……。
いやあ、若いっていいねぇ。青春だねぇ」
「まるであなた自身は、もう若くないと言いたげなご様子」
「そりゃね。今でこそこんなナリだけど、元はおじさんと言って差し支えない年齢だったからね」
大人になりきれていない少女の風貌から発せられる、強烈な違和感を引き起こす言葉に、エイダは困惑していた。
そんな様子でさえ、正良の目にはかわいらしいと映っているとも知らずに。
「まあ、僕のことはいいんだ。久々の学校や授業やらに戸惑っていることも含めてね。問題は、ヴァイス君だよ。
君だって、知らぬ仲じゃないんだ。分かることもあるだろう?」
「確かにあなたの仰るように、あの男は素直とは言い難いでしょう。
けれど、その腹に抱えたものを推察できるほど、わたくしは腹黒いつもりもありませんので」
「えー? ホントかなー? っと、そんな怖い顔しないでよ。ちょっとからかっただけだって」
「…………」
「ま、ともかく状況を整理しようか。彼が御令嬢に好意を持っているのは確実だ」
「ええ。わたくしから見ても、それは推察できます。
それに、あなたの持ってきた小説の内容を鑑みれば、疑いようはないでしょう」
「それじゃあ、その小説でのヴァイス君の動きを考えようか」
「お嬢様が女王になってしまい、手が届かなくなった。だからクーデターを起こさせ、失脚を目論んだ。といったところでしょうか」
「要約が上手だねぇ……」
「続きを」
「あ、はい。まあつまり、彼はどうやっても手が届かなくなってからしか、失脚を狙ってはいないわけだよ。
それまでだって、何度もチャンスはあっただろうからね」
「チャンスがあったとは、あなたの知るゲームというものでもということですね?」
「そうだね。今回はそっちのルートは切ったけど、フリードみたいに主人公(わたし)への嫌がらせをネタに揺さぶりをかけるとかね」
「それが効果がないことを、あの男は理解しているかと……」
「そりゃね。けれど火のないところに煙をたて、後から燃やすのは彼の得意分野だろう?」
「ええ、まさにその通りで……」
「だから今までそういったことをしなかったのは、まだそのつもりがないということだろうね。
今回だって何かたくらんでいたとして、平民落ちなんてたいそれたことまでは考えてないんじゃないかな?」
「それは少々楽観的ではないでしょうか。あの男なら、今がそのチャンスと踏んで、計画を前倒しにした可能性もあるかと考えます」
「かもねー」
ケラケラと笑う正良。あまりの温度差に、エイダは頭を痛めた。
彼がなぜここまであの男を信用しているのか甚だ疑問だと思いつつも、逆に自身が疑いすぎである可能性もまた、彼女は考えていた。
客観的に現状を見た時、彼のような考えに至るのかどうか……。そう冷静になりたくとも、メイドという立場に焦りを感じる彼女にとって、それは非常に難しいことだった。
「少しでも危険性があるのなら、排除すべきでは?」
「ホント、君は発想が物騒なんだよ。特に彼に対してはね」
「暗殺の指示を出すあなたに言われるのは、心外ですね」
「そりゃそうだ。ま、でも今は“待ち”かな」
「それはどうしてでしょうか」
「まだ彼が何を仕掛けてきたか分からないからね。最後の手段は、事が起こってからでも問題ないだろう?」
「しかし、事が起こってからでは手遅れの可能性も大いにあるかと……」
「だから僕がいる。だから君がいる。そうだろう?
それとも、君じゃ守り切れないと? 君はそんな弱気な人だったかな?」
「…………。ええ、わたくしが、必ずお嬢様を守ってみせます。どのような手を使ってでも……」
「そそ、その意気だよ」
「しかし、あなたがかの情報屋に肩入れしているのは、少々腑に落ちないと言いましょうか……」
「君にとっては、不愉快だろうね」
「言葉を選ばなければ」
「ま、さっきも言った通りさ。なんとなく、彼にはシンパシーを感じるからね。それに……」
「それに、なんでしょう」
「少なくともこの世界(ゲーム)で、彼ほどロマンチストで一途な人(キャラ)を僕は見たことがない。
だから彼は、本当の最後まで、ご令嬢を不幸にするようなことはないと信じているのさ」
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