悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

16見えない小悪党

公開日時: 2022年4月22日(金) 21:05
文字数:2,312

 突如空虚を掴み、動きを止めた鉄の死神。どうやら運はこちらに巡ってきたようだ……。

なんて言葉が一瞬頭をよぎったけど、どっちかっていると据え膳状態だよね。だってここまで追い込んでくれたの、エージェントPなんだもん。

まあ、捕まえるのもやってなんて言ったとしても、エージェントPには無理なんだけどね。手がないんだもん。



『チャンスだ嬢ちゃん、やっちまいな』


「…………」



 相手に気取られないよう、無言でうなづく。そしてそろりとオレンジの屋根を踏み外さないよう、ゆっくりとその背へと近づいた。

そして空気と取っ組み合いをする背中に張り付いた杖を取り上げようと掴む。



「これさえなければっ!」


『ちっ……』



 ちらりとこちらを見て、ふたたび舌打ち。そりゃそうよ、だって杖がなければどんな大魔法使いだって、威力半減どころか90%オフの見切り品状態なんだから!


 意外なほどの重さにふらつきながら、その黒くて日差しで暑くなった杖を抱え込む。

けれど、さすがに相手も仕事道具をそうやすやすと渡すような背負いかたなんてしてないわけで、ベルトで杖を肩にかける状態にしていたようだ。


 うまく引きはがせない、でも少なくとも杖は使えない態勢になれば、多少はこちらに分があるというもの。

だって捕まえるのが目的だもの。この状態、少なくとも相手は私のこと振り払えないはずよ。杖を犠牲にすれば別だけど。


 けど、どうやらその私の目論見は甘かったらしい。カノさんの焼くメロンパン並みに!



『ったく、揃ってめんどくさいっ!!』


「なっ!?」



 ぐわっと虚空を掴んでいた腕を円を描くように回し、身体をひねりこちらへと向ける。

それと同時に、とんでもない衝撃が私を襲ったのだ。



「ってぇな! 邪魔すんなバカっ!」


「はっ!? え? いつからそこに!?」



 突き飛ばされた先、尻餅をつく私の前には、どこからともなく表れたヴァイスの姿があった。

いや、いつも通りではあるんだけどね? いつも通りその辺の空気から生成されたような現れかたではあるんだけどね!? でもなんでここに居んのよって話!



「ったく、捕まえたと思ったのに邪魔しやがって」


「あ、もしかしてさっきのって、あなたと取っ組みあいしてたってこと!?」



 つまりあの虚無との固い握手は、完全に透明人間と化していたヴァイスが立ちはだかったことで、鉄の死神とのレスリング状態になっていたようだ。私にはわかんなかったけど。

そしてさっきの衝撃は、ヴァイスを私めがけて放り投げたってことらしい。


 いやあ、男の人をぶつけられて屋根から落ちなかったのが奇跡ね。ヴァイスは細身だったのが幸いしたのか……。

というのは本人には言わないでおこう。なんとなく気にしてそうだし。



「やっぱりな、お前には見えてなかったわけか……。

 いやしかし、邪魔はされたが収穫がないわけじゃないな」


「へ?」


「杖奪うなんざ、お前もなかなかやるじゃねえか」


「あっ……」



 色々ありすぎて頭が回ってなかったけど、あのゴタゴタの中でも私は抱えた杖を手放さなかったらしい。

そのおかげで、相手が体をねじるような動きをした時に、ベルトごと杖がすっぽ抜けたってことみたいね。


 他人事みたいに言ってるけど、実際意識してなかったというか、振り落されないよう必死にしがみついていたというか……。けど、無意識の私グッジョブよ!


 さっと立ち上がるヴァイスに続き、私も不安定な屋根から落ちないよう、少々へっぴり腰で立ち上がる。ずっしりと重さを感じる杖を抱きしめて。

そして私たちと鉄の死神は、照り付ける太陽の下、静かに向かい合う。



「どうした? 仕事道具取られてお困りのようだな?」


『…………』


「そりゃ困るよなぁ? 杖なんざ、その辺で買うってワケにもいかねえだろ?

 なにせ強い魔法使いほど、自分の魔力の波長に合った道具を使わなきゃなんねえんだ。特注だぜ?

 その上魔力波を調べれば、国に登録されてる魔法使いならある程度割り出せちまう。

 逃げたってかまわねえが、お前の身元が割れるのも時間の問題だろうなあ?」



 ノリノリで本の中の悪役のごとく相手に言葉を浴びせるヴァイス。

この人っていつもそうだけど、自分が有利なときってすっごいいい笑顔するのよね。

つまりザ・小悪党ってタイプの人なのよ。



「ちょっと、そんなに煽って大丈夫なの?」


「なに、杖は奪ったんだ、相手は何もできねえさ」


「だといいんだけど……」



 小声で聞けば、同じように小声で返してくる。

まあそりゃ、鉄の死神の名前の由来となった、鉄球の操作なんかは杖がなければ難しいだろうけど、雑にこの辺を吹き飛ばす魔法くらいなら使えそうなのが心配なんだけど……。

あ、でもそれだと杖ごと吹き飛ばすことになるから、相手は動けないわけか。

さすがヴァイス、相手の足元を見るのがうまい。言っとくけど、これは褒め言葉じゃないよ。



「さあ、どうするよ? お得意の目くらましで逃げるか? 杖を置いてよ。

 おれがオススメなのは、大人しく捕まることだぜ? その方が俺の手間がかからねえからよ」


『…………』


「ああ、心配しなくていいんだぜ? 俺は憲兵なんざとは違う。ただの雇われの身さ。

 しかも俺の依頼主様は寛大なお方だ。ここでこんなをやめるってんなら、後処理はイイカンジにしてくれるってよ。

 それとも? この杖を証拠品として憲兵に差し出されるのがお望みかな?

 ま、そうなりゃお前さんはあっという間に足がついて? 近いうちに首が胴体とサヨナラすることになるんだけどな?」


『…………』


「さ、どっちを選ぶか応えてもらおうじゃないか」



 うん、ホント言葉のチョイスが小悪党なのよ。本の中だと一番最初に死ぬタイプなのよ。

まあ、そんな語り口ではあるものの、ヴァイスはうまく鉄の死神を追い詰めているようね。

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