悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

17甘い見積もり

公開日時: 2022年4月25日(月) 21:05
文字数:2,305

 見つめあう鉄の死神とヴァイス。あと私。

なんで私がオマケみたいになっているかと言えば、事実そうだからだ。


 現状は、妙に耳に心地よい小悪党セリフをつらつらと述べるヴァイスと、無言の鉄の死神が向かい合っている後ろに、たまたま居合わせた一般人Aが立っているという構図。

その一般人Aたる私が、さも登場人物のようにしゃしゃり出るなんておこがましいというか、むしろそんな渦中の中に特攻なんてしたくないのよ。



「で、どうすんだ? 黙ってちゃいつまでたっても終わらねえぜ?」


『…………』



 憲兵に捕まるか、この場で自主的にお縄になるか。その二択を迫るヴァイスは、汗ひとつかかぬ変わらずいい笑顔だ。

ちなみに私は、照り付ける太陽と、足元のオレンジの瓦から反射する暑さで汗だくだ。早く帰りたいので、ヴァイスとは違った方向でお早い返答をお願いしたい。


 なんて考えを巡らせていれば、鉄の死神は着ている黒いローブの内ポケットに手を突っ込み、そこから取り出した、杖と同じ黒いL字型の何かをこちらに向けた。

そして次の瞬間、バンッ! とけたたましい音が響く。



「きゃっ!?」


「ちっ……! 他にも杖を隠し持っていたのか!?」



 他人事のように気を抜いている今こそチャンスだと思ったのか、もしくはその行動が答えなのか。

放たれた魔法は、ヴァイスの足元に小さな穴と、そこから細い煙が立ち上がらせていた。

攻撃をしてきた鉄の死神は微動だにせず、咳払いしてから、あの違和感のある魔法で歪んだような、低い声で語りだした。



『んんっ……。私は標的以外を仕留めるほど、落ちぶれてなどいない。

 だが、これ以上邪魔をするのであれば……。次は当てる』



 今まで暑いとボヤいていた思考を冷えさせる、静かな警告。そして私たちの考えが甘かったと思い知らされる言葉。

たとえ仕事道具を奪われたとして、それを挽回するための別の一手を相手が持っていないと決めつけるなんて、少しどころではない甘ったれた考えだったのだ。

まあでも、そんな甘い考えを持っていたのは、私だけだったみたいだ。



「おもしれーじゃん、やってみろよ」


「はぁ!? 何言って……」



 言いかけた瞬間、その言葉を発した人物は、忽然と私の視界から消え失せていたわ。

これはひどい。完全に私をおとりに逃げたじゃないのあのクズ男!

なんてことを声に出す前に、すでにコトは始まっていたみたいで……。



『ならばお望みどおりに』



 バンバン! と、さっきの耳をつんざく音が連続で聞こえたかと思えば、同じような小さな穴が一定間隔で、オレンジの瓦の上に線を作っていた。

つまりこれは、見えなくなったヴァイスの通った跡ってことだと思うんだけど、アレを避けるってヴァイスすごくない?


 普通に魔法の軌跡とか見えないし、なんならすごい魔法のはずなのに、魔力の揺らぎもわからない。

そりゃ私は、微妙に役に立つようで立ってないようなスキルのおかげで、魔法に関しては他の人より鈍感だってのは自覚してるんだけど、それでもこんな魔法を全く魔力を感知させずに使うなんて、とんでもない相手だってことくらいは、ぼんやり聞いてる魔法学の授業の内容を思い出さなくたってわかるわ。



『ちょこまかと小賢しい……』



 幾度となく繰り返される爆音の中、どうやらヴァイスはなんとか攻撃を避け続けられているらしい。

って、のんびり状況を眺めてる場合じゃないよね!? たぶんこれって、その間に私になんとかしろってことだよね!?

って言っても、こんなのどうしろっていうのよ!? 私、動物と意思疎通できる以外は極めて一般人!

というかむしろ、魔法の威力弱い分、一般人以下なんですけど!?


 オドオドとどうすればいいか戸惑う私に対し、アドバイスをする声があった。

それはいつの間にやら足元にまで近寄ってきていた黒い猫、エージェントNだ。

ちなみにエージェントPの方は、知らないうちに逃げていたみたい。賢い判断だけど、非情よねあの鳩。



『お嬢、その手に持ってるのを使えばいいんではないですかい?

 あのやり手が使うエモノ、それならば対抗できるやもしれやせんぜ』


「えっ……。そっか……」



 両腕に抱かれた、ずっしりと重い杖。今ですら強い魔法を使える鉄の死神が、どうしても手放したくないと思えるほどの代物だというのは、相手が逃げなかった事からもわかる。


 使いこなせるかどうか、使ったところで戦えるほどに私の魔法が強化されるかどうか、そんなのはわからない。

けれど、このまま見てるだけってわけにもいかない。なら、やるしかない。


 黒く重く、禍々しい杖を、入れられていた革製の袋から取り出す。

私も弱いながらも一応魔法が使える身。なので、学園の魔法学の実習で杖を扱ったことはある。だから、なんとなくでもこの杖も使うことができる、そう思っていた。


 けれど取り出したそれは、今まで見たことない形状だった。

いえ、形状だけじゃない。まずもってどこをどう握るか、それすらも分からない杖だったのだ。

杖の片方は細く、もう片方は太い。うん、これは普通。だけど形が異質。そして大きさも異質。

太い方は箱型で、装飾と呼ぶには無愛想な形。そして細い方は筒型。本当にただの細い筒で、太い方とは真逆のなんの創意工夫も見られない。


 軽く魔力の流れを確認しても、他の杖のようにそれを増幅する様子も、逆に阻害する様子も見せない。

それこそ、その辺に落ちている石の方がまだ魔力の増幅をしてくれそうだと感じるほどだ。

でもまあ……。やるしかないよね。



「危ないから、Nちゃんは離れてて」


『どうかご武運を』



 静かにそう言葉を残し、黒猫は凛とした姿で軽々と屋根を降りて行った。

私は持ち手も分からぬ杖を持ち、細い筒を下にして屋根瓦に立て、魔力を流し込んだ。

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