「なんだか、昔来た時より空き地が目立ちますわね……」
商店街に着いての私の第一声は、寂しさの混ざるものだった。
あの頃は何も知らず、初めて見るものに興奮していただけかもしれない。
けれど、こんなふうに寂れたように感じなかったように思う。
「最近、地上げされてたらしいんです。
今はもう大丈夫だそうですけど、再建は進んでいなくて、まだまだ空き地が多いんですよね」
「そうですの。いずれまた、かつての活気が戻ってくるといいですわね」
「ええ。そうですね」
私が処理した地上げ屋の裏に居た貴族は、自身の保身のため、この地を手に入れることを諦めたと聞いた。
おかげで、この商店街は守られ、今後不審火によって焼け落ちる店はないだろう。
けれど新築工事をしようとする様子もないし、今はまだ新しく出店したいと思う者は多くないようだ。
「それにしても、エリーさんは何度か来たことあるんですか?
さっきの話では、あまり近付きにくい場所だと言っていましたけど」
「ああ、そのことを話していませんでしたね。
私は、小さい頃に何度か来たことがあるんですよ。
確か年末に、英雄リンゼイを称えるお祭りがあるでしょう?」
「ええと、私は最近までここに来ることはなかったので、あまり詳しくないんです」
「あら、そうでしたの。
英雄リンゼイは、年末の寒い季節、戦火で焼け出された人たちを助けるため、ここで物資の配給を行いましたの。
ですので、年末にそれを称えたお祭りをやるんですのよ。その時にヴァイスに連れてきてもらったんですの」
「え? ヴァイスさんに?」
「ええ……。その時でしたわね、エイダと出会ったのも……」
あの日、街は雪で白く化粧をし、色とりどりの飾りが、商店街を美しく染め上げていた。
寒さも忘れてヴァイスと共に歩いた道……。
それは、いつまでも忘れられない、特別な日となった。
◆ ◇ ◆
「お嬢様、朝食の準備ができました」
いつも通りの朝、いつも通りの声。
夏の暑い日、幼い私はいつも寂しかった。
オズナ王子が留学し、周囲には世話係の大人たちばかり。
一緒に遊べる友人などおらず、若いメイドが遊び相手になってくれるだけ。
楽しくないわけじゃないけれど、相手をしてもらっているという感覚は少なからずあった。
かくれんぼも、おにごっこも、相手が手加減してくれている。
私は楽しませてもらっているんだと、なんとなく肌で感じていたのだ。
オズナ王子とならば、たとえ遊びでなくとも楽しかった。
手を引かれ、一緒に屋敷の中を歩くだけで大冒険だった。
そんな彼がいなくなって、寂しくて心細くて、いつも泣きそうな私がそこにいた。
「ごちそうさま……」
目の前に出された朝食は、半分も減っていない。
美味しくないわけじゃない。むしろ今思えば、味だけは常に最高級だった。
けれど、私は食べたいと思えなかったのだ。
「エリヌス、もういいのかい? お腹が空いていないのかい?」
「はい。残してしまってごめんなさい……」
「あやまることじゃないさ。無理に食べなくてもいい。
けれど、食べるのを我慢してるのなら、そんなことはしなくていいのだよ?」
「いえ、そうではありません。美味しかったです。
けど、もう食べられないので……」
「そうかい。では、お腹が空いた時に食べられるよう、クッキーを部屋に持っていかせよう」
「ありがとうございます」
「君、シェフに伝えてくれたまえ」
「はい、かしこまりました」
近くに控えていたメイドは、さっと部屋を出てゆき、キッチンへと向かう。
父はいつも、食の細い私を気遣ってくれていた。
けれど、その頃の私にとっては、どれもこれも心に響かなかったのだ。
「お嬢様、良いお天気ですし、お庭のお散歩にゆきませんか?」
「…………。いえ、今日はやめておきます」
「そうですか……。では、なにかございましたら、遠慮なくお呼びください」
「ええ……」
メイドはそう告げ、自室隣の控室へと歩いてゆく。
私はただ、窓の外を眺め、晴れ渡る空と、青々と茂る庭の草木を見つめるだけの日々を送っていた。
もし今もオズナ王子が居てくれたら、一緒に木陰で本を読んでいたのだろうか……。そんな妄想に縋りながら。
その時、私の耳は不快な音を感じ取る。バリバリ、ボリボリと、不躾な咀嚼音。
ふと振り返れば、そこにはテーブルの上に置かれたクッキーを貪る、一人の少年の姿があった。
一瞬ビクリと恐怖に体を強張らせる。
けれどその男の子が、オズナ王子と同い年くらいだと分かった時、怖さはどこかへ飛んでいってしまった。
「あなた、誰ですの?」
「え……? お前、俺のこと見えるのか?」
「見えるのかって、見えてますわよ?」
「嘘だろ……? 本当に……?」
「…………。あなた、幽霊?
でも、足もちゃんとありますわよね……」
もし本当に幽霊やお化けなら、恐怖していたかもしれない。
けれどその時の私は、ただただその子が気になったのだ。突然自室に現れた男の子が。
ゆっくりと歩み寄り、彼のほっぺをつねる。
ちゃんと触れるし、あたたかい。それは、とても幽霊なんかだとは思えなかった。
「いででで……」
「あら、ごめんなさい。でも、幽霊ではないようですわね」
「当たり前だ!」
ちょっとだけ怒った彼だったけど、やっぱり怖くはなかった。
だって、口の周りにクッキーの食べカスが付いていたんだもの。
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