悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

13思い出の地

公開日時: 2021年9月25日(土) 02:05
文字数:2,132



「なんだか、昔来た時より空き地が目立ちますわね……」



 商店街に着いての私の第一声は、寂しさの混ざるものだった。

あの頃は何も知らず、初めて見るものに興奮していただけかもしれない。

けれど、こんなふうに寂れたように感じなかったように思う。



「最近、地上げされてたらしいんです。

 今はもう大丈夫だそうですけど、再建は進んでいなくて、まだまだ空き地が多いんですよね」


「そうですの。いずれまた、かつての活気が戻ってくるといいですわね」


「ええ。そうですね」



 私が処理した地上げ屋の裏に居た貴族は、自身の保身のため、この地を手に入れることを諦めたと聞いた。

おかげで、この商店街は守られ、今後不審火によって焼け落ちる店はないだろう。

けれど新築工事をしようとする様子もないし、今はまだ新しく出店したいと思う者は多くないようだ。



「それにしても、エリーさんは何度か来たことあるんですか?

 さっきの話では、あまり近付きにくい場所だと言っていましたけど」


「ああ、そのことを話していませんでしたね。

 私は、小さい頃に何度か来たことがあるんですよ。

 確か年末に、英雄リンゼイを称えるお祭りがあるでしょう?」


「ええと、私は最近までここに来ることはなかったので、あまり詳しくないんです」


「あら、そうでしたの。

 英雄リンゼイは、年末の寒い季節、戦火で焼け出された人たちを助けるため、ここで物資の配給を行いましたの。

 ですので、年末にそれを称えたお祭りをやるんですのよ。その時にヴァイスに連れてきてもらったんですの」


「え? ヴァイスさんに?」


「ええ……。その時でしたわね、エイダと出会ったのも……」



 あの日、街は雪で白く化粧をし、色とりどりの飾りが、商店街を美しく染め上げていた。

寒さも忘れてヴァイスと共に歩いた道……。

それは、いつまでも忘れられない、特別な日となった。




 ◆ ◇ ◆ 




「お嬢様、朝食の準備ができました」



 いつも通りの朝、いつも通りの声。

夏の暑い日、幼い私はいつも寂しかった。

オズナ王子が留学し、周囲には世話係の大人たちばかり。

一緒に遊べる友人などおらず、若いメイドが遊び相手になってくれるだけ。


 楽しくないわけじゃないけれど、相手をしてもらっているという感覚は少なからずあった。

かくれんぼも、おにごっこも、相手が手加減してくれている。

私は楽しませてもらっているんだと、なんとなく肌で感じていたのだ。


 オズナ王子とならば、たとえ遊びでなくとも楽しかった。

手を引かれ、一緒に屋敷の中を歩くだけで大冒険だった。

そんな彼がいなくなって、寂しくて心細くて、いつも泣きそうな私がそこにいた。



「ごちそうさま……」



 目の前に出された朝食は、半分も減っていない。

美味しくないわけじゃない。むしろ今思えば、味だけは常に最高級だった。

けれど、私は食べたいと思えなかったのだ。



「エリヌス、もういいのかい? お腹が空いていないのかい?」


「はい。残してしまってごめんなさい……」


「あやまることじゃないさ。無理に食べなくてもいい。

 けれど、食べるのを我慢してるのなら、そんなことはしなくていいのだよ?」


「いえ、そうではありません。美味しかったです。

 けど、もう食べられないので……」


「そうかい。では、お腹が空いた時に食べられるよう、クッキーを部屋に持っていかせよう」


「ありがとうございます」


「君、シェフに伝えてくれたまえ」


「はい、かしこまりました」



 近くに控えていたメイドは、さっと部屋を出てゆき、キッチンへと向かう。

父はいつも、食の細い私を気遣ってくれていた。

けれど、その頃の私にとっては、どれもこれも心に響かなかったのだ。



「お嬢様、良いお天気ですし、お庭のお散歩にゆきませんか?」


「…………。いえ、今日はやめておきます」


「そうですか……。では、なにかございましたら、遠慮なくお呼びください」


「ええ……」



 メイドはそう告げ、自室隣の控室へと歩いてゆく。

私はただ、窓の外を眺め、晴れ渡る空と、青々と茂る庭の草木を見つめるだけの日々を送っていた。

もし今もオズナ王子が居てくれたら、一緒に木陰で本を読んでいたのだろうか……。そんな妄想に縋りながら。


 その時、私の耳は不快な音を感じ取る。バリバリ、ボリボリと、不躾な咀嚼音。

ふと振り返れば、そこにはテーブルの上に置かれたクッキーを貪る、一人の少年の姿があった。


 一瞬ビクリと恐怖に体を強張らせる。

けれどその男の子が、オズナ王子と同い年くらいだと分かった時、怖さはどこかへ飛んでいってしまった。



「あなた、誰ですの?」


「え……? お前、俺のこと見えるのか?」


「見えるのかって、見えてますわよ?」


「嘘だろ……? 本当に……?」


「…………。あなた、幽霊?

 でも、足もちゃんとありますわよね……」



 もし本当に幽霊やお化けなら、恐怖していたかもしれない。

けれどその時の私は、ただただその子が気になったのだ。突然自室に現れた男の子が。


 ゆっくりと歩み寄り、彼のほっぺをつねる。

ちゃんと触れるし、あたたかい。それは、とても幽霊なんかだとは思えなかった。



「いででで……」


「あら、ごめんなさい。でも、幽霊ではないようですわね」


「当たり前だ!」



 ちょっとだけ怒った彼だったけど、やっぱり怖くはなかった。

だって、口の周りにクッキーの食べカスが付いていたんだもの。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート