「で、働くことになったのか……。
お前、もしかしなくてもバカか?」
「そんな言い方ないじゃない。これでも私なりに考えたのよ?」
月曜の昼休み、二年の教室に突撃してきたヴァイスを、誰も認識できていなかった。
私自身も、目の前にいたはずの彼を、突然現れたかのように思ったのよね。
これって、影が薄いというよりは、もはや超常現象よ。
まあ、彼が魔術師なら納得ではあるんだけどね。
「はー……。お前さんには、もっと効率のいい情報収集の方法があったんだがな」
「なによ、方法があるなら先に教えてよね」
「んー、でもなぁ……。教えると、俺の稼ぎが減るしなぁ……」
「なによそれ。その方法を使えば、簡単に稼げるみたいなものなの?」
「いや、お前さんのスキルさ」
その言葉に、体を静電気が走ったようにびくりと反応してしまった。
自分のスキル、それは学園に通う者が血眼になって探すもの。
いえ、むしろ学園自体が、スキルを発見させるための施設。
学園に入学し、卒業するまでにスキルを見つけなければ、免除されていた学費を卒業後払わなければならない。
それは、貴族であれば大した問題ではないけど、私のような平民にとっては大きなお金。
卒業したって、学費を払うために奴隷のような生活環境に陥る人も多い。
けど、スキルさえ発見、というか自覚し、報告すれば、学費はそのまま返さなくてよくなるのだ。
しかも、スキルの有用性次第では、高待遇の仕事が斡旋される。
スキルがわかるかどうかは、平民の特待生にとっては、天国と地獄の分かれ道なのだ。
だからこそ、誰もが自分のスキルを発見しようとする。なのに、見つけられないでいる。
自分ですらわからないような、見つけにくいものなのだ。
なので彼が私のスキルを看破してるなんてのは、考えにくい……。はず……。
「確かに、それは高値で売れそうな情報ね。
でも、あなたが私のスキルを見破ったなんて考えにくいわ」
「いやいや、第三者目線ってのは、本人以上に理解を深めるものなのさ。
むしろ、本人以上に相手を理解できねえヤツは、情報屋なんてやれねえだろ?」
「ま……、まぁそうかもしれないけど……。
でも、あなた私のこと、何も知らないでしょ?」
「知ってるぜ? 何から聞きたい?
家族構成? 借金の使い道? ガキの頃のやらかし?
もしくは、スリーサイズ? 今日の下着の色も知ってるぜ?」
「ヘンタイ!!」
咄嗟に飛び出た平手打ちは、いつかと同じく空を切った。
というか、一瞬で背景に溶けたような、存在が消えたような感覚がしたわ……。
もしかして、彼のスキルって「身体が空気になる」なんてスキルなのかしら!?
「いきなり消えるとか怖い……」
ぞわっと全身を悪寒が走る。
自分で自分の身体を抱くように震えながら呟くと、彼はまたも背景から滲み出すように現れた。
「ま、これが俺のスキルだからな。
存在感を完全に消すスキル。便利だぜ?」
「ホントに怖い……。悪用し放題じゃないの」
「実際、悪用してるけどな」
「暗殺も余裕そうね。あなたが鉄の死神なんじゃないの?」
「暗殺なんざ興味ねえな。めんどくせえし。
なんたって、俺が直接手を出さなくてもな、口を出すだけで消せんだ。
殺しなんざ、疲れるだけだし、万一捕まれば終わりだぜ? 割にあわねえっての」
「そういうものなのかしらね。よくわからないわ」
情報を流すだけで消せる、か……。
これこそ、ペンは剣よりも強しってヤツなのかしらね。
まあ、彼らしいといえばらしいか。
「で、お前さんのスキルなら、効率よく噂くらい集められるって話よ。
どうだ、この情報買う気はねえか?」
「どうせお高いんでしょう?」
「そりゃな。学費全額免除できる情報だ。
俺にとっちゃ簡単に手に入る情報ではあるが、買うことによるリターンがデカイからな。
お安くしてちゃ、商売にならねえよ」
「なら、やめておくわ。あなたが掴む程度の情報だもの、私だって卒業までには見つけられる……。はず……」
「最後、語気弱くなってんじゃねえか。ま、せいぜい頑張りな」
「えぇ、言われなくとも」
「そうだな……。手伝いもあるし、ヒントくらいはやるよ」
「高いんでしょう?」
「無料だ無料!」
「へー、何か裏がありそうね。後で請求はナシよ?」
「んな、みみっちいことしねえっての。ま、簡単な話。
人間ってのはよ、自分にできることは他人にもできると思ってんだ。
だからスキルを見つけられない。他のヤツもできると思ってるからな。
よーく考えてみな。お前さんだけじゃない、みんなが普通と思って、自分の特別を見逃してる。
全てを疑え。全てをいちから見直せ。そうすりゃ、あんたのスキル程度なら気付けるはずさ」
「なにそれ。なんか意味深なだけで、なんの情報もないじゃない」
「無料情報ってのは、その程度さ」
言われてみれば、そうかもしれないけどね。
みんな、自分のできることは過小評価しがちだし、小さい頃からできているなら、それが普通と思うかもしれない。
彼みたいな、明らかに異質なものでなければ、簡単には気づけないよね。
「はー……。あなたはいいわね。すぐに分かりそうなスキルで」
「んなことねえぞ? 俺も自覚するまでには、色々とあったもんさ。
それ以上に、自覚してから制御できるようになるまでの方が大変だったけどな」
「へー、意外ね」
「手伝いの出来次第では、教えてやってもいいぜ」
「えっ……。別に興味ないけど」
「ほーん。それが、エリーちゃん絡みであっても?」
「それは……」
そう言われると気になる。
いえ、その前から、彼とエリヌス様の関係には興味があった。
貴族同士とはいえ、公爵と準男爵では、身分が違いすぎるのよね……。
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