夏の日差しが痛いほど降り注ぐ午後、私は学園のグランドに立っていた。もちろん、私以外にも生徒はいる。
午後一番の授業は体育だ。そのため体操着に着替え、女子だけがグラウンドに集合している。
まったく、昨日始業式が終わったばかりだというのに、すぐに全日授業とは、貴族のお遊び学校にしては本気の時間割だ。
もしくは、貴族は家にいる方が窮屈だろうという、学園側の配慮かもしれないけれど。
だが、私はこの体育というものが嫌いなのだ。
それは日差しの下に晒されるからだとか、体を動かすのが億劫だとか、そういう理由ではない。
誰かと共に、一つの競技に打ち込む場面が多いのが苦手なのだ。
しかし今回に限って言えば、そんな授業内容に入る前から躓いていた。
「準備運動を始める。二人一組を作るように」
この時点で終わったと絶望するに十分だったのだ。なぜって説明するまでもないだろう。
専属メイドであり、クラスメイトでもあるエイダは現在夏休み中。そのため、二人一組などと言われても、相手が居ないのだ。
「おいおい、エリーちゃんボッチかよ」
「出たわねヴァイス。なんの用かしら?」
「いやあ、窓からお前さんのクラスが見えたもんでな。面白そうだから授業を抜けてきたってワケよ」
「なにが面白いのかしらね」
「そりゃ、公爵令嬢様と組みたいなんて言う、命知らずの顔を拝むチャンスだしな?」
「消えなさい。私の我慢がきいているうちにね」
「おーこわ。御令嬢様の交友関係を調べる、いい機会だと思ったんだがなぁ。ははは」
バカにしているのか、それとも本気なのかわからない言い草だ。もしくは両方だろうか。
ともかく、これ以上の長居は無用と言った様子で、教室へと歩みを進め、後ろ手にひらひらと手を振っていた。
ただでさえ面倒な時に、面倒な人を相手にせずに済んだと胸を撫で下ろすも、ヴァイスは歩みを止めて振り返る。
「おっと、そうそう。夏休み中にあった事件の情報があるんだが……。
ははは、これはこれはご機嫌斜めなご様子。また別の機会にさせていただきますよ」
睨みつけてやれば、さすがに状況を理解したようだ。
まったく、人をからかうためだけに授業を抜けてくるなんて、なにを考えているのやら……。そんなに留年したいのかしらね。
いえ、今はヴァイスの成績の心配をしている場合ではない。
今ここで私の置かれている状況の方が、ヴァイスの留年なんかよりも、もっと重要なのだから。
適当に周囲を見回し、まだ相手が決まっていなさそうな人を見繕い声を掛ける。
「失礼、私と一緒に汲んでいただけないかしら?」
「あっ……。申し訳ありません、すでに相手が決まっておりまして……」
「あら、そうでしたの。残念ですわ。では、またの機会に」
しかし、他の人たちもほぼほぼいつもの相手がいるようだ。
笑顔で動揺していない風を装うも、内心焦っているのは言うまでもない。
改めて、わたしはこのクラスで浮いているという事実を突きつけられたのだから。
いつも隣にエイダが居て、何かあればすぐに彼女が対応する。屋敷の中でも、学園の中でも。
それは依存しきっているというわけはないと思う。現に今日も、執事を付けずに一日過ごしてきたのだから。
だがそれは、人間関係を狭める結果になていたのだ。
主人とメイドという主従関係であったとしても、周囲からは常に二人一緒にいる。その様子は、割って入るには少々気負いする様子だろう。
その上私は公爵令嬢。取り入りたいと思う貴族はいても、純粋に仲良くなりたいと思い近づいてくる者は少ない。
そして取り入ろうとして近づく者は、エイダによって弾かれる。
私は友達が少ない。というより、いないわけだ。
そんな今さらどうしようもない事実に思いを巡らせているうちに、周囲は次々と相手が決まっていく。
もちろん、元々仲の良かった人たちで組んでいくのだし、その端数になった人であっても、他に何らかの関りのある人を見つけ、組み合わせができるのだ。たとえそれが妥協であったとしても。
そして、私は最後まで余ってしまったのだった。そんな私に、体育教師は声を掛ける。
女性であるが見上げるほどの高身長で、しなやかな筋肉美を見せつけるようなスポーツウェアの、元憲兵上がりの教師だ。
誰もが少々怖がるほどの圧を感じる相手だが、私がそんな風に思うことはなかった。今までは……。
「エリヌス、相手が決まらないのか?」
「はい。いつもはエイダと組ませていただいていましたので……」
「そうか、アイツは休みを貰っていたんだったな」
憲兵上がりの平民とは言え、学園内では教師の方が立場が上だ。そのため公爵家の者であっても、他と同じくただの生徒として扱われる。
しかしそれでも、面倒事は避けたいという気持ちや、もしくはよく思われておきたいという下心から、他の生徒よりは丁寧に扱われるのが常だ。なので委縮したりはしない。
だからこそ逆に、優しい口調の困り顔で相手をされると、より一層虚しくなってしまうものだ。
そんな教師は、周囲を見回し大きな声で生徒たちに問いかけた。
「他に相手がいない奴はいるか!?」
その声に、一人の生徒が手を挙げる。
それはあきるほど姿を目にしている、桃色の髪の女生徒だった。
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