「ちょっと! 私にも見せてよ!」
「なんだよ、見せただろ?」
ヴァイスはわるびれもなく、さっきの手のひらで転がしただけの様子を見せたと言い張っている。
なんだかんだガキよね、こういうところ! いつもの仕返しに、大げさに呆れたようにため息で応えてやるわ。
「んなバカみてぇなマネしたって渡せねえよ」
「いいわいいわ。アンタもまだまだガキだって思っただけだから」
「そういうんじゃねえよ。お前だけじゃなく、俺以外ほとんどの奴には渡せねえシロモノなんだよ」
「どういうことよ?」
「これはな、鉄の死神が乱射してた玉だ。お前さんがパン屋に戻ってる間に、瓦やら柱やらほじくり出してきたんだよ」
「ああ、アンタが摩訶不思議な踊りを披露するハメになったアレね?」
「おい! 俺が避けてる様子を不思議な踊りだとか思ってたのかよ!?」
あ、避けられると思ってたんだ……。多分あれは、相手が外してくれてたんだけどね。
さすがの情報屋と言えど、相手が口に出していないことは分からないか。
まあ、本当にわざと外してくれていたかどうかも、本人の口からは語られてないけどね。
「そんなのどうだっていいじゃない。それで、何でそれが見せられないのよ」
「コイツは重要な証拠品だからな。今まで憲兵たちが手に入れた他の玉とは、決定的に違うところがあんだよ」
「へー。そうなんだ? で、どこが違うわけ? 形? 色? 大きさ?」
「含有魔力だ」
「はい?」
「って、答えてやってもピンと来てねえのかよ」
「うん。私、専門家じゃないし」
というよりも、それで答えになってると思う方がどうかしてるのよ。
だいたい私は聞き込み係であって、捜査班でもなんでもないのに、ピンとくる方がおかしいでしょうが。
「はぁ……。ま、イチから説明してやるよ。今までの玉ってのは、どういう状況で手に入れたかはわかるよな?」
「事件現場からよね?」
「その答えじゃ、テストなら部分点も貰えねえぜ?」
「じゃあどこからよ?」
「被害者の体内からだ」
「…………。一瞬想像しちゃったじゃない」
「実物は想像以上に悲惨、なんて話は置いておこうか。
そういう状態から取り出されたんで、その玉を魔力鑑定したって被害者の魔力しか検出されなかったわけよ」
「あー、鉄の死神の魔力隠蔽の上に、被害者の魔力が覆いかぶされば、読めなくなっちゃうわけね」
「やっと理解したか。けど今回のは……」
「玉は瓦から取り出したものだから、かすかにでも魔力の痕跡が残ってるはず、というわけね?」
「そうだ。そんなモンを、魔力を多少なりとも持つお前に握らせりゃ、どうなるかわかるよな?」
「私の魔力が邪魔して、解析できなくなるかもしれないと」
「けど俺が触る分には問題ねえ。なにせ俺は魔力ゼロだからな!」
言ってることは分かる。わかるんだけど、いちいち癪に障るのホントやめてほしい。
しかし、なんでコイツがこんなに必死になってるのかっていうのは気になってたけど、やっぱり相手はかなりのやり手なのね。
憲兵たちが尻尾を掴めないのが不思議だったけど、自分の魔力をそこまで隠蔽できるなんて、あの高度な魔法からは想像できないもの。
大抵の犯罪者は、魔力の痕跡が証拠となって捕まる。捕まらない相手は、魔力の存在を隠しているか、国外からの侵入者の二択。
てっきり私は、鉄の死神は後者だと思ってたんだけど。今のヴァイスの話からすれば、魔力検査官すら読み取れないということね。
でも、ちょっと嬉しそうなのがまた腹が立つ。
そりゃ証拠が手に入って嬉しいのはわかるわ。これできっと、相手の情報も多少は手に入るはずだもの。
だからって、あんな危ない目にあったってのに、神経図太すぎよ。
「よかったわね、たまたま相手が玉を乱発してくれて」
「まあな。おかげで俺もピンピンしてるしな」
「なに言ってんの? 当たってたら死んでたんだからね? もっと危機感持ちなさいよ!」
「…………。へっ、今さらだっての。この仕事やってりゃな、死にかけることくらい何度もあんだよ」
「だからって、暗殺者と取っ組み合いするバカがどこにいんのよ!」
「ここにいるだろ?」
「そうよ! アンタがバカだって言ってんの!」
「お前に言われたかねぇぜ。なんの考えもなしに追いかけっこしてたくせによ」
「アンタねぇ……!」
本当にコイツはっ! 私がどれだけ肝を冷やしたかもわかってないんだから!
小言の一言や二言どころじゃなく、説教してやりたいくらいよ!
なんていう私の気も知らず、いけしゃあしゃあとヴァイスの余計な口は回りだす。
「だいたいお前が来なかったとして、コイツは出に入ってたんだよ」
「そうですか、邪魔して悪かったわね! さぞ賢い作戦があったんでしょうけど!」
「ったりめえよ。俺は考えなしに動くようなマヌケじゃねえからな」
「へぇ? それじゃあ、マヌケの思いつかないような作戦を教えてもらおうじゃないの」
「簡単な話さ。徹底的に鉄の死神の邪魔をしてやんの。どうやっても逃げられねえように、徹底的にな!
アイツは証拠を残さないよう動いちゃいるが、さすがに追い詰められりゃ絶対に武器を出す。
そんで魔法をぶっ放させればこっちの勝ちよ。俺が避けれても避けられなくても、玉は手に入るって寸法よ。
まさかそれが、取っ組み合いになるな……」
パンッ! という音と、私の右手がジンジンと熱くなることで、私自身もやっと気が付いた。
私は無意識に、ヴァイスの頬をひっぱたいていたことに。
そしてそれを自覚した瞬間、頭に血が上る感覚と共に、自分でも抑えられない言葉の波が口から噴き出た。
「アンタね! 当たってたら死んでたのよ!? 私に命かけるほどのことじゃないって言っていたくせに、自分はどうなってもいいって思ってるの!?」
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