翌日も、その次の日も、ヴァイスは私の言葉通り屋敷へとやって来た。
いつもやる遊びは、私が鬼のかくれんぼだ。けれど、最初の日とは少し違っていた。
「それじゃ、みなさんちゃんと隠れてくださいましね!」
「はい、お嬢様」
手の空いている使用人を複数呼び、大勢でかくれんぼをすることにしたのだ。
それは、使用人が父に告げた一言が原因だった。
「お嬢様が、お一人でかくれんぼをなさっております」
その言葉を聞いた父の心境がどういうものだったか、今になると想像するだけで恐ろしい。
娘が友人を失ったショックで、頭がおかしくなったのだと騒ぎ出さなかった分、父の冷静さに助けられたものだ。
後から聞いた話ではあるが、その時の父の反応は「いわゆるイマジナリーフレンドというものだ」という、落ち着いたものだったそうだ。
幼い子供にありがちな、空想上の友人。それがイマジナリーフレンド。
人形遊びの延長線上に、見えない誰かを想定した遊びをしている。そのように説明したそうだ。
おかげで大ごとにならずに済んだものの、その分使用人たちが今まで以上にかまってくるのは、それはそれで面倒だとも思っていた。
その結果、見えないヴァイスを含んだ複数人で、かくれんぼをすることになったのだ。
「ヴァイス、見つけましてよ!」
「うわ……。また俺が一番か」
いつも私が鬼で、いつもヴァイスが最初に見つかる。
けれど、彼は悔しそうにするでもなく、見つかるたびに、少し嬉しそうな顔をしていた。
その様子になんだか私も嬉しくて、他の人を最初に見つけても、ヴァイスを見つけるまでは放っておいたほどだ。
「さて、これで全員見つけましたわね!」
「さすがお嬢様。このような短時間で全員見つけられるとは、かくれんぼの才能がありますね」
「ふふっ……。もっと上手に隠れていただけないと、探しがいがあありませんわよ?」
「おやおや、これは我々も頑張りませんとな。
しかし、見つかってしまったのですから、今度はお嬢様が隠れる番でございます」
「嫌よ! 私、逃げも隠れもしませんの!
さあ、私が降参するくらいに、上手に隠れてくださいまし!」
そうして私は、何度も何度も人々を隠れさせ、そして見つけてきた。
大人たちは、いいかげんうんざりしていただろう。
けれど、ヴァイスだけは、いつも笑っていた。
「さて、次は……」
「お嬢様、そろそろお勉強の時間にございます」
「あら……。残念ですわ……」
「続きはまた明日といたしましょう。
準備いたしますので、お部屋にて少しの間、休憩していてくださいませ」
「ええ。では、部屋にもどりますわね」
これもいつも通りだ。
部屋に戻れば、テーブルにはおやつのクッキーと、紅茶が二人分湯気を上げている。
「見えないお友達」の分を、使用人たちも訝しみながらも用意してくれていたのだ。
「いただきまーす!」
「はい、どうぞお召し上がりくださいな」
「うんめー!」
いつも私のおやつは、ヴァイスの口の中へと放り込まれる。
ただ静かにお茶を飲みながら、私は美味しそうに頬張る彼の姿を眺めるのが、毎日の日課だった。
「ごちそうさん! うまかったぜ!」
「お口に合ってよかったですわ。
それじゃあ、残念ですけど今日はこれで……」
「…………。なあ、俺も一緒に勉強しちゃダメか?」
「え? 勉強したいんですの? 退屈ですわよ?」
「うん……。俺は、誰にも相手にされないから、知らないことばっかりなんだ。それに……」
「それに?」
「家に帰っても、一人だから……」
「そうですの……。では、今日から一緒にお勉強もしましょうね!」
一人きりの寂しさは、世界中の誰よりも分かっている。そんなのは、狭い世界で生きていた私の思いあがりだ。
けれど、彼が同じように寂しいのなら、退屈であっても一緒にいた方が楽しいだろうと思ったのだ。
私は、まだ使っていないノートと筆記用具をヴァイスに渡し、勉強机に二つの椅子を並べた。
やってきた家庭教師は、少々顔を強張らせたが、父の言う「イマジナリーフレンド」がついにここまで来たのだと、諦めたようだ。
そうして、私と共に勉強していたヴァイスだったのだが……。
「ぜんっぜんっ分からん!」
終わった時に彼はその言葉と共に、真っ白なノートに突っ伏した。
どうやら彼は、本当になにも教えられていないようで、家庭教師の言っていることが全く理解できなかったのだ。
「困りましたわね……。せっかく一緒に勉強しているのに、これでは時間がもったいないですわ」
「でもよ、分からんもんは分からねーんだよ」
「うーん……。それじゃあ、私が分からないところを説明して差し上げますわ」
「なにが分からんか分からん!!」
「これは……。なかなか大変な予感がいたしますわね……」
そうして、私とヴァイスの勉強会がその日から始まったのだ。
ただし、私は「教える」ということを甘く見ていた。
教えるには、教わる以上の理解度が必要なのだと思い知ったのだ。
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