悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

15イマジナリーフレンド

公開日時: 2021年9月29日(水) 21:05
文字数:1,980

 翌日も、その次の日も、ヴァイスは私の言葉通り屋敷へとやって来た。

いつもやる遊びは、私が鬼のかくれんぼだ。けれど、最初の日とは少し違っていた。



「それじゃ、みなさんちゃんと隠れてくださいましね!」


「はい、お嬢様」



 手の空いている使用人を複数呼び、大勢でかくれんぼをすることにしたのだ。

それは、使用人が父に告げた一言が原因だった。



「お嬢様が、お一人でかくれんぼをなさっております」



 その言葉を聞いた父の心境がどういうものだったか、今になると想像するだけで恐ろしい。

娘が友人を失ったショックで、頭がおかしくなったのだと騒ぎ出さなかった分、父の冷静さに助けられたものだ。


 後から聞いた話ではあるが、その時の父の反応は「いわゆるイマジナリーフレンドというものだ」という、落ち着いたものだったそうだ。

幼い子供にありがちな、空想上の友人。それがイマジナリーフレンド。

人形遊びの延長線上に、見えない誰かを想定した遊びをしている。そのように説明したそうだ。


 おかげで大ごとにならずに済んだものの、その分使用人たちが今まで以上にかまってくるのは、それはそれで面倒だとも思っていた。

その結果、見えないヴァイスを含んだ複数人で、かくれんぼをすることになったのだ。



「ヴァイス、見つけましてよ!」


「うわ……。また俺が一番か」



 いつも私が鬼で、いつもヴァイスが最初に見つかる。

けれど、彼は悔しそうにするでもなく、見つかるたびに、少し嬉しそうな顔をしていた。

その様子になんだか私も嬉しくて、他の人を最初に見つけても、ヴァイスを見つけるまでは放っておいたほどだ。



「さて、これで全員見つけましたわね!」


「さすがお嬢様。このような短時間で全員見つけられるとは、かくれんぼの才能がありますね」


「ふふっ……。もっと上手に隠れていただけないと、探しがいがあありませんわよ?」


「おやおや、これは我々も頑張りませんとな。

 しかし、見つかってしまったのですから、今度はお嬢様が隠れる番でございます」


「嫌よ! 私、逃げも隠れもしませんの!

 さあ、私が降参するくらいに、上手に隠れてくださいまし!」



 そうして私は、何度も何度も人々を隠れさせ、そして見つけてきた。

大人たちは、いいかげんうんざりしていただろう。

けれど、ヴァイスだけは、いつも笑っていた。



「さて、次は……」


「お嬢様、そろそろお勉強の時間にございます」


「あら……。残念ですわ……」


「続きはまた明日といたしましょう。

 準備いたしますので、お部屋にて少しの間、休憩していてくださいませ」


「ええ。では、部屋にもどりますわね」



 これもいつも通りだ。

部屋に戻れば、テーブルにはおやつのクッキーと、紅茶が二人分湯気を上げている。

「見えないお友達」の分を、使用人たちも訝しみながらも用意してくれていたのだ。



「いただきまーす!」


「はい、どうぞお召し上がりくださいな」


「うんめー!」



 いつも私のおやつは、ヴァイスの口の中へと放り込まれる。

ただ静かにお茶を飲みながら、私は美味しそうに頬張る彼の姿を眺めるのが、毎日の日課だった。



「ごちそうさん! うまかったぜ!」


「お口に合ってよかったですわ。

 それじゃあ、残念ですけど今日はこれで……」


「…………。なあ、俺も一緒に勉強しちゃダメか?」


「え? 勉強したいんですの? 退屈ですわよ?」


「うん……。俺は、誰にも相手にされないから、知らないことばっかりなんだ。それに……」


「それに?」


「家に帰っても、一人だから……」


「そうですの……。では、今日から一緒にお勉強もしましょうね!」



 一人きりの寂しさは、世界中の誰よりも分かっている。そんなのは、狭い世界で生きていた私の思いあがりだ。

けれど、彼が同じように寂しいのなら、退屈であっても一緒にいた方が楽しいだろうと思ったのだ。


 私は、まだ使っていないノートと筆記用具をヴァイスに渡し、勉強机に二つの椅子を並べた。

やってきた家庭教師は、少々顔を強張らせたが、父の言う「イマジナリーフレンド」がついにここまで来たのだと、諦めたようだ。

そうして、私と共に勉強していたヴァイスだったのだが……。



「ぜんっぜんっ分からん!」



 終わった時に彼はその言葉と共に、真っ白なノートに突っ伏した。

どうやら彼は、本当になにも教えられていないようで、家庭教師の言っていることが全く理解できなかったのだ。



「困りましたわね……。せっかく一緒に勉強しているのに、これでは時間がもったいないですわ」


「でもよ、分からんもんは分からねーんだよ」


「うーん……。それじゃあ、私が分からないところを説明して差し上げますわ」


「なにが分からんか分からん!!」


「これは……。なかなか大変な予感がいたしますわね……」



 そうして、私とヴァイスの勉強会がその日から始まったのだ。

ただし、私は「教える」ということを甘く見ていた。

教えるには、教わる以上の理解度が必要なのだと思い知ったのだ。

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