多分、私は無駄に饒舌だったと思う。
今日初めて話した相手と二人きり、それも相手の家に上がり込んでのことだ。
今までの私だったら、絶対になかった状況。
というよりも、情報屋ヴァイスの口車に乗せられなければ、今後も絶対になかったはず。
けれど噂の収集を手伝うと言ったからには、違和感があったとしてもやらなきゃね……。
それに、エリヌス様と今目の前に居る、物静かなセイラさんとの仲を取り持つためにも、ここが踏ん張りどころよ。
「ホント、突然ごめんね。ってこれ、何回目かしら」
「いえ……。友達もいないので、嬉しいかも……。です」
「あっ、かしこまらなくていいのよ?
学年は上だけど、私も平民だから、立場として上ってわけでもないし。
それに、私も友達は少ないのよね。ほら、貴族の人とは、話にくいじゃない?」
「そう……、ですね……」
「興味はあるんだけどね。どんな生活してるのかとか、色々。
でも、なに話していいかもわかんないじゃない?
だから、結局特待生同士でグループ作ってる感じがあるのよね。
一年生はどう? やっぱり似たような感じ?」
「かもしれません……」
「やっぱりそうよねー。あっ、このラスクおいしいわ」
矢継ぎ早に喋りすぎて、顎が疲れてくる。
沈黙を怖がっているかのようで、私自身でもなんかおかしくなってくるわ。
でも、話の休憩がてらかじったパンのミミは、さっくりと揚げられていて、本当においしかった。
サンドイッチの副産物とは思えぬおやつに、少しばかりパン屋の娘というものを羨ましく思った瞬間だ。
「家がパン屋さんって羨ましいな」
「そうですか?」
「うん。だって、毎日こんなにおいしいパンが食べられるんでしょ?
ウチは、馬車の御者でね。それも、貴族付きのだったらよかったんだけど、街道の相乗り馬車なのよ。
だから父さんはほとんど家に居ないし、前も盗賊に出くわしたせいで……。
ってごめんね、暗い話しちゃって」
「いえ……。あの、お父さんは無事だったんですか?」
「あぁ、ごめんごめん。無事だし、怪我一つなかったわ。
ま、金目のもの全部盗られちゃって、運の悪いことに、馬まで盗られたのよ。
だから新しい馬を買うのに借金してね……。
ま、それは解決したんだけど、学園通ってていいのかなー、私も働いた方がいいよなー、なんて思っちゃうわ」
「苦労されてるんですね……」
「平民なんて、多少の差はあっても同じようなもんじゃない?
ただ、ちょっと寂しいなってのはあるのよね……。
だから、お店にお父さんが居るのが羨ましくなっちゃった。ごめんね」
「いえ……。私も……、恵まれていると思います……」
素直にそう言えるこの子は、とても素直だと思う。
やっぱりヴァイスの話は、嘘でなかったとしても、少々情報が盛られていたのかもしれない。
まあ、彼を疑ったところで仕方ないのだけどね。
それに、ヴァイスの手伝いには、ちゃんと報酬が出るらしい。
なので、多少家にお金を入れられるはずだ。
そういう点では、私も十分恵まれていると思う。運よく、彼との接点を持てたのだから。
そのきっかけが、目の前の子の不幸でなければ、素直に喜べたのだろうけれど……。
っと、感慨に浸っている場合ではなかった。
その「手伝い」も進めなければ、ここに来た意味がないのだ。
喋りながらも考えていた作戦を、私は実行に移すことにした。
「ねえ、いきなりだし、図々しいのは分かっているんだけど……。ひとつお願いできないかな?」
「お願い……、ですか?」
「うん。あのね、お店を手伝わせてもらえないかなって……。
さっきの事もあって、授業が終わったあととか、休みの日は私も働きたいの。
それで、少しでもお金を入れて、楽させてあげたいなって……」
「うーん……。お父さんに……、聞いてみる……」
少し悩んだ素振りを見せたものの、セイラさんはすぐに店の方へと歩いてゆく。
私もあとを追い、扉の向こうの店舗スペースへと、顔をひょっこりのぞかせた。
そこでは、多くの買い物客を忙しそうに相手する、おじさんの後ろ姿があった。
明らかに話しかけられる雰囲気ではないし、機械的に客を捌く様子は、世間話をできる雰囲気でもない。
これは想定外だ。これでは、手伝いに入ったとして、噂話を集めるどころではないかもしれない。
しかし、一度言ったことを取り消すのもまた、忙しそうだからやめたと思われそうで嫌だな……。
そんな葛藤の中、一瞬客足が途切れる。
そのタイミングを狙って、セイラさんは話をつけてくれるのだった。
「手伝い? そりゃありがたいが、たいした給金出せないぞ? それでもいいのか?」
「はい! 少しでも家にお金を入れたいんです!」
「そうか……。まったく、セイラはいい友達を持ったな!
それじゃ、次の休みの日からでも手伝ってもらえるか?」
「いえいえ! 今からでも手伝います! なんなりと指示してください!」
「おっ、やる気は十分だな! それじゃ、遠慮なく手伝ってもらおうか!」
そのあとは、ずっと店の手伝いをしていた。
セイラさんにやり方を聞きながら、店の片付けをしては、お客さんたちの話に耳を傾けるのだ。
けれど、そう簡単に噂話なんて耳に入ってくるはずもない。
今日のところは、セイラさんのおじさんにもらったパンと、お給金だけが成果だった。
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