「あとはお前だけなんだけどな」
ヴァイスは、組み伏せられながらもそう言うが、痛くはないのだろうか。
もちろん、私も怪我するほど本気では押さえつけてはいない。けれど、丈夫すぎるように思う。
その上で私の調査を優先するのだから、本当に人間なのかと疑いたくなるほどだ。
「私の弱みを握っても、たいした武器にはなりませんわよ?」
「なに言ってんだ、王位継承権第七位のお嬢様が、なんの力もないわけないだろ?」
彼が私を執拗に追い回す理由、それは私が公爵家のひとつ、ラマウィ家の一人娘であるため。
そして私が王位継承権第七位であり、現実的ではないものの、次期女王となる可能性があるためだ。
「ないわ。上6人に万一の事態が起こるなんて、ありえないですもの」
「だといいなぁ……?」
ヴァイスはニヤリと黒い笑みを浮かべた。
それは、昔から彼を見ている私だけに分かる、悪だくみの表情。
この顔をしたヴァイスの提案には、乗らないほうがいい。
それが、私の今までの経験から導かれる結論だ。
「なんですの? その意味深な発言は」
「知りたいか?」
「どうせ高いんでしょう?」
「幼馴染割引しておくぜ?」
「内容次第ですわね」
「仕方ねえな。後払いでいいぜ」
ヴァイスは立ち上がり、軽く制服に付いた汚れを払いながら、私の耳元へと顔を近づける。
私はそれを扇子で隠しながら、聞き耳を立てた。
「豪商のリカルドが死んだ」
「あら? それだけですの?」
「驚かねえのな」
「その程度なら、いずれ耳に入る話ですわ。
あなたほどの地獄耳なら、その先もあるのでしょう?」
「よくわかってんな。さすがエリーちゃんだぜ」
「いいから続きを」
「やられた理由なんだがな、どうやらヤツは裏で奴隷を扱っていたらしい。
それによる恨みじゃないかって話だ」
「へぇ……。恨みによる犯行というわけね。
商店を襲撃されたのかしら? だとすれば、警備を厳重にしないと……」
「いや、いつものアイツだ」
「アイツ?」
「鉄の死神」
それは、正体不明の殺し屋についた名前。鉄を操り、玉を弾くことで相手を死に至らしめる。
それが実際は鉛であることや、魔術によるものでないことは、この世界しか知らぬ者には想像もつかない。
だから相手は魔術師である、そのようにあたりを付けて捜査されている。
そして彼は、そのような捜査によって上がってきた情報を、手段は分からないが手に入れてくるのだ。
まあ、合法的手段でないことだけは確かだろう。
「…………。最近世間を騒がせている、魔術師ですわね」
「あぁ。これで少なくとも3件目だな」
「少なくとも?」
「全部が事件になるわけじゃない。見逃し、もみ消しなんて可能性もあるからな。
ともかく、今回も鉄の玉で頭をブチ抜かれたらしい」
「それでは防ぎようがありませんわね……」
小さくため息を漏らせば、ヴァイスはさっと離れ、ニヤニヤしている。
ご褒美を待つ犬のようだが、事実そうだ。
このニヤつきは、情報料をよこせ、そのサインである。
「エイダ、金貨3枚を」
「ちょっ!? エリーちゃん、それは少なすぎねぇ!?」
「なに言ってますの? 昼食6日分くらいにはなりますわよ?
それに、情報はあっても、有益ではありませんもの。
報酬をはずんで欲しいのなら、死神の容疑者か対策法。
もしくは、次に狙われるであろう相手の目星くらい付けなさい」
「おいおい、そりゃ無茶な相談だぜ……」
「無茶を通した者こそが、報酬を得るものですわ」
「チッ……。仕方ねえな、もうちょい調べてやるよ」
ヴァイスは手持ちぶさたに、金色の三枚の硬貨を宙へ転がしながら、ヘラヘラと学園へと向かってゆく。
その背を見送りながらも、エイダは渋い顔を崩さなかった。
「お嬢様、かのような者と関わりを持つのは……」
「昔からの仲ですわ。いまさら何を」
「ですが……。相手の家は準男爵、立場が違います」
「使えるものは使う。当然でしょう?」
「…………。くれぐれも、お気を付け下さい……」
それ以上の言葉はない。
他の者も居るこの場で、それ以上を言うわけにはいかないのだ。
学園の中では、皆一様に生徒として変わらぬ扱いを受けることになっている。
そこには公爵も準男爵も、貴族と平民を隔てるものすらない。
もちろん、建前上はという話だが……。
邪魔が入ったものの、再び歩み出せばすぐに学園の昇降口だ。
靴を履き替えれば、知った顔が見える。
ピンクのショートヘアがなびく、幸薄そうな顔の女。
同じクラスであり、能力を認められて学園に入学した平民のうちの一人。
名前はセイラ。ただの生徒にしか見えない、いたって普通の目立たない女。
けれど、彼女こそがこの世界の中心に立つ存在だ。
そして、この世界の行く末を決める者だった。
「あらあら、なにか臭いませんこと?
学園への嫌がらせに、生ゴミでも放り込まれたんじゃなくて?」
「っ…………!」
「あら、あなたいらっしゃったの?
あまりの臭さに、生ゴミと勘違いいたしましたわ。
これは、生ゴミに失礼なことを言ってしまいましたわね」
「…………」
女はすごすごと引き下がり、うつむいて道を開けた。
言い返すことも、なにも気にしていない素振りで、挨拶をかわすなんてこともない。
肩を震わせ、自身は壁だと言わんばかりに、ただ息を潜めたのだ。
「フンッ……。エイダ、ゆきますわよ」
「はい、お嬢様」
いつもの光景だ。そして、あるべき光景だ。
私は悪役令嬢。彼女を虐め、彼女の壁となり、立ちはだかる存在。
世界の裏にあるはずだったその真実を聞かされても、変わることはない。
いえ、変えてはいけないのだ。
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