悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

22反省会は売れ残りのパンと共に

公開日時: 2022年5月9日(月) 21:05
文字数:2,225

 ヴァイスとの約束の場所へ赴けば、まだ明るい空の下に、暗い表情の彼がいた。

それにはさすがの私もびっくりするよね。暗い顔かどうかじゃなく、あのヴァイスが姿を見せていたってことに!



「おまたせ」


「なんだ、早かったじゃねえか」



 声を掛ける私に対して、ヴァイスは少々疲れ気味な雰囲気のある声で返す。ああ、こりゃ重症だわ……。

どうせ一人で反省会でもして、晒しあげたダメダメ失態を思い出して、一人ネガティブの沼にハマってたんでしょうね。

なんでわかるかって? 私も寝る前とかだいたいそんなだからよ!

ま、そういう時に必要なのは、時間でも優しい言葉でもなく……、美味しい食べ物よ!



「はいこれ」


「ん? なんだ?」



 腕に抱かれたエージェントNがヨダレを垂らしながら抱きしめている、セイラさんに渡された紙袋を彼の前に差し出した。

その中には、エージェントNのごはんであるソーセージと共に、いつも通り売れ残りや失敗作と称した、私への手土産のパンも入っている。実際はそれ用に焼いてくれてる気がするけど、そこはお互い触れない約束よ。



「反省会するにもまずは腹ごしらえ。考えるのはそれからよ」


「なんで俺がお前に恵んでもらわなならんのか」


「腹が減ってはなんとやらって言うでしょ。ま、いらないってんなら私とエージェントたちで食べるけど」


「いらねえとは言ってねえ」



 ひったくるように紙袋を奪い、ガサガサと選びもせず取り出せば、ヴァイスはパンを一口で口に放り込んだ。まったく、減らず口叩かず素直にもらっておけばいいものを……。


 なんて思いつつも私はエージェントNにソーセージを一本あげ、形がいびつなメロンパンを一口かじる。

さくっとした歯ざわりのあと、甘い香りが口いっぱいに広がり、幸せな一瞬が訪れる。さすがカノさんの店で一番人気なだけはある。


 そういえば、メロンパンもソーセージロールも、セイラさん発案のパンだって言ってたっけ。

あの子、愛想もなければ方向音痴だけど、そういうアイディアはいっぱい持ってるのね。

いつも口数少ないけど、言わないだけでいろんなことを考えているのかもしれないなぁ。



「ごっそうさん」


「はやっ!?」



 物思いに耽っていれば、ヴァイスはすでにパンを食べ終えていた。

いやいや、人気店のパンですよ!? それ相応に味わって食べて欲しいんですけど!?

あまりの早さに、エージェントNもあきれ顔で見てるよ!?



「早食いしなくたって……」


「メシなんざ腹が膨れればそれでいいんだよ」


「そうですか」


「それよりもだ、ソイツに聞きてえことがあんだよ」


「え? エージェントNに?」


「その名前にもツッコミを入れたいところではあるが、本筋じゃねえから置いておこう。

 コイツが言ってたんだろ? ちょっと前に、工場の張り込み中に変わった匂いがしたってよ」


「ああ、そんなこともあったっけ?」


「ったくお前は……」



 ため息まじりに言いながら、ヴァイスは私から紙袋を奪い、パンをさらに追加で齧っている。

まったく、欲しいなら欲しいと言えばいいのに……。



「おいそこのネコ、詳しく聞かせろ」


『まったく、失礼な輩にごぜえやすな』


「えっ?」



 丸ごとのソーセージを両手で抑え、噛みちぎりながらエージェントNは答える。

って、この子ヴァイスとも話せるの!?



『あっしの鼻を信用してのことでごぜえやしょうが、この若造には少々口の利き方というものを……』


「待って待って! 一応これで、私に仕事依頼した人だからね!?」


「おい、一人で何言ってんだ?」


「へっ!?」


『お嬢、心配いりやせんぜ。どれほどあっしが小僧のことを貶したとして、こやつにはあっしらの言葉はわかりますまい。

 時折理解できる人間はいるものの、それは自称猫好きという、あっしらへの観察眼を常に光らせている者のみ。

 こやつのように、相手を道具としか見ていない者に、他者の微少な心の動きなど読めるはずもありますまい』


「ボロクソ言うやん……」


「何がボロクソだって?」


「いっ、いえいえ! なんでもないでーす!」


「誤魔化し方が壊滅的にヘタだな」



 私だけが二人(正確には一人と一匹)の言っていることがわかるという状況。状況だけを言葉にすればシンプルなのに、すごい混乱するんですけど!?

と、ともかくだ、この毒舌猫さんのお話をお伝えいたしますのは、非常にマズいのです。なので適当に誤魔化すしかないわけです。



「聞きたいのは見知らぬにおいがしたって話だったよね!?」


「なに焦ってんだよ」


「なにも焦ってませんけど!? いたって平常運転ですけど!?」


『お嬢は、世の中の上手な立ち回りというものを覚えた方がよろしいかと』


「誰のせいだと……」


「話が進まねえな。なんでもいいから、その言ってた匂いってのがどんななのか聞いてくれ」


『仕方ありませんな。お嬢の依頼主ならば、あっしの依頼主でもありやしょう。

 気に食わぬ小僧ではありやすが、協力させていただきやすとしましょう』


「一周回って、私だけ置いてけぼりにされた感じだわ……」



 二人とも好き勝手言って、結局私が振り回されるいつものパターンね。通訳の人の苦労が身に染みるわ。

でもエージェントNはヴァイスの言っていることを理解しているみたいだし、双方向に通訳しないで済むというのは、多少楽なのかもしれないわ。



「えっと、たしかいつもと違うパンのにおいがしたんだよね?」


『ええ、そうでごぜえやす』


「それってどんななのか、説明できる?」


『ええ。そのパンのにおいというのが……。今まさにお嬢が食べているもののにおいにごぜえやす』



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