悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

06学園案内

公開日時: 2021年9月8日(水) 21:05
文字数:1,881

 翌朝、約束通り私は、オズナ王子に学園を案内するため馬車を走らせた。

当然ながら、二人きりでというわけではない。

専属メイドのエイダも居るし、馬車を降りればいつも通り、気配を消したヴァイスもついてきていた。



「あなた、懲りませんわね」


「へへっ。相手は第一王子だぜ? 嗅ぎ回って当然だろ?」


「止めはしませんし、他の方は止めようがありませんから放っておきますけど、いずれ身を滅ぼしますわよ?」


「エリーちゃんに心配してもらえるとは、この上ない光栄ですなぁ……」


「忠告はしましてよ」



 飄々とした様子は、なんの危機感もないようだ。

相手は王族。悟られることがあれば、本人はそのスキルで逃げ切れたとして、家族はそうはいかないというのに……。

もしくは彼にとっては、そんなこと些末な問題なのかもしれないけれど。



「しっかし、今日も朝っぱらから暑いな」


「ええ。夏はあまり得意ではありませんわ」


「そういやよ、夏休み中はプールが開放されてるらしいぞ?

 案内なんて放っておいて、泳ぎに行かねえか?」


「そんなわけにいきませんわよ。

 王子を放っておくことなんてできませんし、なにより水着がありませんわ」


「それはどうかな?」



 ヴァイスは、チラッと三歩後ろを歩くエイダへと視線を向ける。

私も同じように振り向けば、彼女は歩みを止めた。



「一応、念のためお持ちいたしております」


「な? 優秀なメイドさんは抜かりないだろ?」


「なにやら荷物を持っているとは思っていましたが……。

 今日は、遊びに来たんじゃございませんのよ?」


「でもよ、相手はそのつもりかも知れねえだろ?」


「どういうことかしら?」


「おいおい、察しが悪すぎるぜエリーちゃんよ。

 案内させるためだけに、わざわざ公爵令嬢を呼びつけるわけないだろ?

 ようは、学園案内にかこつけた、デートしようって話だぜ?」



 ため息混じりに、小馬鹿にしたような表情でヴァイスは言う。

しかし、それなら別に学園でなくたって、行く場所なんていくらでもあるはずだ。

なにせ、相手は王族。予算の都合で無理なんてことはありえないのだから。



「それならそうと、もっとふさわしい場所を提案するんじゃありませんの?

 わざわざ学園を選ぶ理由なんて無いかと思いますわ」


「はぁ……。まったく、分かってねえな。

 そりゃデートつったら、どこにだって連れて行けるだろうさ。

 だがよ、それで誘われて、お前はついて行くのか?

 それにここん中なら、入れる人間は限られている。

 なんで、仰々しいボディーガードを付けなくてもいいってのもあるわな」



 言われてみれば、確かにそうだ。

学園に入ることができるのは、生徒と貴族であれば連れ添いの従者が一人に限定される。

そのうえ夏休みなら、部活動をしている生徒くらいしか居ないのだから、さらにいつもより人は少ないだろう。

そしてなにより、防犯のために魔法を妨害する結界が張り巡らされている。

街へと出かけるより、よほど気楽に過ごせる場所なのが、学園内ということなのだ。



「それでも王子がそのようなことを考えていたとは思えませんけどね」


「そうかいそうかい。ま、頑張んな」


「いったい、何を頑張るというのかしらね……」



 彼は言いたいことを言い終えたのか、すっと離れてゆく。

たぶんまた、遠巻きに私たちの様子を見るつもりだろうけど、面倒ごとを引き起こさなければ問題ない。


…………。


なんだか、よからぬことを考えているような気がするのよね……。気のせいならいいのだけど。


 そんな嫌な予感を胸に秘めながら、昇降口へと歩みを進めれば、扉の前に立つオズナ王子が見えた。

付き添いの執事とともに、朝からの暑さを感じていないというような、汗ひとつかいていない涼しげな笑顔だ。



「おはよう、エリヌス。無理言って悪かったね」


「いえ、とんでもございませんわ。

 こちらこそ、お待たせしてしまい申し訳ございません」


「ははは、レディを待たせるわけにはいかないからね。少しだけ早く来ておいたのさ。

 さ、そうかしこまらないで。久々に二人で、あの頃のように冒険しようじゃないか」


「冒険、ですか……。懐かしいですわね」



 ふと思い出す。幼い頃の彼との日々。

いつも部屋にこもりきりだった私を連れ出し、二人で屋敷を見て回ったっけ……。

あの頃は、引かれた手に着いて行けば、どこへだって行けると思ってた。

彼となら、世界のどこまででも歩いて行けるのだと、そう思い込んでいた。

でも今は……。



「どうしたんだい?」


「いえ、懐かしさに色々思い出してしまって」


「ああ、僕もだよ。さあ、行こうか」


「はい」



 今はもう、彼の差し出す手を握ることはない。

私は、私一人でも歩いて行けるのだと知ってしまったのだから。

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