悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

05敵対する二人

公開日時: 2021年11月22日(月) 21:05
文字数:2,340



「私は、今でもエリヌスを大切に思っている」



 オズナ王子の寝所から出る時、ヴァイスは黒い笑みを浮かべていた。

彼は聞きたい言葉を引き出せて満足だったのだ。

そして王子の「居場所を奪われた」という考えを前提に問いかけることによって、それが事実であるかのように誘導したのだ。



「これであの邪魔なメイドも、終わりだな……」



 くつくつとした笑い声と、コツコツと鳴る足音。

そして誰にも届かない彼の声は、静かな夜に響く。



「しっかし、あんな純真無垢で騙されやすい王子じゃ、一国民として心配だぜ。

 王になった途端、速攻で国を滅ぼしそうだな」



 誰にも聞かれないことをいいことに、不敬罪となりかねない独り言を呟きながら王宮を歩く。

そうしながら一日を思い返し、計画に向け大きく進んだ日であったとほくそ笑んだ。



「王子とセイラの顔合わせは成功。オヤジさんにも根回し済み。

 エリーちゃんも、いい感じに突き放したようだな。まあ、当の王子はまだ未練たらたらだが……。

 それは口車に乗せりゃ、なんとでもなるだろうさ」



 現在時点においては、ほぼほぼ100点満点の進捗だ。

などと思いながらも、ここで手を止める男ではない。すぐに次の一手のため、彼は動き出す。



「さてさて、次のお便りは……」



 少しばかり高いテンションで、制服の内ポケットへと手を伸ばす。

そこには、昼にカノの店で拝借してきた手紙が入っている。はずだった……。



「ん……? ない? まさか落としたか!?

 いやまて、今までここに入れておいて落としたことなんて……」



 上着の内ポケットなど、穴が開いていない限り物を落とすことはない。

とくに彼は、どれだけ暑くとも落としてはならない情報源を守るため、絶対に大丈夫な場所として、日々その隠し場所としてのポケットには気を使っていたのだ。


 そんな安全地帯と思っていた場所から、重要な手紙が姿を消した。

彼は焦りのあまり、一瞬ふっと顔を青ざめさせる。だが、そのまま狼狽えるような人物でもなかった。

焦りを捨て去り、今日一日あった事をもう一度ぐるりと思い返す。

そしてその中でひとつ、手紙を失ったであろうタイミングを思い出したのだ。

それは、カノの店で出会った三人。その中で一人、彼の上着を触った人物が居た。



「あのメイド……。服を正すフリして、スリやがったな……」



 苦虫を嚙み潰したような表情をしながら、情報屋はその場に居ないメイドを睨みつけた。




 ◆ ◇ ◆ 




「ドゥフフ……。いらっしゃい、待ってたでござ……。おや、これはめずらしい」



 地下の秘密基地。じっとりとした空気の中、ヒロインと異世界人の顔を持つ男は、今夜も公爵令嬢を待っていた。

けれどそこに現れたのは、待ち人ではなく付き人だった。



「エイダ殿がこちらに来るとは、何か重大な事があったのでござるか?」


「いえ、少々お話をしたいと思いまして……」


「ほう、どうぞどうぞ席へ座ってくだされ。お茶でもお出しするでござるよ。

 ところで、ご令嬢の姿が見えないでござるが……」


「お嬢様には聞かれたくないことですので、少々眠っていただきました」


「眠っていただいた?」


「ええ。眠りを誘うお香と、少々の魔法にて……」


「それはそれは……。少しばかり恐怖を抱く内容でござるよ。

 おっと、それならバカみたいな喋り口調はしなくていいでござるな」


「バカみたいな……?」



 カチャカチャと食器を鳴らしながら、電気ポットからお湯を注ぐセイラ。

その後ろ姿と、謎の道具による謎の作業を見ながら、エイダは立ち尽くす。



「ああ、椅子に座ってくれてかまわないんだよ。

 メイドとはいえ、僕に遠慮することはないんだからさ」


「なんとも気持ち悪い、違和感がある喋り方ですね」


「人は誰しも、相手によって口調を変えるものだろう?

 君だって、昔は普通の女の子としての喋り方だったじゃないか」


「なぜあなたは、私の昔を知っているのでしょう?」


「そりゃもちろん、この世界のことはゲームでも、小説でも一通り目を通しているからね。

 君たちの過去も未来も知っているのが、僕の異世界人としての唯一のアドバンテージだよ」


「では、私の出生もご存知だと」


「もちろん」


「そうですか」



 さほど言葉も交わしたことがない相手に、全てを知っていると言わんばかりの話をされる。

メイドとして完璧なポーカーフェイスを習得しているエイダであったため、表情にこそ出さなかったが、これほど居心地の悪い状況はそうないだろう。

だがそれは同時に、味方に付ければこれほど心強い人間はいない、そう思わせるにも十分だった。



「さ、どうぞ」



 長机とパイプ椅子。無機質で異質な席へと誘われ、目の前に赤い湯気たつ紙コップに入った湯を差し出される。

もちろんそれらはエイダにとって見たことのないものばかりで、その中の液体すら得体の知れないものだと思い、手を付けるのをためらった。



「ああ、容器こそ異世界の物を再現しているけどね。中身はただの紅茶さ」


「平民が紅茶を手に入れられるとは、いつのまにこの国はそれほど豊かになったのでしょう」


「まあそれはさ、うん。知ってるものなら造れるスキルのおかげだし?」


「異世界人に持たせるには少々危険な、世界を根底から作り変えてしまうスキルですね」


「実際に世界とは言わずとも、未来は変えようとしているからね」


「…………」



 本にある未来を回避する、そのために彼はここに居る。

それを思い出し、あるいはこれも神の悪戯かと少々頬を緩ませ、異質なコップを手に取った。

本当に香り高い、普通の紅茶だと味を楽しんだあと、ゆっくりとエイダはそれを飲み込む。



「それで、ご令嬢に聞かれたくない話とはなにかな?」


「こちらの件で、知っていることは無いかと」



 すっと長机に手紙を置き、手を膝の上に戻す。

いつものようにかしこまった彼女は、座り姿勢さえも堅苦しい雰囲気を放っていた。

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