悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

03 暗殺

公開日時: 2021年12月17日(金) 21:05
文字数:1,919

 本物の「鉄の死神」がいつ王子を襲うか、私は思考を巡らせた。

教室の中? それとも始業式中? もしくは王宮に戻ってからという可能性も……。


 あの異世界人が言っていた情報は、今日それが起きるということ。

いつ、どのタイミングで、どうった方法で暗殺が実行されるかは口にしなかった。

それはおそらく、私が邪魔をしないように、させないようにするため……。

きっとアイツは、いつどのように実行されるか知っているはずだ。


 そしてもう一つの情報は、ゲームない主人公であるセイラがその身代わりになること。

つまり、二人が近くに居ないといけない。だから王宮は考えにくい。では、教室の可能性が高いか……。

王子の周囲が裏から手を回したのもあり、彼は私と同じクラスになっている。

そてはつまり、セイラとも同じクラスということだ。

だが学園内なら全て可能性がある……。


 考えるのよエリヌス。私は鉄の死神の名を借りた女。

つまり私がやるならを考えるの。私ならいつ狙う? どうやって実行する?


 私なら……、狙撃しかないわ。

そして狙撃するのに一番のポイントは……。



――――皆が馬車で通えば毎朝大渋滞になる。

そのため身分に関係なく、専用の降車場で馬車を降り、10分程度は歩かなければならない。

私が学園の生徒を狙うなら、この瞬間だと考えながらも――――



「今だ……」


「何がだ?」



 私はカバンから、ヴァイスに情報料を要求された時用の金貨を取り出す。

軽く宙へ放り投げれば、コインに反射した朝日が目に入る。



「なんだ? なにか情報仕入れろってか?」


「いえ、これはこうするのよ!」



 肩が外れるかと思うほど勢いよく、その小さな小さなコインを王子に向かって全力で放り投げた。

それは真っ直ぐ、私の決意を乗せて王子の頭めがけて軌跡を描く。

その瞬間「キンッ」と耳をつんざく音を立てたかと思えば、金貨は王子へと直撃したのだ。



「痛っ!」


「…………」



 隣の女は振り返り、いつもの無表情で私を見つめる。

けれどその無表情の中には、ひどく冷たい想いが込められていたように思う。

頭を押さえていた王子もそれに気づき、こちらに振り向いた。



「…………。エリヌス、どういうつもりだ?」



 私の投げた金貨が、王子の命を助けたなど知るはずもない彼から向けられたのは、冷たい眼差し。

嫉妬から危害を加えてきた女に対する、軽蔑の眼差しだ。



「おはようございますオズナ王子。

 まだ寝ぼけてらっしゃるかと思い、目覚ましになればと思いましたの。

 王子ったら、共に登校する相手を間違えていましてよ?

 さ、わたくしを教室までエスコートしていただけますかしら?」



 私は悪役令嬢。世界がそう決めたならば、そう振る舞おう。

誰に恨まれようとも、誰に煙たがられようとも。

この世界の筋書きに、反逆できうるその時まで。



「ふん……」



 小さく鼻を鳴らし、王子は私のカバンを奪い取る。

そして手を引き、共に歩み出した。無表情で私を睨む女を置き去りにして。



「失礼、オズナ王子。少々お時間を」


「どうした」



 足元に落ちた、凹んだ金貨を私は足で蹴る。

それは土埃と共に、セイラの足元へと転がった。



「王子の暇つぶしに付き合っていただいて感謝いたしますわ。

 それはお相手代。どうぞ這いつくばって拾い上げてくださいまし」


「…………」



 セイラはうつむき、桃色の髪が表情を隠す。

それは平伏の証。私の勝ちだと示す、あるべき姿。

それを見届け、私は王子へ向き直る。



「お待たせいたしました。では、まいりましょうか」


「…………」



 王子と私はただ静かに、静かにゆっくりと歩き出した。



 ◆ ◇ ◆ 



 暗い室内に、人影が二人。一人は椅子に腰掛け、もう一人は対面するように直立不動で立っていた。

冷たい空気に、沈黙が重くのしかかる。沈黙を破ったのは、椅子に腰掛けた方の人物だ。



「暗殺は失敗か。しかしまさか、彼女が事件を防ぐとはね……」


「申し訳ありません」


「いや、君のせいじゃない。こちらも、失敗の可能性を考慮しておくべきだった」


「しかし、そうなると……」


「ああ、このままオズナ君を時期国王にするわけにはいかない。

 ロート連邦に染まった彼が王になれば、この国も連邦の仲間入りだ」


「…………」


「この国を連邦に差し出すのは、君にとっても不都合だろう? エイダ君」


「はい……」



 もし言われたように、この国が連邦に飲み込まれることがあれば……。

自身は言うまでもなく、彼女の父親もまた、裏切り者とされ、ただでは済まないだろう。

そして同じように、連邦から逃れた同郷の者もまた、同じ運命を辿る。

彼女にとって、それだけは絶対に避けなければならい未来だ。

それが、自身の失敗によって現実味を帯びてくる。

冷たい空気の中、エリヌスの専属メイドであり、本物の「鉄の死神」であるエイダは、冷たい汗を一筋流した。

これにてオズナ王子編が一区切り!

ということで、少々の休止期間を頂きます。

次回は年明けを予定しておりますので、どうぞよろしくお願いしま~す!

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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