本物の「鉄の死神」がいつ王子を襲うか、私は思考を巡らせた。
教室の中? それとも始業式中? もしくは王宮に戻ってからという可能性も……。
あの異世界人が言っていた情報は、今日それが起きるということ。
いつ、どのタイミングで、どうった方法で暗殺が実行されるかは口にしなかった。
それはおそらく、私が邪魔をしないように、させないようにするため……。
きっとアイツは、いつどのように実行されるか知っているはずだ。
そしてもう一つの情報は、ゲームない主人公であるセイラがその身代わりになること。
つまり、二人が近くに居ないといけない。だから王宮は考えにくい。では、教室の可能性が高いか……。
王子の周囲が裏から手を回したのもあり、彼は私と同じクラスになっている。
そてはつまり、セイラとも同じクラスということだ。
だが学園内なら全て可能性がある……。
考えるのよエリヌス。私は鉄の死神の名を借りた女。
つまり私がやるならを考えるの。私ならいつ狙う? どうやって実行する?
私なら……、狙撃しかないわ。
そして狙撃するのに一番のポイントは……。
――――皆が馬車で通えば毎朝大渋滞になる。
そのため身分に関係なく、専用の降車場で馬車を降り、10分程度は歩かなければならない。
私が学園の生徒を狙うなら、この瞬間だと考えながらも――――
「今だ……」
「何がだ?」
私はカバンから、ヴァイスに情報料を要求された時用の金貨を取り出す。
軽く宙へ放り投げれば、コインに反射した朝日が目に入る。
「なんだ? なにか情報仕入れろってか?」
「いえ、これはこうするのよ!」
肩が外れるかと思うほど勢いよく、その小さな小さなコインを王子に向かって全力で放り投げた。
それは真っ直ぐ、私の決意を乗せて王子の頭めがけて軌跡を描く。
その瞬間「キンッ」と耳をつんざく音を立てたかと思えば、金貨は王子へと直撃したのだ。
「痛っ!」
「…………」
隣の女は振り返り、いつもの無表情で私を見つめる。
けれどその無表情の中には、ひどく冷たい想いが込められていたように思う。
頭を押さえていた王子もそれに気づき、こちらに振り向いた。
「…………。エリヌス、どういうつもりだ?」
私の投げた金貨が、王子の命を助けたなど知るはずもない彼から向けられたのは、冷たい眼差し。
嫉妬から危害を加えてきた女に対する、軽蔑の眼差しだ。
「おはようございますオズナ王子。
まだ寝ぼけてらっしゃるかと思い、目覚ましになればと思いましたの。
王子ったら、共に登校する相手を間違えていましてよ?
さ、わたくしを教室までエスコートしていただけますかしら?」
私は悪役令嬢。世界がそう決めたならば、そう振る舞おう。
誰に恨まれようとも、誰に煙たがられようとも。
この世界の筋書きに、反逆できうるその時まで。
「ふん……」
小さく鼻を鳴らし、王子は私のカバンを奪い取る。
そして手を引き、共に歩み出した。無表情で私を睨む女を置き去りにして。
「失礼、オズナ王子。少々お時間を」
「どうした」
足元に落ちた、凹んだ金貨を私は足で蹴る。
それは土埃と共に、セイラの足元へと転がった。
「王子の暇つぶしに付き合っていただいて感謝いたしますわ。
それはお相手代。どうぞ這いつくばって拾い上げてくださいまし」
「…………」
セイラはうつむき、桃色の髪が表情を隠す。
それは平伏の証。私の勝ちだと示す、あるべき姿。
それを見届け、私は王子へ向き直る。
「お待たせいたしました。では、まいりましょうか」
「…………」
王子と私はただ静かに、静かにゆっくりと歩き出した。
◆ ◇ ◆
暗い室内に、人影が二人。一人は椅子に腰掛け、もう一人は対面するように直立不動で立っていた。
冷たい空気に、沈黙が重くのしかかる。沈黙を破ったのは、椅子に腰掛けた方の人物だ。
「暗殺は失敗か。しかしまさか、彼女が事件を防ぐとはね……」
「申し訳ありません」
「いや、君のせいじゃない。こちらも、失敗の可能性を考慮しておくべきだった」
「しかし、そうなると……」
「ああ、このままオズナ君を時期国王にするわけにはいかない。
ロート連邦に染まった彼が王になれば、この国も連邦の仲間入りだ」
「…………」
「この国を連邦に差し出すのは、君にとっても不都合だろう? エイダ君」
「はい……」
もし言われたように、この国が連邦に飲み込まれることがあれば……。
自身は言うまでもなく、彼女の父親もまた、裏切り者とされ、ただでは済まないだろう。
そして同じように、連邦から逃れた同郷の者もまた、同じ運命を辿る。
彼女にとって、それだけは絶対に避けなければならい未来だ。
それが、自身の失敗によって現実味を帯びてくる。
冷たい空気の中、エリヌスの専属メイドであり、本物の「鉄の死神」であるエイダは、冷たい汗を一筋流した。
これにてオズナ王子編が一区切り!
ということで、少々の休止期間を頂きます。
次回は年明けを予定しておりますので、どうぞよろしくお願いしま~す!
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