「まあ、君の恋バナには非常に興味はあるのだけれどね。
しかし君は、そんな話をしに来たわけではないだろう?」
「ははは……」
いつの間にやら恋バナというものに巻き込まれていたことにされていた事実に、普段ならば張り付けた笑顔を絶やさず、怒りと呆れが沸き起こるところだろう。
しかし今は、フリードのスキルによるものなのか、怒りよりも冷たい感情に包まれるヴァイスだった。
「おっと失礼、君は情報屋だったね。ということは、君から言葉を引き出すのは有料かな?
となれば、何をしに来たのか私が当てるというのが道理というものだね。さて、君は何をしにきたのか……」
「いえいえ、そんなことまで料金を取るつもりは……」
「待ちたまえ、今考えているんだ。君が私に何を期待しているのかをね」
「ははは……」
ヴァイスは心底うんざりしているが、これはフリードのいつものパターンである。
女性を口説き落とすために話を広げ、面白おかしくするための前段階に過ぎず、その上で相手がどのような話で喜ぶのかを様子を見ながら探っていくのだ。
それはフリードにとってはただの遊びであり、ただの暇つぶしに過ぎない。しかし、相手が誰であってもそうしてしまうほどに、身に染みた癖になってしまっていたのだ。
そんなフリードの悪癖に、さっさと仕事を終わらせてしまいたいと考えるヴァイスは、より一層辟易としていた。
「わかった、前に言っていた彼女とのその後を聞きたいということだね?
心配には及ばないさ。今日もセイラ君は、わざわざ理由を作ってまで保健室まで来てくれたほどさ。
体育の授業で倒れた生徒を連れてくるなんて、私に会うための口実でしかないと気付かないはずがないというのに、かわいいものだよ」
「ははは……。ほぼ当たりですよ。うまくいっているようなら何よりです」
「情報屋として名前だけが知られている君が、どうして彼女を紹介してきたのかと最初は戸惑ったものさ。もしや情報屋としての情報網を活かして、結婚相談所でも始めたのかと思ったほどにね。
けれど実際に彼女と話してみれば、面白い子だとすぐにわかったし、何より愛らしい子だ。
少しばかり無口ではあるものの、私としてはお喋りで強気な子よりも、あのように恥ずかしがって黙り込んでしまうような子の方が好みと言えるね」
「気に入っていただけたようでしたら、幸いです」
「しかしそんな子が、ロート連邦の姫君とはね……。確かにその生い立ちは、次期国王争いにはうってつけの材料だろう。
なにせ今の貴族たちは、平和ボケしている者が多い。連邦との偽りの平和がいつ崩れるのかと、内心ヒヤヒヤしていることだろうさ。
そんな時に連邦との強い血縁関係を構築できる材料があるのなら、みなそちらを次期国王にと推すことは想像にかたくないね」
「そうでしょうそうでしょう。次期国王の妃が実子であるのなら、さすがの連邦も攻め込もうなどとは思わないでしょうからね」
「まあ、私に次期国王の座は必要ないのだけどね。けれど彼女との時間は、非常に有意義なものだったよ。
今日の保健室での密会もまた、他の人に気付かれてはいけないという緊張感を持たせるための、彼女なりの演出だったのかもしれないね」
「ははは……。だとすれば、かなりの策士かもしれませんね」
「そういうところもまた、面白いじゃないか」
上機嫌でつらつらと語るフリードだが、その様子をカーテン越しに眺めていたヴァイスにとっては、昼の保健室での件も今この時も、ただフリードが好き勝手喋っているようにしか思えなかった。
そしてヴァイスの中でのフリードの評価が、病的なまでの重度のブラコンで、女たらしで、お喋り野郎という、自身の最も嫌う属性を煮詰めたような相手だと再認識したのだ。
しかしヴァイスは、自身の好き嫌いを相手との付き合いに関わらせる人物でもなかった。
「気に入っていただけているようで何よりですが、今回は少し違う話をするために来たのですよ」
「おや、そうだったのかい? ならば先にそう言ってくれればよかったのに」
「ははは……。楽しそうでしたので、つい聞き入ってしまいまして」
話をさせるつもりもなかっただろうとは、さすがに言わなかった。
また、意気揚々と喋るフリードから、なにかポロリと重要な情報がこぼれないか期待していたのもあって、この発言も完全なる嘘ではなかった。
当然なんの収穫もない薄すぎる内容の話だったので、ヴァイスはさらに辟易とさせられただけだったのだが……。
「今回こうしてこちらに来させていただいたのは、彼女の件も関りがあるのですがね」
「ほう、なにか彼女の新情報でもあるのかい?」
「いえ、そうではなく……。お二人の邪魔になるであろう者がいるのではないかと」
「ふむ……。さすが名の通った情報屋、そんなことまで知っているのか」
「ええまぁ、これを生業としておりますので」
「ははは、せっかく与えたセイラ君の情報が活かされないと思っているのだろう?
しかし心配には及ばないさ。なぜなら、その相手には近々消えてもらうつもりだからね」
「なるほどなるほど。さすがはフリード様、手を打つのがお早いようで」
「当然さ。なにせ元々彼女と私は、宿敵同士だからね」
「宿敵ですか……」
名前こそ出さないが、彼女という言葉が指し示すのは、エリヌス以外ありえなかった。
だが宿敵と表現されたことに、ただ一方的にそう思っているだけの哀れな男だと、ヴァイスは目の前のお喋り男を、冷めた目で見つめていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!