「魔力源にされるってのは、たとえ話的なアレじゃないんだよな……?」
骨まで凍てつくような重く沈んだ沈黙を、ヴァイスが破る。
どのようなものなのか、想像なんてできないでいたけれど、エイダの父の口調と、それを聞いたヴァイスの雰囲気から、想像などしない方が良い扱いなのだろうと察する。
「君の想像した通りかもしれないね。
一生空を見ることも、風を感じることもない状態に縛り付けられる……。
その程度にしておこう。あまり詳しく話すようなものではないさ」
「そんなこと、許されるはずが……」
「そういった犠牲の上に大国へと成長した、そういう国なのさ。連邦はね」
後で知ったことではあるが、そういった魔法技術によってロート連邦は戦力を持ち、戦争へと踏み込んだそうだ。高い魔法技術があれば、確実に勝てるであろうと踏んで。
まさか相手が、魔法ではなくスキルで対抗してくるとは思っておらず、戦況は硬直。そして双方に甚大な被害を出し、休戦へ。
その後は、不安定ながらも直接の戦闘には至らず、今へと続く。
エイダの父にとっては、スキルを重視する相手国ならば、強すぎる魔法の才は、利用されることも、逆に重宝されることもないと考えたのだ。
だから普通の子として生きられる国へと、連邦の追手を振り払い逃げてきたという。
「てことはあれだな。さっきの奴らも、連邦の息のかかったやつかもな」
「それはどうでしょう? それならすぐにでも二人を捕まえるのではないかしら?」
「んなことしたら、誘拐として憲兵が出てくるだろ。
そうなりゃ連邦との繋がりが知られて、最悪戦争再開だ。まあ、その前に二人は牢獄行きだけどな。
だから、イチャモンをつけて人目のないところまで引っ張ろうとしてたんだろ」
「おそらく、彼の言う通りだろうね。
だからこそ目だってしまっても、人の多い所に常にいるようにしていたんだ」
「それでは、これからもあなたたちは追われながら生活することになるのではなくて?
たとえ今は逃げ延びられても、今後もそううまく行くとは限りませんわよ?」
「逃亡者というのは、そういうものだ。
それに不便はあっても、この子が人として生きていられるのなら、それでも構わないさ」
「…………」
そう語り、エイダの頭を撫でる彼の表情は、優しくも強い決意を持つ者の目をしていた。
それに対し私はどうだろうか。ただ目の前で困っている様子を見たから助けただけ。
ただの気まぐれ。そこにはなんの覚悟も、信念もない。
「ともかく、助けてくれてありがとう。
おかげで、なんとか今回も捕まらずに済んだよ」
「これから、どうなさるおつもりですの?」
「そうだね……。また場所を変えて、商売を始めるよ。
この国も広い。転々とすることになっても、見つかるまでの少しの間は、落ち着いて暮らせるだろう」
「ま、そうなるわな」
手を差し伸べておいて、このまま放っておくのか。
想像もしなかった他国の惨状を聞いて、危機に瀕する目の前の親子を、どうにもできないと放り投げるのか。
それはただただ無責任で、自己満足でしかない偽善だと、幼かった頃の私ですら思えたのだ。
「…………。行く当てがないなら、私の家へいらっしゃいな」
「ちょっ!? お前何言ってんだ!?」
ヴァイスは私の突然の発言に驚き、そしてこそこそと耳元で続きを二人に聞かれぬよう話す。
「お前、屋敷抜け出して来てんだぞ!?
バレたらどうなるか、わかってんのか!?」
「でもここまで関わっておいて、放っておけませんわ」
「だからって、そこまでする義理はないだろ!?
こいつらを抱え込んだら、連邦の奴らに目をつけられることになんだぞ!?」
「あら、公爵家に関わりのある者をどうにかできるほど、相手はやり手なのね」
「あー……。確かに、お前んとこなら手は出せなくなるか……。
いやでも、お前どうやって説明するんだよ?」
「今日あったこと……。屋敷を抜け出したことを、お父様にお話します。
お二人の境遇を知ったなら、お父様だって考えてくださいますわ。
それでなくとも、一晩くらい泊めることを許していただけるでしょう。
なにせ、屋敷には客室が余るほどありますもの」
「…………。いいのか? んなことすりゃ、これから先は監視が厳しくなると思うんだが」
「かまいませんわ。私には元々、それほど自由はありませんもの。
それに彼らと違って、追われたり、危ない目にあったりはしてませんもの。
それだけで十分幸せな日々を送れているんだって、身にしみてわかりましたわ」
「そうか……。お前がそう言うなら、俺は止めないけどよ……」
ヴァイスから漏れるため息の意味は、だれよりも私は理解していた。
今回のことが母に知られたとなれば、父も庇いきれないだろう。
それはつまり、まだ幼いのだからと見逃されていた、見えない友人との遊びも、貴族らしからぬ奔放な教育方針も、全て見直されることを意味するのだ。
当時の幼い私であっても、それらを予見することくらいは容易かった。
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