「お前、誰に断りを入れてココで商売してんだぁ!?」
「困るんですよねぇ、キッチリ場所代は払っていただかないと」
「そっ、そんなっ! 私は、ちゃんと組合に場所代を納めてますよ!」
二人組はエイダの父親に、出店の場所代を払えと言っているようだった。
ただ、その会話の内容からは、穏便に済まそうという様子はない。
むしろ騒ぎ立てることで、あれほどの人気があった店を潰そうとしてるようにも思えた。
「だったら、俺たちがわざわざンなトコまで取り立てにきてねえっての!」
「まあまあ、そう吠えなくとも。我々は払うものを払ってもらえればいいのですから」
「兄貴、こういうのは、甘やかしちゃダメっすよ!」
「もちろん、甘やかすつもりなどありませんよ。
他の店主様にはお支払いいただいている以上、彼だけを特別扱いするわけにいきませんからね」
「そんな……。私は確かに組合へ、場所代として金貨50枚をお支払いしましたのに……」
エイダの父の言葉に、男二人は顔を見合わせ、そしてプッと笑い出す。
落ち着いた喋り方をしていた男の方は、笑いをこらえながらも目は笑っていない。
むしろ、相手を見下すような視線をしていたのだ。
その様子に、子供ながら不愉快な思いがおなかに溜まっていくような感覚があったのを、よく覚えている。
「ぷっ……。あははは! お前、出店料がそんなはした金だと思ってたのかよ!」
「では正規の料金として、金貨1000枚、払っていただきましょうか」
「そんな大金っ……」
「払えない? では、無許可で出店していたということで、憲兵に突き出すしかありませんね」
「そんなっ……!」
当時の私は、金貨1枚がどれほどの価値があるのか理解していなかった。
けれど、それがとんでもない金額だというのは、おこづかいとして持っていた金貨の量からも推し量れる。
また、金貨1枚で聖アーテル学園の食堂で2食は食べられることから、1000枚もあれば在籍期間の3年間、ずっと昼食と夕食を食べられる額だ。
しかも、学園の食堂は貴族が利用するというのもあり、平民にとっては高めの金額設定である。
ならば平民のはずのエイダの父にとって、それがどれほどの価値があるかは、改めて確かめるまでもないだろう。
けれど、彼らの言う金額が法外なものなのかどうかは、私には分からなかった。
「ありゃ、どう見てもイチャモンだよなぁ……」
ヴァイスは、ため息交じりにそう呟く。
世間知らずの私には判断しかねたが、彼がそういうのならそうなのだろう。
ならば、やることはひとつ。
「助けに入りましょう」
「どうやって?」
「ええと……。お金を払うのは……、足りませんわね。
けれど、お父様に頼めば……」
「お前さ、家抜け出して来てるの分かってる?
それに、払ったって相手が得するだけで、解決になってねえだろ?」
「それでは、どうしろと言うんですの!?」
「んー……。そうだなぁ……」
数秒、ヴァイスは虚空を見つめ思案する。
彼の頭の中にある処世術の数々から、きっと素晴らしい答えが出てくるのだと私は期待していた。
けれど発された答えは、私を落胆させるには十分なものだった。
「どうやっても無理だな」
「ちょっと! そんなのあんまりですわ!」
「いやだってさ、俺の能力使えば逃げることはできるぞ?
けどよ、逃げたところで商売できなきゃ意味ねえだろ?」
「だからって、放っておいても同じですわよ!?」
「そりゃな」
「やっぱり、お父様に頼んで……」
「で、金貨1000枚払ったところでどうなる?
相手は多分、他の飴家に雇われたかなんかの嫌がらせ目的だ。
どうせ違う理由つけて、商売できないようにされるのがオチだぞ?」
「でも……」
会話に入らず、押し黙ったままのエイダを見ると、今にも泣きそうな彼女の顔が視界に入った。
父親が理不尽な目に遭う所を目撃したのだから、当然の反応だろう。
「あー……。そりゃ、俺も助けてやりたいけどさ……」
「あの、いいんです……。いつも、こうだったから……」
泣きそうなエイダは、絞り出すように言葉を紡いだ。
どうやら、これは今回だけの話ではないようだ。
「いつも?」
「はい……。いつも、どこへ行っても、こうなるんです……。
だから、お父さんは何かあったら隠れていなさいって」
「それは、どうしてかしら? 何か原因があるの?」
「それは……。私たちが、連邦から来たからだって……」
「え? お前ら、ロート連邦生まれなのかよ!?
そりゃ、因縁つけられても仕方ねえかもな……」
ヴァイスは、面倒なものを引き入れてしまったと言いたげな顔だ。
今思えばそんな顔しても仕方ないと思う。今でこそマシになったが、当時はまだ、ロート連邦からの移民というのは、半ばスパイだと思われていたのだから。
けれど当時の私は、二国間の関係が悪いという知識はあっても、一般的にどういう認識を持たれていたかは知らずにいた。
「いったい、どういうことですの?」
「あー、なんていうかな……。
俺も詳しくはないが、聞いた話では連邦移民ってのは、憲兵なんかも目を付けてるらしいんだよ。
んで、この商店街は結構後ろめたいことしてるヤツも多いらしくてな。なにせ、元は闇市だし。
憲兵が近寄ってくる理由のあるヤツが居るのを、嫌がってるって話なんだよな」
「よくわかりませんけど、自分たちが悪いことをしているのを棚に上げて、移民だからと嫌がらせをしているのですね?」
「まあ、そんなトコだ」
「でしたら、なおのこと許せませんわ!」
ヴァイスの説明に、おなかに溜まってゆく不快感を、今にも吐き出しそうになっていた。
まさに、はらわたが煮えくり返るとは、こういうことを言うのだと思う。
当時の私の語彙力の中に、そんな言葉はなかったけれど。
「つまり、彼らはお金を払っても払わなくても、ここに居させるつもりはないということですわね?」
「まー、そうだろうな」
「では、逃げましょう。どうせ商売をさせる気がないのなら、逃げるだけで十分ですわ!」
「うん、そうだな。と言っても、どうやってだ?」
「それはもちろん、あなたの能力を使ってですわ!」
「あー、結局そうなるのな」
言われるまでもなく分かっていたといった顔のヴァイスだが、その表情には少し、頼られて嬉しいという雰囲気が混ざっていた。
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