ミー先輩との打ち合わせを終え、プールの様子を覗けば、そこには予想外の光景があった。
なんと王子が、すでにセイラと仲良くなっていたのだ。
まあ、そういうふうに見えたのは、私の思い違いだとは思うのだけど、二人が話をしていたのには変わりない。
ただの平民と王子の運命の出会い。
この先、二人の家柄という壁を乗り越える、胸高鳴る展開っ……!
なんて、恋愛小説を読み耽っている人ならば妄想するところだろう。
事実そういったストーリーのようだし、私には願ってもない展開だ。
だが、その様子を見たミー先輩が、顔を青ざめさせて私の様子を伺っていたのは、言うまでもないだろう。
「あっ、あのっ! エリヌス様……。暑いですし、もう少し屋内にいた方が……」
「お気遣いありがとう。けれど、暑いならなお、水の中に入ってしまった方がいいのではなくて?」
「ひえっ……」
満面の笑みだったはずなのに、ミー先輩は恐怖の声を上げる。
まったく、私は笑っている方が怖いと言いたいのかしら?
「さて、ゆきますわよ」
「ひえぇぇ……」
頑として動きたくないといった様子のミー先輩の手首をつかみ、私たちはふたりの元へと向かう。
王子の背中越しに見るセイラの顔は、いつも通り無表情だった。
「オズナ王子、お待たせして申し訳ありません」
「ああ、エリヌス。どこへ行ったのかと思ったよ」
「知り合いが居たもので、少々お話を」
「そうだったんだね」
「それで、彼女と何かありまして? ずいぶん仲良さげに見えましたけれど」
「ああ、君の専属メイドが彼女と一緒に居たのを見てね、お友達かと思ったんだ。
話を聞けば、同じ一年でクラスも同じだと言うじゃないか。
偶然クラスメイトに会うなんて、嬉しいと思ってね」
「クラスメイト……、ですか」
王子は私と同じクラスになるよう手配したと言うし、知り合いを先に作れたと喜んでいるのだろう。
けれど、そのクラスメイトというものは、色々と面倒ごとを孕んでいる相手なのだけど……。
「それで、そちらの方も同じクラスの人かい?」
「いえ、こちらは一年上のミー先輩です。
少々縁あって、お話するようになったんですよ」
「はっ、はじめましてっ! ミーと言いますっ!」
「はじめまして。僕はオズナ・ウラクです。
ミー先輩、どうぞよろしくお願いします」
「ひぇっ! こっ、こちらこそ、よろしくお願いしますっ」
「ふふっ……。そんなにかしこまらないでいいですよ。
おっと、これじゃあ僕の方が先輩に対して失礼かな?」
「いえっ! そんなことは決して!!」
ミー先輩は、ガチガチに緊張しているが、なんとか自己紹介を終えた。
まあ、そりゃ相手が王家の、それも第一王子であるなら、緊張しても仕方ないだろう。
あら? そう言う意味では、私も公爵で王位継承権もあるのだけど……。
まあ、初めて会った時のミー先輩はそれどころではなかったし、緊張もしなかったのかしらね。
「それじゃあ、せっかく会ったんだし、5人で遊ぼうよ。
ちょうど、ボールも用意してもらったんだ」
日差しで焼けるプールサイドには、汗ひとつかかず佇む燕尾服の執事。
彼に向けて王子が手招きすれば、足元に置いてあった荷物のうちから、ボールをひとつこちらへよこす。
それは柔らかい革製の、すこし大きめのボールだった。
王子はボールを受け取ると、ヒョイっとこちらへとパスを回す。
「ほらっ! エリヌスたちも入っておいでよ」
その声と共に、王子はプールへと入り、私たちを招く。
隣に立つミー先輩は、いまだにどうしていいかわからず、私に救いを求める視線を送っていた。
「王族の方となんて、いいんでしょうか……」
「お誘いを断るわけにはいきませんわよね?」
そうして共に水へと入り、エイダを含めた5人での、水中バレーが始まった。
といっても、本格的なものじゃない。ただパスやトスを回すだけの、ちょっとしたお遊びだ。
「エリヌス、いくよ!」
「ええ。エイダ、パスですわ!」
「…………。ミー様、ゆきますよ」
「はっ、はい! えっと……」
水中でも、エイダは無駄のない言動。
まるで人形のようだが、的確にミー先輩が受けやすい場所へとボールを運ぶ。
そのボールをどうしたものかと悩みながら、ミー先輩はセイラに回すのだった。
いたって普通の、平穏で穏便な遊び。
けれど、その合間合間で、私は彼と目が合っていた。
無表情のその視線は、私に言葉ではない司令を飛ばす。『やれ』と。
まったく、今日はやめておこうと思ったのに……。
「お嬢様、どうぞ」
悟ったのか、エイダは少々高めにボールを弾いた。
つまり、これで決めろということだ。
私は思い切りジャンプし、全力でアタックする。
「必殺アタックですわっ!!」
スパンッ! と右手から放たれたボールは、目にも止まらぬ速さで標的へと吸い込まれる。
私のスキルは必中。ならば、そのアタックが外れることなどありはしない。
ボールはそのまま、防ごうという動きも、表情の変化もないセイラの顔面へと、勢いを殺すことなく突き進んだ。
パンッという音と共に、顔面にボールを受けたセイラは、ボールそのままの勢いで、プールの中へと背中から倒れこんだ。
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