悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

02投手と捕手

公開日時: 2022年7月22日(金) 21:05
文字数:2,259

 私の手の内にあるのは、弓でも銃でもなく、ただの白球。

けれどキャッチボールですら、何故だか楽しくなってくる。

かといって、ただただソフトボールの授業を楽しんでいるわけにもいかないのがつらい所だ。

学園の中では常に、悪役令嬢という役割を求められるのだから。



「なにぼさっとしてますの? さっさと拾ってらっしゃい!」



 ブンっと風を切り投げたボールは、セイラの頬を掠めグラウンドの奥へと消える。

ポカンとした様子の彼女に浴びせかける言葉は、前日から考えたものだ。

まったく、余計な手間が増えるせいで、せっかくの楽しい授業が中断されるのは困ったものね。

などと考えながら、うっすらと額に滲む汗をハンカチで拭えば、背中から声がかけられた。



「調子はどうですか、エリヌス様」



 振り向くとそこには、私と同じく体操着姿の二人の女子生徒が立っている。

ひとりは長い赤髪をポニーテールにまとめた、少し背の高い人。

体操着が似合う、まさにスポーツ少女といった風貌の汗と笑顔さえも様になっている、少しボーイッシュな子だ。

その隣には真逆の、空の青さに溶けてしまいそうな、淡い水色のショートカットの眼鏡をかけた女子。

こちらは汗ひとつかかず、年中冬なのかと思うほどに表情も冷ややかな雰囲気がある。


 そんな二人が、私に話しかけてきたのだ。



「ええと確か、チームリーダの……」


「ニスヘッドと、こっちの不愛想なのがリーダー補佐のカミーユです」


「ええ、そうでしたわね。まだ名前を覚えきれていなくて、申し訳ありませんわ」


「いえいえ。元々別のクラスなんですから、仕方ないですよ」



 赤髪のニスヘッドは、ハハハと明るく笑う。

そんな彼女を、不愛想と言われたカミーユは、少し不服そうに肘で小突いていた。


 この二人は、今回の球技大会の私の所属するチームのリーダーであり、そして私を投手に任命した張本人でもある。

けれど元々は別のクラスで、今回の球技大会に向けての練習で初めて言葉を交わした人物だ。

なんでそんな人たちと同じチームになったかと言えば、球技大会では男女で野球とソフトボールに分かれるため、男女混合の2クラスを混ぜて、男子と女子に分けることになっているからだ。

それはチームの頭数を揃えるためというのが建前ではあるけれど、本質は別のところにある。その本質とは、この球技大会は事実上の懇親会であるからだ。


 つまり、この貴族専門学園と言っても過言ではない学園の中で、それぞれの貴族が皆、コネを作る機会をうかがっている。

けれどそれもクラスが違えばそれは叶わぬ望み。そんな状況に不満を持つ者たちが、学園の運営者に裏工作とも呼べぬ提言だかをして、こういった繋がりを持てる機会をセッティングしたわけだ。

まあ、機会が与えられるだけで、それを活かせるかどうかは本人の力量次第なのだけども。



「それで、なにか御用かしら?」


「いえいえ、私たちがピッチャーに任命させていたいたわけでして、チームの顔になる投手の様子を確認するのも、大事なリーダーとしての役目でありますから」


「そうですわね。調子は……、それなりかしら?」


「それはよかった。それで、こちらで決めてしまいましたが、ポジションにご不満はありませんか?」


「ポジション? ああ、投手の件ですわね。それ自体には不満はありませんわ」


「それ自体には、ですか?」



 含みのある私の言葉に反応したのは、補佐のカミーユだった。

対するニスヘッドは、不満がないという言葉により一層笑顔を輝かせている。

なるほど。補佐というのは、チームリーダーとしての補佐というよりは、面倒な貴族の含みのある言葉を通訳させるという意味のようね。

まあ、おかげで悪役令嬢としての見せ場が流されなかったのはありがたいわね。



「ええ。投手はかまいませんけれど、捕手が問題じゃございませんこと?

 先ほど私が投げたボール、十分取れる範囲にありましたのに、ご覧の有様ですわよ?」


「あぁ……。セイラ君は、少々鈍いところがある模様ですね」


「ニス、平民のこととはいえ、もう少し言葉を選びなさい」


「あっ、申し訳ありません」



 深い青の瞳で睨みながらのカミーユの指摘に、ニスヘッドは頭をかきながらなぜか私に謝罪する。

謝る相手が違う気がするのだけど、公爵という立場上、こういう場面はよく見る光景だ。

で、実際に被害を被っている平民には謝ったりしないのよ。貴族って、そういうものなのよね。



「それで、どうしてあのニブい女が捕手なのかしら?」


「それは……。カミーユの目利きによるものでして……」


「目利き?」



 すっと青髪の流れる彼女に視線をやれば、すこしビクッとしている。怖がらせるつもりなんてないんだけどなぁ……。

まあ、公爵という立場と、普段のセイラへの対応を鑑みれば、そういう態度を取られるのも無理はないわね。



「私は、昔から目利きと言いますか、直感に優れておりまして……」


「へぇ……」


「もしかするとカミーユのその直感が、彼女のスキルかもしれないという話になっているんです。

 だから今回のポジション決めも、全て直感に従って決めたんです」



 なんだか自分のことのように嬉しそうに話すニスヘッドと、それとは対照的に少し視線を伏せるカミーユ。

なるほどね……。こうやって試してみることで、その慧眼が経験からくるものなのか、それともスキルによるものなのかを確かめようって事なのね。


 もしうまくいけば、これほどスキルによるものだと確定できる事柄はないわよね。

なんたって、私とセイラの表の関係を知っていれば、この組み合わせが良い結果をもたらすなんて、ゆめにも思わないでしょうから。

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