王子の帰還、それに付随するのは、面倒な貴族たちの挨拶と、祝賀パーティーだ。
日中のほとんどの時間は、挨拶に費やされ、パーティーが催される頃には、すでに外は暗くなっていた。
オズナ王子は心底面倒くさかっただろうが、それでも笑顔を崩さず、貴族たちと談笑している。
対する私は、貴族の序列的に一番に挨拶したから、一度屋敷に戻り、パーティー用のドレスに着替えさせられていた。
正直そのまま、射撃場へと直行したかったけれど、それはさすがに、専属メイドのエイダによって止められた。
窮屈な服を身につけ、適当に食事をつまみながら、適当に王子の様子を伺う。
すると王子も時折私の方を見ては手を振るものだから、お二人は仲が良いなどと、嫌味か本音か分からぬ声をかけられるはめになった。
さっさと帰りてえと思いつつ、適当に会話を流しつつ、ただ時が経つのを待っていた。そのつもりだった。
「で、あなたは何をしてますの?」
「あ、バレたか」
そこには、卑しくも数々の料理を頬張る、平服のヴァイスが居た。
まるでハムスターのように、頬に大量の料理を詰め込んだ彼は、食べ放題の料理を全てたいらげんとするようだ。
「あなた、普段から食事に困ってますの? そういえば、昼食も質素でしたわね」
「ちげえよ! 毒味だ毒味。
貴族様たちが毒殺されちゃかなわんだろ!?」
「なるほど。そういう言い訳のもと、タダ飯を食らってるわけですわね?」
「ったりめーよ。本音と建前は使い分けなきゃな!」
「それは建前というよりは、ただの正当化ですわ」
「そうとも言う」
まったく、この男は……。
こそこそとしていたのも、このためだったようね。
まあ、王子の周りを嗅ぎ回って、面倒ごとを引き起こすよりは幾分マシではあるのだけど。
「おっ、これウマいぞ。お前も食えよ」
「なんですの?」
「シュークリーム。すげえちっさいヤツ。
でもマジうめえ。中のクリームがすげえ濃い」
「食レポを頼んだわけではないのですけど……。うん、たしかにおいしいですわね」
なんともそっけない見た目に反し、味はとても良かった。やはり国王の食事を作るシェフだけあって、デザートもかなり上質なのだろう。
「どうだい? 美味しいかい?」
ふんわりと残るバニラの香りを楽しんでいると、突然声をかけられ、びくりと肩を震わせた。
「あっ、オズナ王子……。これはお恥ずかしいところを……」
さっと口元を扇子で隠せば、彼は柔らかに微笑みかける。
どうやら、ヴァイスは隠匿スキルを発揮しているのか、私の隣に居ながら、王子には見えていないようだ。
私たちのことなど気にせず、バクバクと食べ進めていた。
「そんなことないさ。君が美味しそうに食べてくれるなら、作った者たちも幸せだろう」
「そんな、大袈裟ですわ。けれど、とてもいい腕のシェフですわね。どれもこれも、大変美味しいですもの」
「そうだね。けれど、なんというか……。国外を知ると、ずいぶん文化の違いを感じるね」
「文化の違い、ですか?」
「あぁ。この国では、あまり料理の見た目をこだわらないだろう?
味は一流であっても、とても地味なものでね。少し寂しいと思ってしまうのさ」
「留学先では違ったのですか?」
「そうなんだ。どの料理も色とりどりで、どんな味がするのだろうと、ワクワクしながら食事を楽しんだものだよ。
あまり食べない君でも、きっと気に入ってくれると思うんだけどね」
「なに? お前ってコイツの前では、小食なフリでもしてんの?」
すっと近付き耳打ちするヴァイスの足を、思いっきり踏んでやった。
ヴァイスは誰にも聞こえない隠匿された悲鳴を上げながら、ごろごろと足を押さえて転げ回る。
それにしても、こんなのでも気付かれないのだから、彼の隠匿スキルというのは本当に異常だ。
「エリヌス、どうかしたのかい?」
「いえ、なんでもございませんわ」
「そうかい? それで……。迷惑じゃなければ、少し外に出ないかい?」
「あら? 他の方はいいんですの?」
「少し息苦しくてね。それに……、相手も気を遣ってくれるだろう?」
つまりそれは「あとは若いお二人で」という気遣いだろうか。
そんな気遣いなら、さっさとパーティーをお開きにしてくれと思うけれど、今のところは許嫁という立場であるし……。
面倒だが断ることはできなさそうだ。
少し冷めた夏の夜の風が流れる、中庭のあずまやのベンチに二人で座る。
実際は、他の人に見えていないヴァイスと、さらに遠巻きに目を光らせているエイダの気配も感じるのだけど……。
「やっと、二人きりになれたね」
「…………。ええ、そうですわね」
「…………? どうしたんだい? 浮かない顔して」
「いえ、少し人が多かったので、疲れてしまいましたの」
「そうかい。無理をさせてごめんね」
「いえ、オズナ王子のせいではございませんわ」
王子は昔と変わらず優しく、そして温かい人だった。
けれどなぜか私は、昔のように彼に親近感が湧かずにいた。
その理由は、彼の未来を知ってしまったから?
それとも、私が変わってしまったから……?
「それで……。少し遅れてしまったんだけどね、二学期から一緒に学園に通うことになるんだ」
「ええ、存じ上げておりますわ」
「もし迷惑じゃなければ、明日にでも学園を案内してもらえないかい?」
「案内……?」
「ああ。手続きは使いの者が終えているのだけどね。
ただ、学園も広いし、事前に見ておかないと迷ったりするだろう?」
「そうですわね。では、案内役をお引き受けいたしますわ」
「ありがとう。それと……」
彼は少し目をそらしてから、少し恥ずかしそうにその後の言葉を口にした。
「昔みたいに『お兄ちゃん』って呼んではくれないのかい?」
「ブフッ!!!!」
「…………。王子、少々お待ち下さいね」
私は植え込みに敷かれた砂利を一つ拾い上げ、吹き出した音の元へと全力で投げつけた。
吹き出し笑いの音も、その後の断末魔のような悲鳴も、王子の耳には届いていないだろう。
それでいい。なにせ彼は、本来ここには居ない人なのだから。
「いったいどうしたんだい!?」
ただ聞こえたのは、王子の驚きの声だけだった。
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