悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

05令嬢の責務

公開日時: 2021年9月6日(月) 21:05
文字数:2,450

 王子の帰還、それに付随するのは、面倒な貴族たちの挨拶と、祝賀パーティーだ。

日中のほとんどの時間は、挨拶に費やされ、パーティーが催される頃には、すでに外は暗くなっていた。

オズナ王子は心底面倒くさかっただろうが、それでも笑顔を崩さず、貴族たちと談笑している。


 対する私は、貴族の序列的に一番に挨拶したから、一度屋敷に戻り、パーティー用のドレスに着替えさせられていた。

正直そのまま、射撃場へと直行したかったけれど、それはさすがに、専属メイドのエイダによって止められた。


 窮屈な服を身につけ、適当に食事をつまみながら、適当に王子の様子を伺う。

すると王子も時折私の方を見ては手を振るものだから、お二人は仲が良いなどと、嫌味か本音か分からぬ声をかけられるはめになった。


 さっさと帰りてえと思いつつ、適当に会話を流しつつ、ただ時が経つのを待っていた。そのつもりだった。



「で、あなたは何をしてますの?」


「あ、バレたか」



 そこには、卑しくも数々の料理を頬張る、平服のヴァイスが居た。

まるでハムスターのように、頬に大量の料理を詰め込んだ彼は、食べ放題の料理を全てたいらげんとするようだ。



「あなた、普段から食事に困ってますの? そういえば、昼食も質素でしたわね」


「ちげえよ! 毒味だ毒味。

 貴族様たちが毒殺されちゃかなわんだろ!?」


「なるほど。そういう言い訳のもと、タダ飯を食らってるわけですわね?」


「ったりめーよ。本音と建前は使い分けなきゃな!」


「それは建前というよりは、ただの正当化ですわ」


「そうとも言う」



 まったく、この男は……。

こそこそとしていたのも、このためだったようね。

まあ、王子の周りを嗅ぎ回って、面倒ごとを引き起こすよりは幾分マシではあるのだけど。



「おっ、これウマいぞ。お前も食えよ」


「なんですの?」


「シュークリーム。すげえちっさいヤツ。

 でもマジうめえ。中のクリームがすげえ濃い」


「食レポを頼んだわけではないのですけど……。うん、たしかにおいしいですわね」



 なんともそっけない見た目に反し、味はとても良かった。やはり国王の食事を作るシェフだけあって、デザートもかなり上質なのだろう。



「どうだい? 美味しいかい?」



 ふんわりと残るバニラの香りを楽しんでいると、突然声をかけられ、びくりと肩を震わせた。



「あっ、オズナ王子……。これはお恥ずかしいところを……」



 さっと口元を扇子で隠せば、彼は柔らかに微笑みかける。

どうやら、ヴァイスは隠匿スキルを発揮しているのか、私の隣に居ながら、王子には見えていないようだ。

私たちのことなど気にせず、バクバクと食べ進めていた。



「そんなことないさ。君が美味しそうに食べてくれるなら、作った者たちも幸せだろう」


「そんな、大袈裟ですわ。けれど、とてもいい腕のシェフですわね。どれもこれも、大変美味しいですもの」


「そうだね。けれど、なんというか……。国外を知ると、ずいぶん文化の違いを感じるね」


「文化の違い、ですか?」


「あぁ。この国では、あまり料理の見た目をこだわらないだろう?

 味は一流であっても、とても地味なものでね。少し寂しいと思ってしまうのさ」


「留学先では違ったのですか?」


「そうなんだ。どの料理も色とりどりで、どんな味がするのだろうと、ワクワクしながら食事を楽しんだものだよ。

 あまり食べない君でも、きっと気に入ってくれると思うんだけどね」


「なに? お前ってコイツの前では、小食なフリでもしてんの?」



 すっと近付き耳打ちするヴァイスの足を、思いっきり踏んでやった。

ヴァイスは誰にも聞こえない隠匿された悲鳴を上げながら、ごろごろと足を押さえて転げ回る。

それにしても、こんなのでも気付かれないのだから、彼の隠匿スキルというのは本当に異常だ。



「エリヌス、どうかしたのかい?」


「いえ、なんでもございませんわ」


「そうかい? それで……。迷惑じゃなければ、少し外に出ないかい?」


「あら? 他の方はいいんですの?」


「少し息苦しくてね。それに……、相手も気を遣ってくれるだろう?」



 つまりそれは「あとは若いお二人で」という気遣いだろうか。

そんな気遣いなら、さっさとパーティーをお開きにしてくれと思うけれど、今のところは許嫁という立場であるし……。

面倒だが断ることはできなさそうだ。


 少し冷めた夏の夜の風が流れる、中庭のあずまやのベンチに二人で座る。

実際は、他の人に見えていないヴァイスと、さらに遠巻きに目を光らせているエイダの気配も感じるのだけど……。



「やっと、二人きりになれたね」


「…………。ええ、そうですわね」


「…………? どうしたんだい? 浮かない顔して」


「いえ、少し人が多かったので、疲れてしまいましたの」


「そうかい。無理をさせてごめんね」


「いえ、オズナ王子のせいではございませんわ」



 王子は昔と変わらず優しく、そして温かい人だった。

けれどなぜか私は、昔のように彼に親近感が湧かずにいた。

その理由は、彼の未来を知ってしまったから?

それとも、私が変わってしまったから……?



「それで……。少し遅れてしまったんだけどね、二学期から一緒に学園に通うことになるんだ」


「ええ、存じ上げておりますわ」


「もし迷惑じゃなければ、明日にでも学園を案内してもらえないかい?」


「案内……?」


「ああ。手続きは使いの者が終えているのだけどね。

 ただ、学園も広いし、事前に見ておかないと迷ったりするだろう?」


「そうですわね。では、案内役をお引き受けいたしますわ」


「ありがとう。それと……」



 彼は少し目をそらしてから、少し恥ずかしそうにその後の言葉を口にした。



「昔みたいに『お兄ちゃん』って呼んではくれないのかい?」


「ブフッ!!!!」


「…………。王子、少々お待ち下さいね」



 私は植え込みに敷かれた砂利を一つ拾い上げ、吹き出した音の元へと全力で投げつけた。

吹き出し笑いの音も、その後の断末魔のような悲鳴も、王子の耳には届いていないだろう。

それでいい。なにせ彼は、本来ここには居ない人なのだから。



「いったいどうしたんだい!?」



 ただ聞こえたのは、王子の驚きの声だけだった。

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