悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

15追跡

公開日時: 2022年4月18日(月) 21:05
文字数:2,217

 目の前にいる黒ずくめの人影。その人物こそが、巷を賑わせている鉄の死神、その本人……。

それを改めて認識した瞬間、私の足はガタガタと震えだした。



『おい、追いかけるんじゃねえのかよ』


「…………」



 今までは本当に存在するかも分からない、ぼんやりとしたモヤの中にそれはあった。

言うなれば、物語上に登場する英雄と大差ない。実在していたとして、私には関わりのない、どこか遠くの話。


 けれど今、目の前に当人が存在するのだ。それも英雄ではない、むしろ真逆の存在が。

冷酷に、淡々と暗殺を行う謎の人物。その朧げだった輪郭が今、目の前の人の形へと収束する。


 彼は貴族や豪商しか狙わない。けれど邪魔をするなら、たとえ平民であってもその矛先が向かわない、なんてことはないだろう。

そう思い至った瞬間、私の体は追いかけることを拒絶したのだ。



『おい、さっさと行かねえと逃げられちまうぞ?

 俺の仲間だって足止めできるワケじゃねえ、せいぜい行き先を限定する程度だ。

 いいのか? こんなチャンス、滅多にないんだろ?』


「…………、うん」



 今すぐ膝を抱え込んで、何も見なかったことにしたい。そんな訴えを起こす膝をバシッと叩き駆け出す。

だって、ここで捕まえないとまた同じように凶行を繰り返すもの。

被害者のためじゃない、目の前の鉄の死神が、もうそんなことしなくていいように捕まえてあげなくちゃ……!



「まっ、待ちなさいっ!!」



 のどをふり絞って出した声に、鉄の死神はこちらへと振り返る。

その顔は、前にヴァイスの言ってた通りのマスクだった。

目の部分は丸く黒っぽい、瞳も表情の見えない不気味な穴。口元はクチバシのように少し尖り、左右に丸い円板のようなものがついていて、呼吸と共に多少動いている。



『チッ……』



 私を見た瞬間舌打ち。けれどその音は、違和感のあるものだった。

音を歪める魔法を使っているような、妙に低くくぐもった音。

証拠や痕跡を残さぬよう、魔法で隠蔽しているのだろう。



『おい、追うぞ!』


「う、うんっ!」



 観察しているうちに、相手は走り去る。少なくとも、邪魔をした相手を無差別に攻撃するつもりはないようだ。

考えてみれば当然で「邪魔する奴は全員消す」なんて考えの相手だったら、私の前にヴァイスが消されてるよね。まあ、彼の場合自ら存在を消せるから、逃げ延びられるんだろうけど。

………、つまり逃げる方法を持たない私は、彼より危険だということには変わりないのだろう。


 再び冷たいものが背中を伝ったけれど、いまさら後には引けない。

エージェントPも、その仲間も、私が追いかけやすいように相手を誘導してくれてるんだもの。追い詰めなきゃ!


 鉄の死神と私の追いかけ合いは、オレンジの瓦の屋根屋根を伝い続けられる。

相手は時折私に振り返りながらも、難なく駆けてゆく。

対する私は傾斜に足を取られ、こけそうになりながらも、エージェントPとその仲間たちに支えられ、なんとか付いていってる状態だ。



『なんとしでても食らいつけよ。追いかけてりゃ、ぜってぇに捕まえられるからよ』


「うん」



 追いかけていれば、いずれは追いつける。それはエージェントPの作戦のうちだった。

だって建物は大通りや、いろいろあって増えた空き地のせいで必ずどこかで途切れるんだもの。


 高く舞い上がり、空の上から街の様子を見ているエージェントPにとっては、屋根の迷路は迷うためのものじゃい。それは迷わせるためのもの。

だから、相手は自分で進む方向を決めてうまく逃げているようで、実際は行き止まりへと誘導されているのだ。



『アイツが仲間を撃ち落とすようなヤツならこうはいかないが、甘ちゃんだったおかげで目論見通りだぜ』


「でもあんまり無茶しないでね。多分相手は、魔法を温存してるだけだと思うから」


『ああ、分かってるさ。けどよ、いざとなりゃ俺たちゃ空へ逃げられるんだぜ?

 おめぇは俺たちより、自分自身の心配をしてるんだな』


「あ、はい」



 まったくおっしゃる通りで……。今ですらこけかけたところを支えられているんだから、人の心配してる場合じゃないよね。人じゃないけど!

エージェントPと話していると、少し気持ちが落ち着いた。

まあ、足下はあいも変わらずおぼつかないけれど、それでも気持ちは追いかけることに集中できそうだ。


 そんな私とは対照的に、鉄の死神の歩みは遅くなる。

目の前にある、今までは難なく飛び越えていた建物と建物の隙間に戸惑っているように、すっと足を緩め速度を落としたのだ。



『なんだ? やっと観念したのか?』


「とは思えないけど……」



 数メートルの間を開け、私たちは追い詰めた彼の背を睨む。

彼はチラリとこちらを見たかと思えば、即座に向き直り、何もない空間へと両手を押し当てた。

それはまるで、路上パフォーマーのパントマイムのように、行こうとしていた先にある、見えない鉄棒を握るかのような動きだ。



『なんだなんだ!? アイツ、なにしてやがんだ!?』


「そんなの、私にもわかんないよ……」



 突然の奇行に、エージェントPも私も戸惑いの方が勝ってしまう。

だって、明らかに普通じゃないんだもの。いえ、相手は暗殺者だし、私の想像できる程度の「普通」の範疇に収まるはずないけどもね!?



『けどよ、これはチャンスなんじゃないか? あれじゃ背負った杖も使えねえ。捕まえるなら今だぞ?』


「そっか、そうだね……。よしっ、やってみるよ!」



 私よりかは冷静なエージェントの進言に、相手に気取られないよう、私はそっと鉄の死神へと歩みを進めた。

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