悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

15ヴァイスの知らないセカイ

公開日時: 2021年8月19日(木) 21:05
文字数:2,012

 あの夜聞いた話は、決して口からでまかせではなかった。

私の見えていない、この国の、そしてこの世界の残酷な一面。それを彼は私に伝えたのだ。

だからこそ本の中の私は、自らの命と引き換えに、この国の将来を手に入れた。

最後の女王となることで、この国を救ったのだ。



『けれど、我らにはまだ時間があるでござる。

 今から変えてゆけば、たとえ女王になったとて、あの未来を変えることもできる……。

 拙者はそう信じて、これから動くでござる』



 彼の目的、それは彼の知るゲームでの未来を変えないこと。

けれどその先にある、本に記された未来を変えること。

二つの相反する目的のために、彼は女王を弾劾する者たちを、今の段階から断罪するというのだ。


 彼は言った。自身のやろうとしていることは、平民のためだと。決して、私のためではないと。

けれどその言葉が嘘であると、私の直感は告げていた。


 なにより、たとえその言葉が本当であったとしても、結果的に私を助けることになるのは変わらない。

ならばその汚れ仕事は、私自身が行うべきだろう。

女王として諸悪を追放するか、先に潰しておくかの違いしかないのだから……。


 その先にたとえ破滅しかなかったとしても、私は進もう。

私の目の前には、本の中の私が未来を託した、信用できるが居るのだから……。



「あの……。ごめんなさい! 事情もよく知らないのに、偉そうなこと言って……」


「いえ、ミー先輩が謝ることではありませんわ。

 私の事情も考えて下さって、頭を下げてくださる。

 それだけで、あなたは相手の立場を想像できる方だってわかりますもの。

 だからこそ、彼……。彼女の心情を考え、私との仲をとり持とうとして下さったのでしょう?」


「そんな、たいそれたことでは……」


「そうだぞエリーちゃん。コイツはただのお節介……」



 言いかけたヴァイスを、もう一度逆エビ固めにする。

今度は声も出せず、必死に私の腕を叩き、振り解こうとしていた。

ホント、余計な口ばかり回る男だこと……。



「ともかく、この男の言うことは、話半分で聞いておく方がいいですわよ?

 なにせこの男、嘘こそ付きませんが、全てを知るわけではありませんもの。

 ヴァイスも知らないセカイだって、必ずあるものですの。

 だから、結果として嘘になっていることだって、往々にしてありますわ。

 うまく距離をとって、上手に利用してくださいましね」


「おまっ……。マジ……、死ぬ……」



 段々と力が弱まるヴァイスを解放し、私はミーとエイダの前へと座りなおした。



「ミー先輩、そしてエイダも。

 公爵令嬢として譲れぬところもあり、ご迷惑をおかけするやもしれません。

 けれど、お二人とは末長く良い関係でいたいと考えておりますの。

 だからこそ、私を信じていただけませんか?」


「あっ、頭を上げてください!

 こちらこそ申し訳ありません。私が余計な口出しをしたばっかりに……」


「お嬢様、言われるまでもなく、わたくしはお嬢様の味方にございます。

 疑うことなどあるはずもなく、生涯忠誠を誓います」



 頭を上げれば、私より二人の方が、よほど深々と頭を下げていた。

この二人なら信用できる。本の中の私の裏付けがなくたって、私は確信していた。



「お二人とも、頭をお上げくださいな。

 私は、お二人がお友達でいてくだされば、それで幸せです。

 どうぞ、これからもよろしくお願いいたしますね」


「おっ……、お友達……。あわわわわ……」


「お嬢様がそのようにと仰るのであれば、その通りに」



 顔を赤らめさせ、焦るミー先輩。

そして表情を変えず、いつも通りマジメに答えるエイダ。

二人はそれぞれ違った反応を見せた。


 私の思うお友達とは少し違う気もするけれど、今はそれでいい。

こうして今を共にし、未来を共に見つめることができるのならば……。



「俺……、今回も結局骨折り損か……」


「あら? でしたら、ちゃんと骨を折っておかないとですわね」


「やめろ!!」



 三度目の固技を察知したヴァイスは、必死に私から逃げようともがいていた。




 ◆ ◇ ◆ 




「セイラ……。父親はパン屋のカノ。

 母親は……、すでに死んだことになってんのか」


 夜更けの自室で、ヴァイスは集めた情報を精査する。

公爵令嬢エリヌスの発言の裏に何かあると、彼は感づいたのだ。



「平民と公爵令嬢の接点……。んなモン、あるわけねえと思っていたが……」



 ニヤニヤと、薄暗い部屋の中笑う彼は、新たな事実に興奮にも似た感情を得ていた。



「なるほどね。そりゃ、俺も知らないセカイだわ。

 しっかし、こんな面白えこと秘密にしてるなんて、エリーちゃんも人が悪い……」



 ランプに照らされた紙に描かれた記号を、彼はひとつひとつ解いてゆく。

手紙に記された暗号。そんなパズルなど、自身の情報を暗号化する彼にとっては、鍵と共に置かれた宝箱のようなものだった。



「へへっ……。この情報は、強力な交渉材料になる……。

 待ってな、エリーちゃんよ。俺様が迎えに行ってやるからな……」



 ブツブツと繰り返される独り言と共に、静かな夜は更けていった。

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