あの夜聞いた話は、決して口からでまかせではなかった。
私の見えていない、この国の、そしてこの世界の残酷な一面。それを彼は私に伝えたのだ。
だからこそ本の中の私は、自らの命と引き換えに、この国の将来を手に入れた。
最後の女王となることで、この国を救ったのだ。
『けれど、我らにはまだ時間があるでござる。
今から変えてゆけば、たとえ女王になったとて、あの未来を変えることもできる……。
拙者はそう信じて、これから動くでござる』
彼の目的、それは彼の知るゲームでの未来を変えないこと。
けれどその先にある、本に記された未来を変えること。
二つの相反する目的のために、彼は女王を弾劾する者たちを、今の段階から断罪するというのだ。
彼は言った。自身のやろうとしていることは、平民のためだと。決して、私のためではないと。
けれどその言葉が嘘であると、私の直感は告げていた。
なにより、たとえその言葉が本当であったとしても、結果的に私を助けることになるのは変わらない。
ならばその汚れ仕事は、私自身が行うべきだろう。
女王として諸悪を追放するか、先に潰しておくかの違いしかないのだから……。
その先にたとえ破滅しかなかったとしても、私は進もう。
私の目の前には、本の中の私が未来を託した、信用できる彼女らが居るのだから……。
「あの……。ごめんなさい! 事情もよく知らないのに、偉そうなこと言って……」
「いえ、ミー先輩が謝ることではありませんわ。
私の事情も考えて下さって、頭を下げてくださる。
それだけで、あなたは相手の立場を想像できる方だってわかりますもの。
だからこそ、彼……。彼女の心情を考え、私との仲をとり持とうとして下さったのでしょう?」
「そんな、たいそれたことでは……」
「そうだぞエリーちゃん。コイツはただのお節介……」
言いかけたヴァイスを、もう一度逆エビ固めにする。
今度は声も出せず、必死に私の腕を叩き、振り解こうとしていた。
ホント、余計な口ばかり回る男だこと……。
「ともかく、この男の言うことは、話半分で聞いておく方がいいですわよ?
なにせこの男、嘘こそ付きませんが、全てを知るわけではありませんもの。
ヴァイスも知らないセカイだって、必ずあるものですの。
だから、結果として嘘になっていることだって、往々にしてありますわ。
うまく距離をとって、上手に利用してくださいましね」
「おまっ……。マジ……、死ぬ……」
段々と力が弱まるヴァイスを解放し、私はミーとエイダの前へと座りなおした。
「ミー先輩、そしてエイダも。
公爵令嬢として譲れぬところもあり、ご迷惑をおかけするやもしれません。
けれど、お二人とは末長く良い関係でいたいと考えておりますの。
だからこそ、私を信じていただけませんか?」
「あっ、頭を上げてください!
こちらこそ申し訳ありません。私が余計な口出しをしたばっかりに……」
「お嬢様、言われるまでもなく、わたくしはお嬢様の味方にございます。
疑うことなどあるはずもなく、生涯忠誠を誓います」
頭を上げれば、私より二人の方が、よほど深々と頭を下げていた。
この二人なら信用できる。本の中の私の裏付けがなくたって、私は確信していた。
「お二人とも、頭をお上げくださいな。
私は、お二人がお友達でいてくだされば、それで幸せです。
どうぞ、これからもよろしくお願いいたしますね」
「おっ……、お友達……。あわわわわ……」
「お嬢様がそのようにと仰るのであれば、その通りに」
顔を赤らめさせ、焦るミー先輩。
そして表情を変えず、いつも通りマジメに答えるエイダ。
二人はそれぞれ違った反応を見せた。
私の思うお友達とは少し違う気もするけれど、今はそれでいい。
こうして今を共にし、未来を共に見つめることができるのならば……。
「俺……、今回も結局骨折り損か……」
「あら? でしたら、ちゃんと骨を折っておかないとですわね」
「やめろ!!」
三度目の固技を察知したヴァイスは、必死に私から逃げようともがいていた。
◆ ◇ ◆
「セイラ……。父親はパン屋のカノ。
母親は……、すでに死んだことになってんのか」
夜更けの自室で、ヴァイスは集めた情報を精査する。
公爵令嬢エリヌスの発言の裏に何かあると、彼は感づいたのだ。
「平民と公爵令嬢の接点……。んなモン、あるわけねえと思っていたが……」
ニヤニヤと、薄暗い部屋の中笑う彼は、新たな事実に興奮にも似た感情を得ていた。
「なるほどね。そりゃ、俺も知らないセカイだわ。
しっかし、こんな面白えこと秘密にしてるなんて、エリーちゃんも人が悪い……」
ランプに照らされた紙に描かれた記号を、彼はひとつひとつ解いてゆく。
手紙に記された暗号。そんなパズルなど、自身の情報を暗号化する彼にとっては、鍵と共に置かれた宝箱のようなものだった。
「へへっ……。この情報は、強力な交渉材料になる……。
待ってな、エリーちゃんよ。俺様が迎えに行ってやるからな……」
ブツブツと繰り返される独り言と共に、静かな夜は更けていった。
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