悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

20空に溶ける

公開日時: 2022年5月2日(月) 21:05
文字数:2,225

 耳を塞ぎ目を閉じていれば、何も見ることなんてない。

目前で起きているであろう惨劇も、暗闇の中に居続ける限り、受け止めなくていい。



『おいオッサン! コイツを頼む! 絶対アレを見せんじゃねえぞ!』



 商店街の火事、鉄の死神の犯行が初めて身近で起こったあの日、ヴァイスの言葉を思い出す。

彼に目隠しされ、カノさんも見るなと私を遠ざけたあの現場。それは彼らの善意。

けれど、私の弱さを示す優しさだった。また、見ないふりするの?

今度は私のせいなんだよ? 私が、できもしないのに鉄の死神を捕まえようとした。

だからヴァイスは……。私は、私の引き起こした結果を見届けなければならないのだ。


 そっと手を顔から外し、目を開く。夏の日差しが無理をするなと言うように、視界をぼやけさせた。

しかしそれが治まってくれば、そこには揺るがぬ現実が転がっている。

けれどそこにあったのは、こちらを睨む、ヴァイスの姿だ。



『おっと、これはうっかり。彼に風穴を開けるつもりが、後ろの商店の柱に穴を空けてしまったようだ』


「よかった……」



 ヴァイスの無事な姿を見て、ふっと全身から力が抜けてしまう。

へなへなと屋根の上に座り込む私を、鉄の死神は駆け寄り落ちないよう支え、クスクスといたずらっぽく笑って耳元でささやいた。



『これで彼も理解してくれると助かるのだがね。私を追うことの危険性と、それに君のような一般人を巻き込むことの愚かさを』


「もしかして、さっきのは……」



 わざと外した? そう問いかけようとした私に、鉄の死神は人差し指を立て、マスクの口の当たりに当てる。それ以上は言うなということだ。



『さてと、彼が来れば君もここから降りられるだろう。しばらくのんびり日向ぼっこでもしているといい』


「えっ……」


『おや、気づいていなかったのかい? この場所には上り下りするハシゴも、足場にちょうどいい荷物なんかもない。

 彼がここへやってくるにも、君が一人で逃げるにも難しい場所を選んでいたのだよ』


「それじゃあ、あなたはどうするつもり?」


『ふふっ……。私はコレがあれば飛べるのでね。

 では、さよならだ。二度と“私”と会うことがないことを祈るよ』



 その言葉を言い残し、屋根の上に転がっていた羽音を立てる魔道具を使って、鉄の死神は高く澄みわたる空へと舞い上がっていった。

そしてその青に溶けるように、突然姿を消したのだ。それはまるで、ヴァイスのスキルのように。



「うそ……、消えた……?」



 まさか鉄の死神も、ヴァイスと同じスキルを持っているなんて……。

いえ、そうだとすればおかしい。前にヴァイス自身も言っていたけれど、スキルが強力な分魔法はからっきしだって……。

ということは、魔法もスキルも強力な相手? もしくは姿を消す魔法なんていうものが存在している……?

結局私は、実際に対峙したって何もつかめないどころか、相手の謎を増やすことしかできなかったようだ。



「ホントに私、あんなのの足取り追えるのかなぁ……」


「おいこらミー! 迎えにきてやったぞ!」


「ひゃっ!?」



 小さくため息を漏らす私の背に突然の声。相手は息を切らしたヴァイスだった。

すごい剣幕で睨まれてるけど……。やっぱむざむざとターゲットを逃がしたこと、怒られるんだろうなぁ……。



「怪我、してないか? なんかよくわかんねえ魔法とか、かけられたりしてねえか?」


「えっ……? ううん、大丈夫」


「そうか。あー……。悪かったな、危ねぇことに巻き込んじまってよ」


「へ? え? なに?」


「なんだよその顔は」



 いやその顔はじゃなく、え? ホントにコレ、あのヴァイスなの?

普通に私の心配するとか、どっかで頭打ったか、もしくは暑さでやられたとしか……。

と、馬鹿正直に言うのはさすがの私も自制したわ。



「あの、ごめんなさい。足引っ張っちゃったから、その……。怒ってるかと……」


「あー。まぁ、自覚してんならそれはいいわ。それに、もとはと言えば俺のミスだしな」


「へ?」


「だーかーらー、お前が俺の意図を汲まず暴走するってことを予見できなかった、俺の落ち度だって言ってんの!

 お前のバカみてえな正義感かおせっかいか、もしくは世間知らずかは知らねえけど! それを甘く見てたってこった!」


「ちょっと!? そんな言い方ないでしょ!? 私だって必死に」


「実際そうだろ!? 俺は手下使って見張れって言ったんだぞ? なのに追いかけるバカがいるか!

 アイツとやりあうなんて危ねぇこたあ俺に任せてりゃいいんだよ! てめえはパン屋であのオッサンと茶でも飲んでろ!」


「なによそれ!」



 あー、ちょっとでも見直した私がバカだったわ。結局コイツは、私のやったことに不満たらたらなのよ。

それを目論見が甘かったなんて、結局なんでもかんでも自分の思い通りになると思ってる大バカよ!

ホント腹立ってきた!!



「そんなに言うんだったら、アンタの言う通りにしてたら捕まえられたってわけ!?」


「それはっ……。はぁ……、お前の言う通り、無理だったろうな」


「へ?」



 急にションボリとするヴァイス。いつもの悪だくみスマイルでもなく、表情を読まれないよう作った鉄壁の営業スマイルでもない。あ、どっちも笑みであることは変わりないじゃん。

それにしたって、意外にも今回取り逃がしたことで、結構なダメージ受けてる感じ?



「えっと、こっちこそごめんね? 作戦、あったんだよね?」


「まあ……。うん……」



 うわー、ガチのやつじゃん。イジるにイジりにくいぞ!

で、でもまあ? これは私がお姉さんとして、大人な対応を見せるべき場面よね? うん、多分。

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