悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

学校医と情報屋

01情報屋は夜に動く

公開日時: 2022年1月31日(月) 21:05
文字数:2,130

 夜もふけた屋敷の中、静かに時の流れる部屋で寝息を立てる少年と、竪琴を奏でる男が一人。

スゥスゥとリズムを刻む寝息に、弦を弾く指が止まる。

男は起こさぬようすっと立ち上がり、少年の額にキスをしてから、部屋をほのかに照らす蝋燭の火を吹き消した。


 少年、そう表現するには少々大人びているが、兄フリードにとって弟テオは、いつまでも幼い子どもだ。

反抗期が親に向かわず兄に向かっても、彼の心の中に荒ぶる葛藤を、兄に直接ぶつけることは叶わずにいた。

それはひとえに、フリードのスキルによるものである。


 キィ……、と音を立てようとする扉を黙らせるようにゆっくりと閉め、まだ少し昼の暑さの名残が横たわる廊下へと、フリードは歩みを進めた。



「こんばんは、フリード様」


「おや、これはこれは……。君はいつも突然だねぇ」



 目の前にすっと現れた人物に、フリードはいつもながら驚きを隠せなかった。

まるで背景の一部が、突然人の形を纏ったように、彼はいつだって突然現れるのだ。その相手とは、情報屋ヴァイス。



「驚かせてしまったようでしたら、申し訳ございません。

 弟君との貴重なお時間を奪わぬよう、こちらで待たせていただいたのです」


「それはどうも、お気遣いありがとう」



 すっと頭を下げ、謝罪の意を示す情報屋。しかしその実、弟との一挙手一投足さえも、情報屋は見ているとの脅しだ。

言葉にするのであれば「情報屋と侮って、敵に回すようなことのないように」という忠告である。


 貴族社会で育ってきたフリードもまた、言葉として発せられぬ言葉を理解できぬわけはない。だからこそこの男が、屋敷に勝手に出入りすることを、問題にすらしなかった。

叩けば埃の出る身なら、なおさらのことだ。



「こんなところで立ち話するものでもないね。どうぞ、私の部屋へ」


「恐れ入ります」



 警戒心を持ちながらも、利益ももたらす相手であるとフリードは理解している。そのため、なんの躊躇もなく自室へと招き入れた。

そしてご丁寧にも、その日の昼に保健室でしていたように、情報屋へと紅茶を淹れるのだった。



「お気を遣っていただかなくとも結構ですのに」


「待たせてしまったようだからね。せめてものお詫びさ」


「では、ありがたく頂戴いたします」



 ニヤニヤと表現した方が適切な、営業スマイルの情報屋は、差し出された赤い茶を口に含む。それを見届け、フリードはハープを奏で始めた。

これではまるで、召使いが主人に対する施しを行っているように見えるだろう。だが、事実はそれとは異なっている。

弦を爪弾くフリードに対し、情報屋は部屋をぐるりと見回し言葉を発した。



「また、楽器が増えたようですが……」


「ああ。私は楽器を触っている時が、最も心が落ち着くものでね」



 音楽を奏でるのをやめず、彼は顔も見ずにそう答える。

そこに誰もいないと言わんばかりに。実際、他の者がこの部屋の中を見ても、フリードが独り言を呟いているようにしか見えなかっただろう。



「学園にも、私物の楽器を増やしているようですね」


「必要なら惜しまないさ」


「必要なら、ですか……。学園内ほど、安全な場所はないかと存じ上げますが」


「そうではない、業務に必要なのさ。学校医としての仕事にね」


「と、いいますと?」



 表情を変えず、情報屋は問い返す。知っていても知らないふりをするのもまた、彼のいつものやり口だ。

それは、すでに知っていることに付随して、新たな情報をこぼす可能性に期待しての、いわば呼水なのだ。



「君も調べはついているだろう? 私のスキルのことさ」


「ええ、失礼ながら調べさせていただいております。

 フリード様の奏でる音楽を聴いている間、どのような相手も戦意を失う……。そのようなものだったかと」


「戦意ねぇ……。正確には、敵意や殺意……。いや、言葉尻など関係ないか……。

 荒れた精神状態を落ち着かせる、そのように捉えてもらえれば十分さ」


「どちらにせよ、王宮の次に安全と言わしめる学園内においては、不要なスキルに思えますが」


「もちろん、外からの攻撃においてはその通りだろうね」



 そう言いながらも演奏をやめないのは、情報屋に対して警戒しているということの表れだ。

それをヴァイスも理解しつつ、別に咎める気もない。なぜなら、本当に危害を加えるつもりなら、今回のようにわざわざ相手に自身の存在を明かさず、気付かれることなく近付き、暗殺することも可能だからだ。

無駄な足掻きだと内心嘲笑いながら、情報屋は話を聞いていた。



「では、一体なにを警戒しているのでしょう?」


「生徒たちだよ」


「生徒たち、ですか……」


「そう。君にも思い当たる節があるんじゃないかい? 自身のスキルが分からず、不安に苛まれる、あの鬱屈とした日々にさ」


「ははは、残念ながら経験がありませんね。私はむしろ逆ですから。

 あまりに強いスキルに振り回され、制御できるようになるのに苦労した側なんですよ」


「おや、これは失礼。無能力者のスキルの強さは、我々の想像もおよばぬほどだとはね」


「いえいえ。誰しもがそれぞれに、悩みも苦労も持っているものですから」


「そうかもしれないね。それはたとえスキルを持たぬ者だとしても、また同じなのかもしれない……」



 貼り付けた笑みを崩さぬ二人。

ゆるやかに流れる音楽の中、腹の探り合いは続いていた。

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