悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

06ランプとライター

公開日時: 2021年8月9日(月) 21:05
文字数:2,351

 夜の自室にて、私は再び渡された本を読んでいた。

ランプの光が映し出すストーリーは、遠い未来であっても起こるとは思えない話。

その最後には、断頭台へと自ら歩みを進める女王が書かれていた。


 女王の名はエリヌス。そして、前夜にやってきたのはヴァイス……。

本の中の私は、自らの結末を受け入れた。その首を民衆に差し出すことが、女王の最後の仕事だと確信して。


 到底信じられる内容ではない。

けれど、それまでの話に出てくる人々は、私も知る人物が多く登場している。

そしてその誰もが、私の知る性格と、彼らなら起こすであろう行動をしていた。


 ただ、そこに至る経緯が分からない。

私が女王になる? 王位継承権第七位である私が?

それはつまり、上六人がなんらかの理由で、王位を継げなかったことを意味する。

本の中の私は、彼らに一体何をしたのだろうか……。

いえ、それ以前に、この話が「本物の未来」であるなんて、考えられなかった。


 おそろしいものを読んでしまったと身震いすれば、冷たい風が首元を撫でていた。

窓はしっかりと閉じていたはず、そう思い視線を上げれば、少女はそこに立っている。



「こんばんは」


「あなた……」


「本は読んでもらえたかな?」


「…………。なんのつもりですの?

 このような悪趣味な作り話を読ませて、何がしたいのかしら」


「作り話……。確かにそう言えるかもしれない。

 けれどこの世界では、この先に紡がれる未来」


「本当に、この通りになると?」


「そう。その通りになるよう、私は動く」


「信じられるわけないですわ。

 だいたい、王位継承権の順位を考えれば、私が女王になんて……」


「そこに君の意思は関係ない。私の行動によって、彼らの運命は決まる。

 私は誰も選ばない。それだけで、彼らは王になれないのだから」


「意味がわかりませんわ」



 まるで自分が誰を王にするのか、決定権があるような言いぶり。

ただの平民である彼女が、そのようなことあるはずないことは、聞くまでもなかった。



「この世界はゲームだ。そして君は悪役令嬢」


「それはすでに聞きましてよ」


「そして私は、主人公」


「……は?」


「ゲームの行く末を決める人物。それが私の役割」


「あなた……。少し自意識過剰すぎるんじゃございません?」


「しかし、変えられない事実。信じて欲しい」


「信じられるわけないでしょう?

 手の込んだ本を作ったのは感心いたしますけれど、何も信じるに値するものはございませんわ」


「…………。どうすれば信じてもらえる?」


「どうするもこうするも、あなたの言葉が全てでたらめにしか聞こえませんもの。

 この世界がゲーム? あなたが主人公? それを邪魔するのが私?

 こんなの、どうやって信じろって言うんですの?

 だいたいあなたは、まるでこの世界とは別の世界があると言いたげですけれど、そんなの証明しようが無いじゃありませんの」


「では……。この世界に無いものを見せれば、別の世界の存在を信じてもらえると?」


「少なくとも、その一点においては。

 もちろん、そんなのは不可能でしょうけ……」



 言い終わる前に、彼女は私の前へと歩み寄る。

そして、サイドテーブルにあったランプを手に取ると、目の前へと差し出した。

その瞬間、ランプはぐにゃりと変形し、小さな金属の箱へと姿を変えたのだ。



「これは、この世界に存在しないもののはず」


「…………。一体、何をなさったの?」


「この能力自体は、この世界に存在するスキルと呼ばれるもの。

 私のスキルは、今ある物を思い描いた物体へと変化させるスキル。

 けれど、実在しない想像上の物は作ることができない、そういうスキル。

 そしてこれは、ライターと呼ばれるもの」


「とんでもないスキルですわね……。けれどスキルであるなら、ありえない話ではないですわ」



 彼女は銀の箱へと姿を変えた元ランプの蓋をあけ、中の丸いものを勢いよく親指で回す。

その瞬間ボッと炎が上がり、私たちの顔を明るく照らした。

驚く私を見て満足したのか、彼女は蓋をカチンと戻す。すると炎はかき消され、元の銀の箱へと戻ったのだ。



「炎の魔法……?」


「私の居た世界では、魔法なんてなかった。

 だから、火をつける道具が発明されたんだ」


「そんな道具、見たことも聞いたこともありませんわ」


「当然。これは、この世界の外の世界の道具。

 信じてもらえたかな?」


「…………。いえ、外の世界の証明にはならないでしょう?

 国外の道具であると言われた方が、まだ納得できますわ」


「強情だね。だけど、だからこそ君に……」



 言葉はそこで途切れる。

目を逸らし、ポリポリと頬を掻きながら、少し考え込んでいるようだった。



「私に、なんですの?」


「今のはナシ。ともかく、私の話を……。

 失礼、御令嬢と話すとあって、少々堅苦しい喋り口調になっていたが……。

 慣れた言葉で喋らせてもらって構わないかな」


「はあ……。別に構いませんけれど」


「では、遠慮なく……。

 デュフッ……。慣れない口調に、肩が凝って仕方なかったでござるよ」



 急に滑舌が悪くなり、妙な早口へと口調が変わる。

まるで口の中で言葉を転がしているだけのような、相手に伝える気のない喋り口調。

あまりの変化に、戸惑いよりも嫌悪感が先に来てしまった。



「…………。聞き取りにくいので、戻していただけるかしら?」


「それはあんまりでござる……。

 またドモってしまいそうなので、このままいかせてもらうでござるよ」


「はぁ……。仕方ありませんわね。

 それで、なんの話をしていたかしら……」


「とりま、自己紹介させていただくでござる。

 拙者、世界を渡った転生者というものでござる。

 この世界での名をセイラ。元の世界では、正良タダヨシと言う名でござった」


「転生者……?」



 突飛押しのないことばかりで、驚きという感情はもはやどこかへ消え去ってしまっていた。

正確には、疲れてしまってどうでも良くなっていたのかもしれないけれど。

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