夜の自室にて、私は再び渡された本を読んでいた。
ランプの光が映し出すストーリーは、遠い未来であっても起こるとは思えない話。
その最後には、断頭台へと自ら歩みを進める女王が書かれていた。
女王の名はエリヌス。そして、前夜にやってきたのはヴァイス……。
本の中の私は、自らの結末を受け入れた。その首を民衆に差し出すことが、女王の最後の仕事だと確信して。
到底信じられる内容ではない。
けれど、それまでの話に出てくる人々は、私も知る人物が多く登場している。
そしてその誰もが、私の知る性格と、彼らなら起こすであろう行動をしていた。
ただ、そこに至る経緯が分からない。
私が女王になる? 王位継承権第七位である私が?
それはつまり、上六人がなんらかの理由で、王位を継げなかったことを意味する。
本の中の私は、彼らに一体何をしたのだろうか……。
いえ、それ以前に、この話が「本物の未来」であるなんて、考えられなかった。
おそろしいものを読んでしまったと身震いすれば、冷たい風が首元を撫でていた。
窓はしっかりと閉じていたはず、そう思い視線を上げれば、少女はそこに立っている。
「こんばんは」
「あなた……」
「本は読んでもらえたかな?」
「…………。なんのつもりですの?
このような悪趣味な作り話を読ませて、何がしたいのかしら」
「作り話……。確かにそう言えるかもしれない。
けれどこの世界では、この先に紡がれる未来」
「本当に、この通りになると?」
「そう。その通りになるよう、私は動く」
「信じられるわけないですわ。
だいたい、王位継承権の順位を考えれば、私が女王になんて……」
「そこに君の意思は関係ない。私の行動によって、彼らの運命は決まる。
私は誰も選ばない。それだけで、彼らは王になれないのだから」
「意味がわかりませんわ」
まるで自分が誰を王にするのか、決定権があるような言いぶり。
ただの平民である彼女が、そのようなことあるはずないことは、聞くまでもなかった。
「この世界はゲームだ。そして君は悪役令嬢」
「それはすでに聞きましてよ」
「そして私は、主人公」
「……は?」
「ゲームの行く末を決める人物。それが私の役割」
「あなた……。少し自意識過剰すぎるんじゃございません?」
「しかし、変えられない事実。信じて欲しい」
「信じられるわけないでしょう?
手の込んだ本を作ったのは感心いたしますけれど、何も信じるに値するものはございませんわ」
「…………。どうすれば信じてもらえる?」
「どうするもこうするも、あなたの言葉が全てでたらめにしか聞こえませんもの。
この世界がゲーム? あなたが主人公? それを邪魔するのが私?
こんなの、どうやって信じろって言うんですの?
だいたいあなたは、まるでこの世界とは別の世界があると言いたげですけれど、そんなの証明しようが無いじゃありませんの」
「では……。この世界に無いものを見せれば、別の世界の存在を信じてもらえると?」
「少なくとも、その一点においては。
もちろん、そんなのは不可能でしょうけ……」
言い終わる前に、彼女は私の前へと歩み寄る。
そして、サイドテーブルにあったランプを手に取ると、目の前へと差し出した。
その瞬間、ランプはぐにゃりと変形し、小さな金属の箱へと姿を変えたのだ。
「これは、この世界に存在しないもののはず」
「…………。一体、何をなさったの?」
「この能力自体は、この世界に存在するスキルと呼ばれるもの。
私のスキルは、今ある物を思い描いた物体へと変化させるスキル。
けれど、実在しない想像上の物は作ることができない、そういうスキル。
そしてこれは、ライターと呼ばれるもの」
「とんでもないスキルですわね……。けれどスキルであるなら、ありえない話ではないですわ」
彼女は銀の箱へと姿を変えた元ランプの蓋をあけ、中の丸いものを勢いよく親指で回す。
その瞬間ボッと炎が上がり、私たちの顔を明るく照らした。
驚く私を見て満足したのか、彼女は蓋をカチンと戻す。すると炎はかき消され、元の銀の箱へと戻ったのだ。
「炎の魔法……?」
「私の居た世界では、魔法なんてなかった。
だから、火をつける道具が発明されたんだ」
「そんな道具、見たことも聞いたこともありませんわ」
「当然。これは、この世界の外の世界の道具。
信じてもらえたかな?」
「…………。いえ、外の世界の証明にはならないでしょう?
国外の道具であると言われた方が、まだ納得できますわ」
「強情だね。だけど、だからこそ君に……」
言葉はそこで途切れる。
目を逸らし、ポリポリと頬を掻きながら、少し考え込んでいるようだった。
「私に、なんですの?」
「今のはナシ。ともかく、私の話を……。
失礼、御令嬢と話すとあって、少々堅苦しい喋り口調になっていたが……。
慣れた言葉で喋らせてもらって構わないかな」
「はあ……。別に構いませんけれど」
「では、遠慮なく……。
デュフッ……。慣れない口調に、肩が凝って仕方なかったでござるよ」
急に滑舌が悪くなり、妙な早口へと口調が変わる。
まるで口の中で言葉を転がしているだけのような、相手に伝える気のない喋り口調。
あまりの変化に、戸惑いよりも嫌悪感が先に来てしまった。
「…………。聞き取りにくいので、戻していただけるかしら?」
「それはあんまりでござる……。
またドモってしまいそうなので、このままいかせてもらうでござるよ」
「はぁ……。仕方ありませんわね。
それで、なんの話をしていたかしら……」
「とりま、自己紹介させていただくでござる。
拙者、世界を渡った転生者というものでござる。
この世界での名をセイラ。元の世界では、正良と言う名でござった」
「転生者……?」
突飛押しのないことばかりで、驚きという感情はもはやどこかへ消え去ってしまっていた。
正確には、疲れてしまってどうでも良くなっていたのかもしれないけれど。
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