悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

03お弁当交換会

公開日時: 2021年8月5日(木) 21:05
文字数:2,233

 私の直感が告げるヴァイスの裏の思惑は、意外とかわいらしいものだった。

好きな人とお昼を一緒にしたいけど、でも二人っきりはちょっと気まずい。

そんな時ちょうどよく、共通の知り合いである私を使おうという魂胆だろう。

ちょっと違和感はあるけど、それ以外の理由が思いつかないもの。きっとそうよ。



「さっきからニヤついててうぜえ……」


「あら、仏頂面のほうが良かったかしら?」


「いや、そうじゃねえけど……」



 それにしたって、恥ずかしいからって二人で私を挟むように座るのは、ヴァイスも奥手が過ぎるんじゃないかしら?

まあでも、こういうのは焦っちゃうと失敗するものらしいし、私は余計な口出しなんてせず、影ながらの応援に徹しましょう。



「ま、エリーちゃんの勘違いは放っておくとして……。

 とりあえずさっさと昼飯食っちまおう。時間もなくなるしな」


「まったく……、先が思いやられるわね。

 まあいいわ。エイダ、準備を」


「はい、ただいま」



 短い返事と共に、エイダは両手に抱えていた荷物を開く。

そこには、色とりどりの野菜を使ったサラダや、目に鮮やかな黄色いキッシュ、そして小さく切られ、美しい断面をこちらに見せるサンドイッチの入った、ランチボックスが入っている。



「うわあ……。とっても綺麗なお弁当ですね……」


「ええ。私が目でも楽しめるようにと、シェフが工夫を凝らしてくださいますの」


「コイツ、昔は食が細くて心配されてたからな。

 ちょっとでも食わせようと、試行錯誤した結果がこれだ」


「余計なことをいう口には、その辺の石でも詰めて差し上げましょうか?」


「おまっ……。俺は嘘は言ってないぞ!?」


「ふふっ……」



 ミー先輩は、なにが可笑しいのかかわいらしく笑う。

やってしまった……。いつもの感覚でいたけれど、ここはヴァイスに合わせてあげるべきだったわね……。


 ともかく、話を変えましょう。

私の話をしていたら、二人の邪魔にしかならないもの。



「お二人のお弁当は何かしら?

 考えてみれば、ヴァイスがどういうものを食べてるかなんて、あまり見てこなかったですわね」


「あぁ、大抵エリーちゃんの家で勝手につまみ食いしてるしな。

 ウチは公爵様みたいに、そんないいもんじゃないさ」



 ヴァイスの持っていたカバンから出てきたのは、パンと青リンゴがひとつずつ。

そして、飲み物が入った蓋付きのカップだけだった。



「えっ……。それだけ?」


「これだけ。腹を満たすには十分だろ?」


「あなた、まがりなりにも準男爵なんですから、もう少し見栄えをですね……」


「俺のことに気づけるヤツなんていねえからいいんだよ。

 それに、食い過ぎて動けないなんてことになれば、仕事に支障が出るしな」


「ですが……」


「で、ミーセンパイはどんなのだ?」


「えっと……」



 恥ずかしそうに彼女がカバンから出したのは、茶色い紙袋。

その中には、チーズサンドがひとつ入っていた。



「お恥ずかしながら……」


「あなたたち……」


「待て待て、これが普通だからな!?

 むしろエリーちゃんが異常なんだぞ!?」


「そんなはずは……」



 助けを求めるよう、メイドであるエイダに視線をやる。

貴族と平民の双方の生活を知る彼女なら、どちらが「普通」かを判断できると思ったのだ。

けれど、エイダはさっと目を逸らした。



「…………」


「まーうん……。そんなもんさ」


「あのっ! お昼が簡単なだけですから!

 ちゃんと夜は食べてますから、心配しないで下さいね!?」



 憐れみのヴァイスと、焦りのミー先輩。

それに返す言葉は、残念ながら持ち合わせていなかった。無駄に豪華な昼食はあるのにね……。



「そうですわ! 交換いたしましょう!」


「は?」


「あなたたち! せっかくお昼を一緒にするんですもの、お互いのお弁当は気になるでしょう!?」


「え……。でも、そんなの悪いですよ……」


「なに言ってますの! お二人の普段食べてるものを食べる、またとないチャンスですわ!

 さっ、是非ともこのキッシュを食べてみてくださいな!」


「ちょっ!? エリーちゃん!?」


「お嬢様、食中毒などの危険性が……」


「これは決定事項です!」



 エイダの止める声を無視して、私は二人とお弁当の交換会を強行した。

だって、この中で私だけ妙に豪華な昼食を食べるのは、逆に居た堪れないんですもの。


 エイダも止めはしたけれど、止められないと分かれば食器を取り出し、それぞれに取り分けるのだから、本気で止めるつもりはなかったらしい。


 そして、私の目の前に四分の一のチーズサンドがやってきたのだった。

ひとくち口にすれば、明らかにいつも食べているパンとは違った。

硬く、口の中の水分を全て奪う乾燥したそれは、何か別のものを食べてしまったと感じるほどだ。



「あの……、やっぱりお口に合いませんよね……?」


「いっ、いえ……。そんなことありませんわ」


「おいおい、無理すんなって」


「いえ、でも……」


「あのっ! 勘違いしないで下さいね!?

 これは、働き先でもらった売れ残りのパンで、平民だからパンがおかしいってわけじゃないんです!

 ただ少し古いってだけなんですから!」


「うーん……。そんなの公爵令嬢に食べさせたってのは、それはそれで問題になりそうな……」


「いえ、食べたいと言ったのは私ですもの……。

 でも、ミー先輩はパン屋さんで働いてらっしゃるのね。知らなかったわ」


「あっ……。それは……」



 少し目を泳がせ、先輩の視線はぐるりと宙を舞った。

一体何が、彼女の視線を漂わせたのだろうか。



「あの、お節介だとはわかっているんですが……」



 その前置きを挟み、ミー先輩は踏み込んだ話を始めた。

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