私の直感が告げるヴァイスの裏の思惑は、意外とかわいらしいものだった。
好きな人とお昼を一緒にしたいけど、でも二人っきりはちょっと気まずい。
そんな時ちょうどよく、共通の知り合いである私を使おうという魂胆だろう。
ちょっと違和感はあるけど、それ以外の理由が思いつかないもの。きっとそうよ。
「さっきからニヤついててうぜえ……」
「あら、仏頂面のほうが良かったかしら?」
「いや、そうじゃねえけど……」
それにしたって、恥ずかしいからって二人で私を挟むように座るのは、ヴァイスも奥手が過ぎるんじゃないかしら?
まあでも、こういうのは焦っちゃうと失敗するものらしいし、私は余計な口出しなんてせず、影ながらの応援に徹しましょう。
「ま、エリーちゃんの勘違いは放っておくとして……。
とりあえずさっさと昼飯食っちまおう。時間もなくなるしな」
「まったく……、先が思いやられるわね。
まあいいわ。エイダ、準備を」
「はい、ただいま」
短い返事と共に、エイダは両手に抱えていた荷物を開く。
そこには、色とりどりの野菜を使ったサラダや、目に鮮やかな黄色いキッシュ、そして小さく切られ、美しい断面をこちらに見せるサンドイッチの入った、ランチボックスが入っている。
「うわあ……。とっても綺麗なお弁当ですね……」
「ええ。私が目でも楽しめるようにと、シェフが工夫を凝らしてくださいますの」
「コイツ、昔は食が細くて心配されてたからな。
ちょっとでも食わせようと、試行錯誤した結果がこれだ」
「余計なことをいう口には、その辺の石でも詰めて差し上げましょうか?」
「おまっ……。俺は嘘は言ってないぞ!?」
「ふふっ……」
ミー先輩は、なにが可笑しいのかかわいらしく笑う。
やってしまった……。いつもの感覚でいたけれど、ここはヴァイスに合わせてあげるべきだったわね……。
ともかく、話を変えましょう。
私の話をしていたら、二人の邪魔にしかならないもの。
「お二人のお弁当は何かしら?
考えてみれば、ヴァイスがどういうものを食べてるかなんて、あまり見てこなかったですわね」
「あぁ、大抵エリーちゃんの家で勝手につまみ食いしてるしな。
ウチは公爵様みたいに、そんないいもんじゃないさ」
ヴァイスの持っていたカバンから出てきたのは、パンと青リンゴがひとつずつ。
そして、飲み物が入った蓋付きのカップだけだった。
「えっ……。それだけ?」
「これだけ。腹を満たすには十分だろ?」
「あなた、まがりなりにも準男爵なんですから、もう少し見栄えをですね……」
「俺のことに気づけるヤツなんていねえからいいんだよ。
それに、食い過ぎて動けないなんてことになれば、仕事に支障が出るしな」
「ですが……」
「で、ミーセンパイはどんなのだ?」
「えっと……」
恥ずかしそうに彼女がカバンから出したのは、茶色い紙袋。
その中には、チーズサンドがひとつ入っていた。
「お恥ずかしながら……」
「あなたたち……」
「待て待て、これが普通だからな!?
むしろエリーちゃんが異常なんだぞ!?」
「そんなはずは……」
助けを求めるよう、メイドであるエイダに視線をやる。
貴族と平民の双方の生活を知る彼女なら、どちらが「普通」かを判断できると思ったのだ。
けれど、エイダはさっと目を逸らした。
「…………」
「まーうん……。そんなもんさ」
「あのっ! お昼が簡単なだけですから!
ちゃんと夜は食べてますから、心配しないで下さいね!?」
憐れみのヴァイスと、焦りのミー先輩。
それに返す言葉は、残念ながら持ち合わせていなかった。無駄に豪華な昼食はあるのにね……。
「そうですわ! 交換いたしましょう!」
「は?」
「あなたたち! せっかくお昼を一緒にするんですもの、お互いのお弁当は気になるでしょう!?」
「え……。でも、そんなの悪いですよ……」
「なに言ってますの! お二人の普段食べてるものを食べる、またとないチャンスですわ!
さっ、是非ともこのキッシュを食べてみてくださいな!」
「ちょっ!? エリーちゃん!?」
「お嬢様、食中毒などの危険性が……」
「これは決定事項です!」
エイダの止める声を無視して、私は二人とお弁当の交換会を強行した。
だって、この中で私だけ妙に豪華な昼食を食べるのは、逆に居た堪れないんですもの。
エイダも止めはしたけれど、止められないと分かれば食器を取り出し、それぞれに取り分けるのだから、本気で止めるつもりはなかったらしい。
そして、私の目の前に四分の一のチーズサンドがやってきたのだった。
ひとくち口にすれば、明らかにいつも食べているパンとは違った。
硬く、口の中の水分を全て奪う乾燥したそれは、何か別のものを食べてしまったと感じるほどだ。
「あの……、やっぱりお口に合いませんよね……?」
「いっ、いえ……。そんなことありませんわ」
「おいおい、無理すんなって」
「いえ、でも……」
「あのっ! 勘違いしないで下さいね!?
これは、働き先でもらった売れ残りのパンで、平民だからパンがおかしいってわけじゃないんです!
ただ少し古いってだけなんですから!」
「うーん……。そんなの公爵令嬢に食べさせたってのは、それはそれで問題になりそうな……」
「いえ、食べたいと言ったのは私ですもの……。
でも、ミー先輩はパン屋さんで働いてらっしゃるのね。知らなかったわ」
「あっ……。それは……」
少し目を泳がせ、先輩の視線はぐるりと宙を舞った。
一体何が、彼女の視線を漂わせたのだろうか。
「あの、お節介だとはわかっているんですが……」
その前置きを挟み、ミー先輩は踏み込んだ話を始めた。
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