「それじゃ、よろしくね」
『お嬢の期待にお応えしてみせやしょう』
『定期報告は朝昼晩の三回だったな。そんじゃ、また昼に来るぜ』
スンとすました顔で、その小さな体に凛とした空気を纏わせて歩き去る猫と、バサバサと羽ばたき空へと舞い上がる鳩。他の人が見たら、きっと私が嫌われて逃げて行ったように見えるんでしょうね。
なんて考えながら、お店に戻ろうと立ち上がり振り向いた瞬間、そこには桃色のショートカットの女の子が立っていた。
まさか、今までの話聞かれてたりしないよね……?
「お、おはよう、セイラさん」
「おはようございます、ミー先輩」
怖い……。無表情なのが怖い!
いやいや、セイラさんは実の父親ですら「愛想のない子だ」と言うほど、親の欲目フィルターすらぶち抜く不愛想無表情っぷりだから、いつも通りではあるんだけど!
でもこう、後ろめたいことがあると圧を感じるのは仕方ないことだよね!? 誰に同意求めてるの私は!?
「あの……、いつからそこに?」
「さっき来たところ。猫と鳩の頭を撫でてましたね」
「あ、そうなんだ! セイラさんは猫は好き?」
「私は犬派」
「そ、そう……」
無表情でそれはやめて。別に猫派じゃないけど、なんか心にクる!
でも、少なくとも動物嫌いではないってことでいいのかな?
それに、あの子たちに頼んだことを聞かれたりはしてないみたいだし、一安心。
「冗談。猫も好き」
「冗談なの!? 冗談っぽくなかったけど!?」
「そう……」
「あー、なんかごめんね? 怒ってないからね?」
「別に気にしてない」
「そ、それならいいんだけど……」
ホント! ホントにやめて! めちゃくちゃやりにくいから!
ちょっとは表情にだそ? ね? ね? 本人には言わないけど!
「リボン……」
「え? あ、さっきの子たちのリボン?」
「そう」
「あれは、カノさんにもらったリボンで……」
「知ってる」
「あ、そうだよね」
「飼うの?」
「そういうわけじゃないけど……。えーっと……」
これは考えてなかった! というかリボン付けるのも思い付きだし!
そりゃそうよね、首輪代わりにリボン付けてたら、飼うのかなって思うよね。
いやでもあれはあの子たちにとっての目印であって、私が飼うのとは違うし、何よりあの子たちとの関係はそういう飼う飼われるでもなく……。
じゃない! なんとか誤魔化さないと!
「その、飼ってるのとは違うんだけど、前から世話してる子だから、誰かに拾われても嫌だなって……」
「そうなの?」
「そうなの! お店のお手伝い初めてしばらくして見つけてね、こっそりごはんをあげてたのよ!
でもパン屋さんだし、野良猫と遊んでるのってあんまりよくないかなって思って……」
「なんで?」
「えっと……。食品扱ってるし?」
「別に気にしないと思う」
「そ、そうかな?」
「そう」
な、なんとか誤魔化せたかな? それにしても、こんな言い訳がポンポンと思いつくなんて、私自身びっくりだわ。
まあでも、これで一応時々お世話してる野良猫ってことにできたし、大丈夫……。だといいんだけど。
「もうすぐ開店」
「えっ!? もうそんな時間!?」
「私、先行くから」
「えっ!? 私も行くー!」
って、それって私を呼びに来たってことだよね!? なのになんで一人で行こうとするかなぁ!?
ホント、カノさんが不愛想だって飽きれるわけよ。まあ、根は悪い子じゃないんだけど……。
「って、待って待って! 私も一緒に!」
ちょっと考えごとしている間も、待つ気なく歩いて行くんだから……。
うーん、根っからの不愛想なのかしらね。やっぱ根も悪い子じゃない! 愛想が!
なんて私の考えが、テレパシーに乗って相手に伝わるはずもなく、追いかけてやっと追いついたころには、すでに店の前だった。
「おう、二人ともおかえり。そいじゃ、今日も店開けるぞー」
「はい、よろしくお願いします!」
「…………」
「ははは、ミーちゃんは今日も元気だな! それに比べて……。
まあいい。今日もいつも通り、ミーちゃんはレジへ立ってくれ。
セイラは配達な。今日のルートはカゴに地図入れてるから、迷うんじゃねえぞ?」
「…………」
どんな言葉にも返事はない。けれどそのかわり、こくりと首を縦に振っていた。
せめてうんとかすんとか言いなさいよ! ってウチの親なら言いそうなもんだけどなー。
でもあれかー、カノさんって愛想はいいけど、教育方針は背中で語る的な? そういうのかもだしー?
もしくはもしくは、ただただ娘に甘いだけの可能性も……。
「おーいミーちゃん、早くレジやってくれー」
「あっ、はーい! すぐ行きます!」
なんてことを考えながら、配達へ向かうセイラさんの後ろ姿を見ていると、もうすでにお客さんが来ていたようだった。
あー、色々考えることはあるけど、しゃきっとしなきゃ!
まあ、だいたいの考え事はどうでもいいことなんだけどね。
つまりそれは、現実逃避ってやつ。
だって、エージェントたちが事件に遭遇してしまうとか、その後あの情報屋とやり取りして犯人を追うことになるとか、そんなの考えたくないんだもん……。
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