悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

27友の言葉

公開日時: 2022年5月27日(金) 21:05
文字数:2,068



「めちゃくちゃ夏休み満喫してんじゃん!」



 偽札工場襲撃事件、その顛末を話したあとのバンヒの反応は、私の想定の斜め上だった。

いやいや……。暗殺者を追って、依頼人に悪態をつかれて……。唯一の救いと言えば、アニマルセラピー代わりに、エージェントたちを撫でていたくらいだよ!?

そんな夏休みの想い出のどこに、満喫要素があったというのよ!?



「満喫って……」


「だってそうでしょ? 依頼者の貴族も、なんだかんだミーの事心配してくれてたわけじゃん?

 それに鉄の死神ってのも、想像と違って紳士だったわけなんでしょ?

 話だけ聞いてたら、ちやほやされてたって印象しか残らないのよ! もはやあれよ! モテ期じゃん!」


「ん-? あれー? どうしてこうなった??」



 モテ期? いったい何を言っているんだ……。

ん-でも、バンヒにはそう聞こえたのかなぁ? 話を聞いてなくて、適当に言ってる風ではないよね。

ヴァイスも口と態度は悪いけど、一応心配はしてくれてたのは確かだし。鉄の死神が想像とは違って紳士だってのは、その通りだし……。


 でもねー、それはそれとしてモテ期とは違うと思うのよねぇ……。

だってヴァイスは、本人に向かって「お前は手駒だから」なんて言っちゃう人なのよ。

そんな言いぐさなのに、モテてるわけないでしょ? 常識的に考えて。



「つまりあれかー! ミーは今までモテたことないから、戸惑ってんのね!?

 しかも依頼者と標的の板挟み! そんなの本の中でしか見ない展開よ! うらやましい!!」


「うらやましいって……。私は真剣に悩んでるんだけど……」


「そりゃそうよ! 引く手あまたなんだから悩んで当然!

 片方は少々口と態度の悪い俺様貴族様、もう片方は闇に潜む紳士なダークヒーロー。

 さらにさらに、ミーにはエリヌス様という心に決めたお方がいらっしゃる!

 これぞ三角関係! これで本書いたら爆発的人気作になる予感すらあるわ!!」



 あ、これはなんか変なスイッチ入っちゃってるな!?

だいたい三角関係って何よ!? 登場人物四人だから、四角関係……。いや、そういうんじゃないよ!?

だいたい、全員に言い寄られてるとかそういうんじゃないし!

というかこれって、私のことからかってるでしょ!?



「そういうんじゃないってば!」


「なにがそういうんじゃないのかなー? 違うなら、エリヌス様に対してモヤモヤするはず無いと思うんだけどなー?」


「もうっ!」


「ごめんごめん、そうマジになんないでよ」



 ぺしっと肩をはたけば、さすがのバンヒも悪ふざけが過ぎたと思ったらしい。

へへへと笑いながらも、悪気なさそうに口では謝っている。うん、全然悪気なさそうにね。

まあ、私も本気で怒ってるわけじゃないからいいんだけどさ。



「でもねー、聞いてる限りそうなのよ。

 別に事件に関係する二人がどうこうっていうのは、私はわかんないよ?

 だけどミーは、夏休み明けてエリヌス様に何かひっかかりがあるんでしょ?

 それも、明確に見える違いである、オズナ王子とは別に。

 それってやっぱりミー自身、二人のことが気になってるんじゃない?

 だってその二人とエリヌス様は、二人とは全然関係ないんだもん」


「…………」


「相手が変わってないのに何か違うって思うのはさ、自分が変わったんだってことだと思うよ?」



 バンヒはとんでもない方向から、話を投げかけてきた。

たしかにエリヌス様を見ていると、なんというかモヤモヤするというか、ひっかかる感じはあるんだけど……。


 でも、私のエリヌス様に抱く畏敬の念や、あの時助けていただいた感謝は変わっていない。

むしろ毎日夜寝る時に顔を思い浮かべていたくらいで……。

あれ? 最近寝る時思い浮かんでいる人は……。



『あの男は少々面倒だ。少しばかり、空の散歩と洒落込もうじゃないか』



 眠りに落ちる瞬間、ふわりとした感覚と共に耳に蘇る声。それは鉄の死神……?

いやいや、これはあれよ!? あの時空を飛んだ感覚が、眠りに落ちる感覚と似てるから思い出すだけで……!


 そりゃ、優しい人だったし? やってることはともかく、信念を持って行動してる人だって分かったけどね!?

でも相手は何人もの人を手にかけてる暗殺者で、極悪人なんだから!!


 それにあんな体験したら、誰だって忘れられなくて何度も思い出しちゃうでしょ!?

空を飛ぶ魔法なんて、普通の人には扱えない高度なものなんだから!

だからきっと気のせい! 気のせい以外のなにものでもない! ……はず。



「そんなことない……。だって今でもエリヌス様のことは……」


「うん、その気持ちは変わってないかもね?

 でも、自分の周りが変わって、考えることが増えるっていうのも、十分な変化だよ。

 ミーには、ゆっくり気持ちを整理する時間が必要なんじゃないかな?」


「そうなのかな……」



 ふと気づいてしまった私の中のなにかと、バンヒの何気ない言葉。

そのふたつがぐるぐると、自らの尻尾を追いかける仔犬のように頭の中を駆け回り、訳が分からなくなる。


 午後の授業なんてきっと耳に入らないし、今日の夜は眠れないだろう。

そんな見えきった予想という想像に逃げることくらいしか、この巡る頭の中の仔犬を大人しくさせる方法はなさそうだ。

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