「めちゃくちゃ夏休み満喫してんじゃん!」
偽札工場襲撃事件、その顛末を話したあとのバンヒの反応は、私の想定の斜め上だった。
いやいや……。暗殺者を追って、依頼人に悪態をつかれて……。唯一の救いと言えば、アニマルセラピー代わりに、エージェントたちを撫でていたくらいだよ!?
そんな夏休みの想い出のどこに、満喫要素があったというのよ!?
「満喫って……」
「だってそうでしょ? 依頼者の貴族も、なんだかんだミーの事心配してくれてたわけじゃん?
それに鉄の死神ってのも、想像と違って紳士だったわけなんでしょ?
話だけ聞いてたら、ちやほやされてたって印象しか残らないのよ! もはやあれよ! モテ期じゃん!」
「ん-? あれー? どうしてこうなった??」
モテ期? いったい何を言っているんだ……。
ん-でも、バンヒにはそう聞こえたのかなぁ? 話を聞いてなくて、適当に言ってる風ではないよね。
ヴァイスも口と態度は悪いけど、一応心配はしてくれてたのは確かだし。鉄の死神が想像とは違って紳士だってのは、その通りだし……。
でもねー、それはそれとしてモテ期とは違うと思うのよねぇ……。
だってヴァイスは、本人に向かって「お前は手駒だから」なんて言っちゃう人なのよ。
そんな言いぐさなのに、モテてるわけないでしょ? 常識的に考えて。
「つまりあれかー! ミーは今までモテたことないから、戸惑ってんのね!?
しかも依頼者と標的の板挟み! そんなの本の中でしか見ない展開よ! うらやましい!!」
「うらやましいって……。私は真剣に悩んでるんだけど……」
「そりゃそうよ! 引く手あまたなんだから悩んで当然!
片方は少々口と態度の悪い俺様貴族様、もう片方は闇に潜む紳士なダークヒーロー。
さらにさらに、ミーにはエリヌス様という心に決めたお方がいらっしゃる!
これぞ三角関係! これで本書いたら爆発的人気作になる予感すらあるわ!!」
あ、これはなんか変なスイッチ入っちゃってるな!?
だいたい三角関係って何よ!? 登場人物四人だから、四角関係……。いや、そういうんじゃないよ!?
だいたい、全員に言い寄られてるとかそういうんじゃないし!
というかこれって、私のことからかってるでしょ!?
「そういうんじゃないってば!」
「なにがそういうんじゃないのかなー? 違うなら、エリヌス様に対してモヤモヤするはず無いと思うんだけどなー?」
「もうっ!」
「ごめんごめん、そうマジになんないでよ」
ぺしっと肩をはたけば、さすがのバンヒも悪ふざけが過ぎたと思ったらしい。
へへへと笑いながらも、悪気なさそうに口では謝っている。うん、全然悪気なさそうにね。
まあ、私も本気で怒ってるわけじゃないからいいんだけどさ。
「でもねー、聞いてる限りそうなのよ。
別に事件に関係する二人がどうこうっていうのは、私はわかんないよ?
だけどミーは、夏休み明けてエリヌス様に何かひっかかりがあるんでしょ?
それも、明確に見える違いである、オズナ王子とは別に。
それってやっぱりミー自身、二人のことが気になってるんじゃない?
だってその二人とエリヌス様は、二人とは全然関係ないんだもん」
「…………」
「相手が変わってないのに何か違うって思うのはさ、自分が変わったんだってことだと思うよ?」
バンヒはとんでもない方向から、話を投げかけてきた。
たしかにエリヌス様を見ていると、なんというかモヤモヤするというか、ひっかかる感じはあるんだけど……。
でも、私のエリヌス様に抱く畏敬の念や、あの時助けていただいた感謝は変わっていない。
むしろ毎日夜寝る時に顔を思い浮かべていたくらいで……。
あれ? 最近寝る時思い浮かんでいる人は……。
『あの男は少々面倒だ。少しばかり、空の散歩と洒落込もうじゃないか』
眠りに落ちる瞬間、ふわりとした感覚と共に耳に蘇る声。それは鉄の死神……?
いやいや、これはあれよ!? あの時空を飛んだ感覚が、眠りに落ちる感覚と似てるから思い出すだけで……!
そりゃ、優しい人だったし? やってることはともかく、信念を持って行動してる人だって分かったけどね!?
でも相手は何人もの人を手にかけてる暗殺者で、極悪人なんだから!!
それにあんな体験したら、誰だって忘れられなくて何度も思い出しちゃうでしょ!?
空を飛ぶ魔法なんて、普通の人には扱えない高度なものなんだから!
だからきっと気のせい! 気のせい以外のなにものでもない! ……はず。
「そんなことない……。だって今でもエリヌス様のことは……」
「うん、その気持ちは変わってないかもね?
でも、自分の周りが変わって、考えることが増えるっていうのも、十分な変化だよ。
ミーには、ゆっくり気持ちを整理する時間が必要なんじゃないかな?」
「そうなのかな……」
ふと気づいてしまった私の中のなにかと、バンヒの何気ない言葉。
そのふたつがぐるぐると、自らの尻尾を追いかける仔犬のように頭の中を駆け回り、訳が分からなくなる。
午後の授業なんてきっと耳に入らないし、今日の夜は眠れないだろう。
そんな見えきった予想という想像に逃げることくらいしか、この巡る頭の中の仔犬を大人しくさせる方法はなさそうだ。
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