「では、失礼しま……」
「待ちなよセイラ君。せっかくだ、お茶でも飲んで行きなさい」
「えっ……」
「最近どうしているか、話を聞きたいとも思っていたんだ」
カーテンで仕切られた先、音楽室の様相を呈している部屋からは、フリードとセイラの会話が聞こえてきた。
私は保健室の天井の模様で迷路遊びをするのを中断し、二人の話に聞き入る。
多分彼がわざわざ私をここに連れてきた理由が、そこにあるはずだもの。
そっと立ち上がり、カーテンの隙間から二人の様子を覗いてみる。
テーブルを挟んで向かい合わせの椅子に座る、桃色の髪の生徒。それに対するは、白衣姿の銀髪の学校医。
一見すれば、何かを相談しに来た女生徒と、その相談の聞き役に徹している学校医にしか見えない。
だがその裏では、腹の探り合いが始まろうとしているのだ。
学校医フリードは立ち上がり、お茶の準備を始めた。
楽器が並び、音楽室の様相となった部屋ではあるが、その中には保健室の面影もある。いえ、それ以上の機材もまた、並べられているのだ。
教員ではなく、医者として資格を持ちこの保健室で勤務しているフリードには、薬の処方も許可されている。
そのため、薬草の瓶やアルコールランプ、ビーカーなど……。見方によれば元々、この保健室は理科室のようでもあった。
薬草の瓶の棚から一つ取り出し、ビーカーに中身をふた匙ほど入れれば、アルコールランプで沸騰させたお湯を注いだ。
見るからに理科の実験か、もしくは調薬のようにしか見えない。けれどそのビーカーの中身は、いつもお茶の時間に見ている、赤い液体へと変わっていった。
そんな様子を覗いていると、耳元にふっと声がかかる。
「おいおい……。紅茶を入れるにしても、もうちょっと見た目どうにかしろよな……」
「出たわね、ヴァイス」
「あんまりな言いようだな。お前さんのためにイイモン持ってきたってのによ」
そう言ってヴァイスは、透明な瓶に入った水を差しだしてきた。
それはしっかりと栓がされていて、未開封を示す印も付いている。確実にどこかで買ってきたものだと分かる代物だ。
けれど少なくとも、ビーカーに入った紅茶よりは、飲みたいと思わせるものだった。
「なにかしら?」
「おまえさんが倒れたトコ見てたからよ、熱中症の時に飲ませる用の水が売ってたなって思い出して、ちょいと街まで買いに行ってきたのさ。
ま、今の様子見るに、いらなかったかもしれねえがな」
「あら、ありがとう。あなたにしては気が利くじゃない」
「余計なこと言わなけりゃ、かわいいもんなのにな」
「あなたのことだから、高いんでしょう?」
「余計なひとことを追加してんじゃねえよ。ま、せっかく買ってきたんだ、飲んどきな」
「そうね。それじゃ、お言葉に甘えて……」
一口飲めば、レモンの香りが鼻を抜ける、優しい甘さの水だった。たしかにこれは、今日のように暑い日にはありがたい一本ね。
それにしても、こんな水をわざわざ買いに行くあたり、ヴァイスも心配してくれてたのね。
「おいしかったわ、ありがとう」
「そりゃどうも」
「それで、見返りはいくらほどお望みかしら?」
「そんなんじゃねえよ。それに、アレに出くわせただけで十分だしな」
「アレ?」
「あの二人だ」
指さす先には、カーテンの隙間越しに見える二人だった。
まったく、人様のあれこれを覗くなんて、情報屋はいつだって抜け目ないわね。
しかしその先の光景は、情報屋でなくても噂好きの人なら見逃せないものだったわ。
なぜなら、フリードの様子は私と違って、妙に優しい眼差しだったんだもの。
「お待ちどうさま」
かちゃりとテーブルに置かれたのは、先ほどのビーカー抽出の紅茶だ。
けれどそれは、どこから出してきたのか、王族御用達のティーカップに入れられていた。
元がどういった方法で淹れられていたとしても、こうして最終的な器が上品であれば、いいものに見えてしまうものだ。
「ありがとうございます……」
「ふふっ、王族に紅茶を入れさせる平民なんて、君が初めてではないかね」
「すっ、スミマセン……」
「なんてね、冗談さ。ちょっと困らせてみたくなってね」
「…………」
「私は昔から、お茶を淹れたりするのが好きなのさ。
というのも、弟たちのために淹れてあげたくてね。使用人に教えてもらったってわけさ」
使用人たちがビーカーでお茶を淹れるわけがないでしょうが! と言ってやりたいけれど、ここはぐっと我慢。
彼のことだ、嘘半分本当半分。その程度に聞き流しましょう。
「さすが重度のブラコン。弟のためなら使用人ごっこすらするのかよ」
「それだけじゃないわよ。お菓子作りも、洗濯掃除も……。彼は使用人として働けるレベルよ」
「おいおい、んなもん王位継承権第二位がすることじゃないぜ?」
「ただし、弟のためならという前置きが付くわ」
「もはや病的だな……」
「病的なのよ」
のぞき込む私たちのため息が、不意に重なる瞬間だった。
それにしても、そんなフリードが、なぜ彼にもこんなに親切にするのかしら?
やはりこれは、ゲームの主人公という要素によるものなのかしらね。
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