母による夜中のお説教大会、それは随分と遅くまで続いた。
貴族としての振る舞いを間違えたことは、母にとって耐えられぬほどの不手際だったのだ。
現国王の妹であり、王位継承権も持っていた母にとって、女王になることは夢であった。
だが、叶わなかった夢をかわりに私に叶えさせたい、そう願うのは、はっきり言えば苦痛でしかない。
なんて思いつつも、お説教を黙って聞くほかなかった。
父も父で、屋敷の警備の甘さは自身の落ち度だと私を庇ってくれていたが、母にとっての重要事項はそこではない。
そのため、的外れなことを言っていると、母のイライラはより一層高まり、父に対してもネチネチと小言を言い出すのだった。
もしくは、父はそれを見越して、的外れと分かりつつ口を挟んだのかもしれないが……。
ともかく、今回の事件は母にとって公になど絶対にできるものではないということだけは、念押しされたのだ。
つまり、事件は揉み消すことが決定した。
そして私は、平民に対し「貴族らしく」振る舞うようにと、厳命されたのだ。
それは、彼の描いた台本通りの展開であり、ひいては彼が、父や母の行動を正確に予想できるほど、二人のことをよく知っているという証明でもあった。
やはり彼は、ただの平民ではない。それがはっきりしただけで、小言を聞く価値はあったと言える。
そうして解放された私は、自室へと戻ってきたのだ。
割れた窓には木の板が打ち付けられており、隙間風が冷えた春の、夜の空気を室内へと招き入れていた。
そして、部屋の四隅には、結界用の魔法陣が描かれている。
おそらくこれは、侵入者を即座に感知するためのものだろう。
他に変わっている点と言えば、私のベッドの横に、簡易的な寝るためのスペースが作られていた点。
専属メイドのエイダは、今日から夜を共にするつもりなのだ。
「おかえりなさいませ、お嬢様。お疲れでしょう、すぐにお休みになられますか?」
「ええ、そうね。掃除してくれたのね、ありがとう」
「いえ。メイドとして、当然のことです」
「それに、結界も張ってあるわね。これはただのメイドではできないことよ」
「わたくしの、数少ない特技ですので」
「十分な特技よ」
彼女は魔法に秀でた人物だ。
それを買われ、魔法が使えない私をサポートするために、専属のメイドとなっている。
逆に言えば、メイドとしての技能だけを言えば、少々不足しているということだ。
しかし、彼女はそれだけではない。十分すぎるほどに、賢い人物でもあった。
警護の者たちが部屋から遠ざかったのを確認し、彼女は防犯用の結界の強化を始めた。
部屋の四隅の魔法陣はうっすらと妖しく光り、ぴたりと窓の隙間から入る風を止めたのだ。
「いったい、なんのつもりかしら?」
「いえ、少々外に漏れると面倒な話をせねばなりませんので、防音結界に変更させていただきました」
「ふふっ……。あなたにかかれば、私なんてあっという間に消されてしまうわね」
「そんなつもりはありませんよ」
笑えないじょうだんに、笑うつもりもなく答えるエイダ。
彼女は隣に居ながら、最も警戒すべき相手であることは、常々私の直感が告げていた。
「それで、聞かれてはいけない話とは何かしら?」
「少々不自然なのです」
「不自然?」
「お嬢様、どうして窓が割れていたのでしょうか?」
「それは……。侵入者は鍵が閉まっていたから、割って入ってきたのよ」
「そうですか……。では、椅子が窓の外に投げられていたのはなぜでしょうか」
「私が、入ってきた相手に向かって投げたからよ」
「なるほど……」
「そんなことを聞きたかったの?」
「では、なぜガラスの破片は、部屋の中ではなく、外に散らばっていたのでしょうか」
「…………。どういうことかしら?」
彼女はすっと立ち上がり、木の板が打ち付けられた窓へと近付く。
そしてゆっくりとそれを撫でながら、推理を披露したのだ。
「相手が窓を割って入ってきた。お嬢様はそれに驚き、咄嗟に椅子を投げて身を守ろうとした。
そして椅子は、割られた窓を通り、外へと向かった。そうおっしゃりたいのですね?」
「ええ、そうよ」
「ならば、外から割られた窓ガラスの破片は、部屋の中に散乱していないとおかしいのですよ。
ですが、ほとんどのガラスが、外へと追いやられていた……。
それはつまり、椅子を投げた時、ガラスはまだ割れていなかったということです。
おかしいですね。窓には鍵がかかっていたのに、なぜ彼女は入ってこられたのでしょう?」
「どうだったかしら……。気が動転していて、私もよく覚えていないわ。
ただ驚いて、咄嗟に椅子を投げたのは確かなのだけど」
「では、彼女が窓の外に見えたので、驚いて椅子を投げたとした場合、なぜ椅子を避けられたのでしょう。
ここは二階です。屋敷の屋根から紐を垂らし、伝ってきたのであれば、ぶら下がった状態で避けたことになる。
はたして空中で、そううまく避けることができるでしょうか。
避けることができたとして、割れた窓から侵入したのであれば、切り傷のひとつもあったはずです。
確認しましたが、傷ひとつどころか、紐を伝った際にできるであろう、手のひらの火傷痕すらなかったのです」
「何が言いたいの?」
「いえ、状況から矛盾なく推測するのならば、彼女の侵入後に、窓が割られたと考えるほかないかと……」
淡々と事実を並べ、彼女は真実へと辿り着く。
その様子は、小説に出てくる探偵そのものだった。
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