青い空が高く澄み渡る秋空の下、私は体操着にてグラウンドへと立つ。
昔はともかく、今では暑さの残る日差しの下でも体調を崩すことなく、残暑の中の体育の授業も平気だ。
なにより最近は、夜の仕事の時は動きやすい服を着ていて、それに慣れてきてしまっている分、社交界のドレスはもちろん、学園の制服さえも面倒で、体操着の方が着心地よく感じてしまっている。
そんな理由で体育の授業が気に入るのも変な話だけれど、とくにここしばらくの授業の内容は、ひそかに気に入っていたりする。
「準備運動後は二人一組になって、キャッチボールを始めるように」
そう、私が気に入っているという授業は、球技大会へ向けてのソフトボールだ。
本来学園で行われる体育の授業は、この学園の存在意義である「スキルを持つ者に、自身のスキルを自覚させ、国に貢献させるための教育機関」という名目のもと、剣術や武術の授業を行うのが通常だ。
そりゃ当然よね。そういった類のスキルを持つ者は、即戦力の兵士になるんだもの。最優先で取り組むべきだと私も思うわ。
それになにより、使い道もよくわからないスキル……。たとえば「他人から認識されなくなるスキル」なんかより、よっぽど見つけるのが簡単だもの。
実際に武器を持たせ、戦わせる。それだけで判明する戦闘系スキルを洗い出すために、体育の授業を活用するのは効率的ね。
そんな中では、私は逆にうまく欺かないと、うっかり「必中」なんていう暗殺に適したスキルを持つことが気づかれてしまうのよね。
万一それを周囲に悟られたとすれば、危険なスキルを持つ者として、少なくとも王位継承権ははく奪。それに追加して、社交界への出入りも禁止されるでしょう。
まあ、私自身はそれでもいいのだけど……。そんなことになれば、お母様が面倒なことになるのは見えているので、うまく隠し通そうとしているのが今の現状ね。
キャッチボールでさえ、うますぎると怪しまれるきっかけになるわけで……。
「お嬢様、キャッチボールのお相手はわたくしが……」
「エイダ、相手がもう決まっているのは、話してありましたわよね?」
「ですが……」
準備運動を終え、そそくさと近づくエイダは、いつもの凛々しいメイドというよりは、かまって欲しくて近寄ってきた仔犬にも見える……。のは、多分気のせいね。
なにせ順当に考えるのなら、体育で公爵令嬢の私とペアになれる生徒なんて、専属メイドのエイダ以外なら恐れ多くて普通はできないもの。
けれど残念ながら、夏休み明けすぐにメイドとしての夏休みを取っていたエイダは、組み合わせを決める授業の時に学園も欠席していたため、仕方なく私は他の生徒と組まされたわけだ。
本来、それが誰であろうと私は気にしないのだけど……。
「よろしくおねがいします……」
その相手というのが、無表情でこちらを見つめ立っている、桃色の髪の少女、セイラだ。
昼も夜も面と向かって話す時間があると、そろそろその変わり映えのない表情も相まって見飽きてしまうというものね。
そのうえ、なぜか球技大会のソフトボールでの守備位置さえ、私がピッチャーで彼女がキャッチャーなんですもの。面と向かう時間が長すぎますわ。
「まったく、勝手に決められていい迷惑ですわ。せいぜい、私の足を引っ張らないことね」
「はい……」
嫌味を投げながらグローブを付ける。白球をポンポンと叩きつけながら思うのは、お互いうまく役になり切っているなということだ。
いえ、なり切ろうとしているのは、私だけかもしれない。悪役令嬢として「授業だから仕方なくやっている感」というのは考えながらの行動だけど、アイツはただ口数を減らして、いつもの気持ち悪い喋り方をしないようにしているだけだもの。
なんだか釈然としないのって、私がだけが苦労させられてる気がするからなのかしらね……。
なんて考えながら、小さくため息をつく私に、エイダは声を掛けてくる。
「ではせめて、お嬢様が快適に過ごせますようお手伝いいたします」
「エイダ、授業中でしてよ?」
「はい。いついかなる時もお仕えするのが、メイドの務めですので」
真っすぐな目でそう言い切るけれど、メイドとしての真面目さが一周回って残念なことになってないかしら?
もしかして、自分は授業に参加しないでいいと思っているとか?
なんだか最近、エイダのこともよく分からなくなってきましたわ……。
「それになにより、私にはお相手がおりませんので、問題ないかと存じます」
「エイダ―! お前は先生とキャッチボールだー!」
「…………。呼んでますわよ?」
「お気になさらず」
お気になさらずじゃないんだけど!? ホント、何考えてるのよ!?
まったく、本当に最近のエイダは様子が変なきがするのよね。
多分、私がセイラと長時間一緒に居ることで、どっちかがボロを出さないかと心配していてのことなんでしょうけれど……。
「早くお行きなさい! 使用人が落第なんて、主人の面子に関わりますのよ!」
「…………。かしこまりました」
強めに言えば、キッと教師を睨みつけながらも、深く頭を下ろし一礼してエイダは走り去る。
まったく、エイダも心配性なんだから。でも使用人をしかりつけるのも、なんだか悪徳貴族っぽいし、悪役令嬢感も出せてるかもしれないわね。
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