病的な弟狂い、学校医のフリード。その向かいには、自称この世界(ゲーム)の主人公セイラ。
それをカーテンの隙間越しに覗く悪役令嬢である私と、情報屋ヴァイス。
冷静になってみれば、なんとも濃いメンツが集まったものだと思う。もしくは、何かの意思によって集められたのかもしれないけれど。
「しっかしあいつら、世間話しかしねえな」
「情報屋としては、握れそうな弱みが落ちてなくて残念でしたわね」
「くそっ、じれってーな! ちょっと俺がやらしい雰囲気にしてくるか!」
「やめなさい。平民と王族のスキャンダルは情報屋としてはおいしいでしょうけど、相手はあのフリード様よ?」
「そりゃな。王位継承権第二位をゆすろうものなら、命はいくらあっても足りねえもんな」
「あら、知らないふりかしら? あなたほどの情報屋が、貴族の間の噂話もつかめてないなんてわけないわよね?」
「さて、なんのことだろうね?」
クククと笑うヴァイス。まったく、しらばっくれてもお見通しだっていうのに……。
もしくは「なんのこと」の言葉の中には、私の知らないフリードに関する情報があるからこそ、タダで教えるつもりはないってことかしらね。
かまをかけられて、まんまと情報を聞き出されるなんてことになれば、情報屋の名折れだもの。
「まあいいわ。どうせ知ってるでしょうけど、さっきの水の代金として教えてあげる。フリード様は、女遊びがひどいって有名なのよ」
「おいおい、そんなこと言って大丈夫かよ? さすがの公爵令嬢でも、王族への不敬は許されるとは思えねえぜ?」
「一応言っておきますけど、私も王族でしてよ?」
「おっと、そうでしたねお嬢様……」
「いつまでそうやってバカやってるつもり?」
「へへ、ちょっと興が乗っちまってな」
「まったく……」
調子に乗ったヴァイスの相手は、本当に体調が悪くなりそうだ。このまま二人のことは放っておいて、ベッドで眠ってしまいたいと思うほどに。
とはいっても、そういうわけにもいかないのだけどね。
「ま、俺も当然知ってるさ。出会う女全員って言っていいほどに、えらく高いプレゼント送ってるらしいな。
それで釣れた女と遊び歩いてるとかなんとか。次期国王候補にそんなことされて、舞い上がらないヤツはいないだろうさ」
「なにがしたいのかしらね、あの人は……」
「さあよ。だが、今回も遊びとは限らないだろ?」
「どうかしらね」
そうは言うが、セイラに対しては本気になるであろうことを私は知っていた。
なぜなら彼の説明によれば、主人公であるセイラには、誰しもが本気で付き合いたいと思っており、その上でエンディングとやらに向かいたいと願っているそうなのだから。
あの無表情で無口で不愛想な女のどこがいいのかしら、なんて悪役令嬢の私なら言うだろうけど、実際今の私もまた、同じ感想だ。
「しっかし、生徒に手出すために学校医なんてやってんのかね? 通報案件だぞ」
「彼の名誉のために言っておくけど、それは違うわ」
「お? お前さんがアイツの肩を持つのか?」
「私は、私が苦手とする相手であっても、変な憶測で貶めるのは嫌なだけよ」
「ほー? それじゃエリーちゃんは、なんでアイツが学校医やってんのか知ってるんだな?」
「ええ、もちろん。あらあら、情報屋さんはご存知ない?」
「弱みにならねえ情報には興味ないんでな。生徒に手を出すためだってんなら、これから裏を取ろうかと思ってたところさ」
「なんというか、普通は言葉を濁すようなことをバッサリと言い切るわね……」
「今さらエリーちゃんに対して猫被ったって仕方ねえだろ?」
「そうね、あなたのねじ切れる程にひねくれた性格は、よくわかってるもの」
「そりゃどうも。それで、なんでアイツは学校医なんてやってんだ?」
「あら、教えて欲しいの? どうしようかしらね」
「ちっ……。いつもとは立場が逆じゃねえか。何がお望みだ?」
いつもの営業スマイルはどこえやら、苦々しい顔でボリボリと頭をかくヴァイス。
どうやらいつもしていることを逆にされるのが、相当こたえたようね。
まあ、そんな完全敗北の顔を見られただけで、私は十分満足だわ。
「冗談よ。簡単な話、次期国王決定戦に参加するには、学園に在籍してた方が有利ってこと」
「ほう、アイツも一応はそういうこと考えてるのか」
「当然、あなたは王位継承権がどのように設定され、次期国王がどうやって選ばれるか知ってるわよね?」
「一応はな。現国王の第一子が生まれた時点から、前後五年の間に生まれた王族に王位継承権があるってやつだろ?」
「そうよ。今回で言えば、オズナ王子の±5歳以内の王家の血筋の者が、王位継承権を持つ。
王に近い血縁の男子から順に、継承権の順番を付けるというルールもあるわね」
「そのおかげで、お前さんは血筋的には王位継承権第二位のはずが、最下位の六位にされたんだよな」
「そうなのよ。おかげでお母様は、私が男だったらっていつも言うのよね……。って、それは今は関係ないわよ。
つまりよ、その上下5歳以内というルールが、どういう結果になるか分かるわよね?」
「そりゃお前、みんな似た歳になるんだから……。ああ、そういうことか。
同じ学園内に居れば、どちらが王にふさわしいかアピールできるって寸法だな?」
「そういうこと。そして王に正式に決定されるのは、王位継承権の順位だけじゃない。
王位継承権第一位の者が18歳になった時、全貴族からの投票で、最もふさわしいとされる者が国王になるというのがルールよ」
「俺も投票件あるんだよなー。お前さんに入れてやってもいいぜ?」
「遠慮しておくわ。って、そうじゃないでしょ?」
「わーってるって。貴族だらけの学園で貴族に媚びを売る。そのために学園に入っておくとお得と思ってるわけだ」
「そういうことよ」
こんな国王の決め方、普通ではないことは何となく感じていた。けれどセイラの正体を知った時、妙な納得感を得たルールだった。
これは恋愛シミュレーションゲームでの無茶を成立させるためのルール。つまり、主人公が選んだ相手が国王になるという、エンディングのためにゆがめられた規則なのだ。
まったく、自称主人公との出会いによって長年の疑問が解消されるなんて、不思議なものね。
「まあでも、フリード様にとってそれは、ただの建前なのだけどね」
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