悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

08残暑と熱気と

公開日時: 2022年8月12日(金) 21:05
文字数:2,180



「話を聞いて、腑に落ちました」



 ミー先輩は、エイダの淹れたお茶を飲み、一息ついてからそう口にした。



「なにが腑に落ちましたの?」


「オイゲン様のことといいますか、球技大会のことです。

 男子生徒は去年より、盛り上がっているというか、妙に浮き足立っている感じがしていましたので……」



 やはり渦中にいなくとも、雰囲気の違いというものはミー先輩も感じていたらしい。

だとしても、まさかそれが王位継承権問題に関わるものだなんて、つゆにも思っていなかったのでしょう。



「そりゃ浮き足立つってもんよ。これでコネ作っておけば、将来甘い汁を吸えるかもしれねえんだからな」


「私はてっきり、去年よりみんな仲良くなっているので盛り上がっていると思っていたんですけどね……」


「そりゃ平和ボケしすぎの考えだな」


「そうであったなら良かったのに、残念ですわね」


「でも、少しほっとしました。エリヌス様は、その問題に巻き込まれていないようですので」


「あら、心配してくださっていたの?」


「ええ。色々と気苦労もあると思いますし……」


「ご心配いただきありがとうございます。けれど、こういうことは、貴族にとってはいつものことですのよ」


「それでもです!」



 ミー先輩が身を乗り出してそういうものだから、少し驚いてのけぞってしまう。

こんなに心配してくれるなんて、そんなに私は疲れて見てたのかしら?



「まあでも、心労ってんなら無関係じゃねえだろ?」


「あら、何かありましたかしら?」


「お前なぁ……。将来の旦那と、その敵対勢力の一騎打ちって状況だぞ? お前にゃ応援っつう、ダイジなヤクメがあるだろうがよ」


「あー……。面倒ですわね」


「おいおい……」



 本来ならばオズナ王子が無事勝利できるよう、甲斐甲斐しいサポートや、もしくは悪役に徹するのなら、裏工作でもするえきなのかしら?

でも今のところ、セイラからはなにも言われていないのよね。

その場合は、大抵好きにしてもらっていいってことなんだけど……。



「ま、お前さんがめんどくさがろうが、周りが放っておいちゃくれねえさ」


「そうですわね。なにも言われないのもまた、それが当然だと思われているからでしょうし」


「あ? 誰になにを言われんだよ?」


「そうね、コネを作りたい有象無象とかかしら」


「そーかい」



 実際のところは、私に近寄ってくる貴族というのは少ない。

それは、私の背後に常に控えているエイダの圧に屈しているのも理由のひとつだ。

けれど一番の原因は父にある。叩けば必ず埃が出る他の貴族と違い、父はどれだけ探っても、清廉潔白の証拠しか出ないともっぱらの噂だ。


 まあ、その噂の発生源はヴァイスなのだけど。

この無駄に優秀に情報屋ですら弱みを握れないという事実こそが、私に取り入ろうとする貴族どもを蹴散らしているのだ。


 おかげで平和な学園生活を送れていたわけだけども、オズナ王子側から攻められると、そうもいかないのが悩みの種なのよね。

人が良すぎるオズナ王子が、腹に面倒ごとを抱えた人たちにいいようにされかねないのだから。



「考えたって仕方ありませんわ。勝ち負け関係なく、正々堂々勝負していただきましょう。

 別に今回の件だけで王位云々の話が決まるわけでもありませんもの」


「そうだな。ま、俺は今回の件で稼がせてもらうけどな」


「まったくあなたは……。けれど球技大会で売れる情報なんてあるのかしら?」


「へへっ、今回のシゴトは情報屋じゃねえのさ」


「なんであれ、よからぬことを考えているのは確実ですわね……」


「信用ねえなあ? ただどっちが勝つかの賭けの胴元をやるだけの話だぜ?」


「ええ……。うん、そうね。頑張ってちょうだい」



 まさか賭博の対象にするなんて……。

なんだか呆れ果てて、何かを言う気も失せてしまったわ。


 そんなお昼休みを終えて教室に戻れば、ヴァイスの言葉が嘘ではなかったことを示すように、妙な熱気が部屋中を包んでいた。

それはただイベントが楽しみで浮足だった様子とは違う、なにかこう、湿度が高くドロリとした空気が肌を伝うような、不快さを伴うものだ。

もしくは気のせいで、ヴァイスの話を聞いたせいで勝手にそう感じ取ってしまっているだけかもしれないけれど。


 皆が皆授業など上の空で、各々何か考えを巡らせているのだろう。

明らかに板書の量に見合わないほどに、ガリガリとノートに何かを書く人も居て、鉛筆を走らせる音さえも緊張感を持っていた。

本人にとっては、ここで活躍すれば一目置かれ、ともすればより高い地位へと上り詰められるのかもしれないのだから、熱が入るのも理解できる。

まあ、最終的にはオズナ王子の心ひとつなのは変わらないのだけど。


 そういった、下克上を目論む貴族たちの熱気を浴びているうちに午後の授業も終わる。

教師も呆れ顔だったけれど、イベントに浮かれるのは仕方ないことだと言葉を残し教室を去るほどには、諦めはついているらしい。


 さて、放課後なんてものは、大抵の生徒はさっさと帰路につき、平民ならば家業の手伝いなどに精を出すものだ。

けれど今日に限っては違うらしい。男子生徒たちは皆でオズナ王子の元へと集まり、円陣を組んでいるのだ。

その様子に、ぽろりと本音が漏れた。



「…………。暑苦しいわね」


「放課後に練習をするという話にございます」



 静かなエイダの言葉に、納得よりも呆れが先行した。

理由はあるにせよ、そこまで熱心になれるとは、むしろ羨ましいくらいだわ。

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