「ど、どうしましょう……」
両手に飴を抱えながら、拭えぬ涙がぽたぽたと落ちる。
もしこのまま二度と会えなくなってしまったら……。
けれど、それ以上に現実的な問題として、彼がいなければ、私は屋敷へと帰る道すら分からないのだ。
そのことに気づけば、知らない街に一人きりという絶望に、恐ろしさのあまり震え上がった。
「わ、私……、どうすれば……」
「あの、泣かないで。私と一緒に、お友達を探しましょう?」
「で、でも……」
「あ、お店は大丈夫ですから! お父さん、良いよね?」
ふと見上げれば、優しい笑顔の飴細工職人がこちらを覗き込んでいた。
突然泣き出した少女に、彼も気づき心配していたのだ。
「ああ、心配いらないさ。一緒に行ってあげなさい」
「ありがとう。それじゃ、行こ?」
「…………。はい。ありがとうございます……」
私は、ひっくひっくとしゃっくりしそうなのを抑え込み、そう答えるのが精一杯だった。
飴屋の娘エイダは、笑顔で手を差し出す。
「片方、持っててあげるね。だから手を繋ぎましょう?」
「え……?」
「私とはぐれちゃったら、お友達と同じだもん。
はぐれないように、ちゃんと握ってようね」
「ええ、そうですわね」
綿飴を渡し、しっかりと手を繋ぐ。
今度こそ離さないように。今度こそ逃さないように。
そうして不安を押し殺しながらの、ヴァイス捜索が始まった。
「それで、お友達はどういう人ですか?」
「どういう……。ええと、ボサボサの黒髪の男の子で、ヨレヨレの服を着ていて……」
「うーん……。目立ちそうな人ですよね。
お祭りだから、よそゆきの格好の人が多いですし」
「でも……」
「でも? なんですか?」
「いいえ、なんでもありませんわ」
たとえ、どれほど目立つ格好であっても関係ない。彼女が見た目を知ったところで、見つけられるはずがない。
親切にもこうして一緒に探してくれる人に、そんなことを言えるはずがなかった。
だから、私が見つけなければならない。この人混みの中、あの目立たない人を。
「目立ちそうだけど、だからといってただ探し回るのもむずかしいよね……。
どこか、行きそうなところはないの?」
「行きそうなところ?」
「たとえば、好きな食べ物とか。あと、好きな遊びとか?
色々な食べ物が売ってるし、輪投げとか、あたりくじとか、そういうお店もあるよ。
だから、その子が好きなものがわかれば、そのお店に行くのがいいかもって」
「好きなもの……」
そう言われてはっとした。私は彼が好きなものを知らない。
彼と出会って、彼と遊んで、毎日顔を合わせていたのに、何も知らないのだ。
私の遊びに付き合わせ、勉強して、それで夕方になったら別れる。
ただただ続けていた毎日で、彼のことを何も知ろうとしなかったのだ。
そのことに気付かされて、私はまた泣きそうになりながらも、ぐっと涙をこらえうつむく。
「どっ、どうしたの!?」
「いえ、彼のこと……、何も知らなくて……」
「そうなんだ……。どうしよう……」
その言葉の意味するところは、再び泣き出した私に対しての「どうしよう」なのか、もしくは手がかりがないことに対する「どうしよう」なのか……。
その時の私には、推し量る余裕はなかった。
ただ情けなくて、結局一人では何もできない弱さに、打ちひしがれていたのだ。
王子のいない寂しさに、ずっと部屋の中から窓の外を見つめていた、あの時と同じように。
ヴァイスと出会った、あの日と同じように。
「あっ……。彼は食い意地だけは張っていましたわ。
もしかすると、何か食べるものを見ているのかも……」
ふっと出会いを思い出せば、人のクッキーを盗む姿を思い出す。
そしてここに来るまでも、色々な食べ物を盗んでいたのだ。
私ならもう十分満腹になる量だったけれど、もしかするとまだ足りないと集めて回っているのかもしれない。
「うん、それじゃあ、食べもの屋さんを見て回ろう!」
「はい!」
そんな手がかりとも言えないようなことでも、なんとか思い出せた。
それだけで、少しは希望があると思えたのだ。
不安を無理やり抑え込みながら、つよくエイダの手を握り締める。
その温かさに励まされながら、祭りの人混みを二人で縫うように歩き続けた。
疲れはて、座り込みそうになったその時、私は見覚えのある後姿を見つけたのだ。
「いましたわっ!!」
「へっ?」
数々の店を周り、ヴァイスを見つけた時、彼は予想以上のことになっていた。
フライドポテトに焼きとうもろこし、焼きそばなどなど……。
両手には屋台で売っている、おそらく盗品であろう食べ物を抱え、抱えきれなかったのか、口にはスペアリブの骨までくわえていた。
そして私を見るなり「げっ!」と言わんばかりの表情を見せ、逃げようとしたのだ。
私は安心したというのに、彼にとっては見つかってはいけないところを見られてしまったと思ったのだろう。
それも当然か。明らかに盗みを働き、その成果を両手に抱えていたのだから。
「まっ! 待ちなさいっ!!」
逃げるヴァイスを追いかけるが、当然私が追いつけるはずもない。
というより、数秒走っただけでバテてしまったのだ。
いくら過保護にされていたからと、情けないほどに体力がなかったのは、今では恥ずかしい。
「逃げたって、また見つけますわよっ!」
ただ私は、そうやって負け惜しみを言う他なかった。
その時の私にとっては、必ず見つけられるという自信からくる言葉ではあった。
けれどその言葉は、意外にも効果があったようだ。
「ちっ……。仕方ねえか」
ヴァイスは私の言葉に、観念したのか逃げるのをやめ、すごすごとこちらへやってくる。
そして、手に持っていたフライドポテトを私に差し出した。
「食うか?」
「遠慮しておきますわ」
「…………」
「…………」
「ぷっ……。あははは、バッカみてえ!」
「ふふっ……。誰のせいだと思ってますの!」
二人とも両手が塞がってるからって、仲直りの印が握手じゃなくフライドポテトなんて、なんだかおかしくて二人で笑い合う。
ひとしきり笑ったら、置いて行かれたこととか、逃げようとしたこととか……。
そんなのなんて、どうでもよくなってきた。
「ごめん」
「こちらこそ、手をはなしてごめんなさい」
そうした、今思えば微笑ましい仲直りの風景。
けれどそれを、不思議そうな目で見つめる人がいた。
「あの、誰と話しているんですか?」
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