悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

14見えない友人

公開日時: 2021年9月27日(月) 21:05
文字数:2,110

 ハンカチを取り出し、私のクッキーを盗んだ犯人の口を拭いてやる。

いつもはメイドや、オズナ王子にやってもらっていたことを、まさか私が誰かにするなんて、思いもよらなかった。

けれど、悪い気もしない。それが当然のように、私はそうしていたのだ。



「あ、ありがとよ……」


「どういたしまして」



 少し恥ずかしそうに彼は言う。

そして、落ち着いたところで私は切り出した。



「あなた、お名前は? どうしてここに来たの?」


「俺は……、ヴァイス。いつも色々な屋敷に忍び込んでるんだ。

 今日はたまたまこの屋敷に決めて、甘い匂いがしたから調理場に忍び込んだ」


「おやつのクッキーの香りに引き寄せられちゃったのね」


「うん。勝手に食べてゴメン」


「いいのよ。私はいつも食べないもの」


「そうなのか?」


「ええ。あなたに食べていただいた方が、お父様に心配されなくて済みますわ」


「心配するのか? 親が?」


「そうですの。私は、他の人より食べる量が少ないから、お父様はいつも気にかけてくださるの。きっと、お父様は心配性なのね」


「そっか……」



 その時のヴァイスは、とても寂しそうな顔をしていたのをよく覚えている。

何気なく言った私の言葉は、彼にとっては羨ましいものだったのだ。

けれどその時の私は、それに気づくことはなかった。



「それにしても、よく使用人たちが通してくれましたわね。

 誰も屋敷に近寄れないように、門番もいるはずですのに……」


「それは……。俺が、誰にも気づかれないだけだし……」


「誰にも気付かれない? どういうことですの?」


「言葉の通り。目の前にいても、誰も俺のことが見えないんだ」


「へぇ……。私は見えていますけど?」


「…………。どうしてだろうな」



 その時の私は、スキルなんてものをちゃんと理解していなかったので、ただ冗談を言っているだけだと思っていた。

だから屋敷の者たちが招き入れたのだと思ったし、彼の気持ちも知らず、その特技を無邪気に遊びに使おうと思ったのだ。



「でしたら、かくれんぼが得意なんですわね!?」


「え?」


「では、今からかくれんぼしましょう!

 私が鬼をしますので、10秒で隠れてくださいまし!

 隠れていい範囲は、屋敷の中だけですからね!」


「ちょ、待って」


「待ちませーん! はい、数えますわよ!

 いーち……」



 手で顔を覆い隠し、私は数え始める。

屋敷の者が彼を招き入れたのならば、遊び相手をするのが当然だと思っていたのもある。

けれど、誰とも知らぬ会ったばかりの人といきなりかくれんぼをしたいと思うほど、その頃の私は寂しかったのだ。



「じゅう! さっ! 探しますわよっ!」



 視界を覆っていた手を外した時、ヴァイスは隠れることもなく、10秒前と同じ姿でそこに立っていた。

それが彼なりの「隠れ方」であるなど、当然私は知るはずもない。



「ちょっと! かくれんぼですわよ!? ちゃんと隠れてくださいまし!」


「えっ……。お前、俺が見えるのか?」


「目隠しを外してるんですから、当たり前でしょう!?」


「嘘だろ……」


「はい、もう一度数えますからね!

 今度こそ、ちゃんと隠れてくださいまし!」


「あ、ああ。わかった」



 その次に目を開いた時、今度こそヴァイスの姿は目の前になかった。

彼がかくれんぼをやる気になったのだと思い、私は部屋の中を探し始める。

けれど、彼の自信満々の言いぶりとは裏腹に、簡単に見つけてしまったのだ。



「あら? このベッド、こんなに膨らんでいたかしら?」


「…………」



 声をかけても、ベッドの膨らみは答えない。

そのままスルーして、他の場所を探すふりをちょっとだけして、私は掛け布団をひっぺがした。



「ヴァイスさん! 見つけましてよ!」


「ひっ……」


「かくれんぼが得意な様子でしたのに、口ほどにもないですわね!」


「なんですぐ見つかったんだ……」


「ふふふ……。私、かくれんぼの鬼は得意ですの!

 使用人たちとやる時も、オズナ王子とやる時だって、見つけられなかったことはないんですから!」


「そうなんだ……」



 自慢のために出した王子の名前に、ふっと寂しさが込み上げた。

もう前までのように、一緒にかくれんぼしてくれるオズナ王子はいないのだ。

そのことを思い出してしまって、鼻の奥がツンと痛くなるのを感じた。



「どうした!? どっかぶつけたのか!?」


「い、いえっ……。なんでも……、ありませんの……」


「嘘つけ! なんでもないヤツが、急に泣き出したりするわけないだろ!?」


「ホントに、ホントになんでもなくて……」



 強がってみても、今まで抑え込んでいた感情は、ポロポロと雫となって溢れ出す。

肩を震わせ、寂しさを吐き出し続ける私に、彼は優しくハンカチで涙を拭ってくれる。

そして温かいその手で、ぽんぽんと頭を撫でてくれたのだ。



「えっと……。理由は知らないけどさ、泣きたいときは泣いたらいいさ」


「ありがとう……、ございます……」



 そのまま私は、ベッドの上で、今まで我慢してきた分ずっと泣いた。

そしていつの間にか泣きつかれ、眠ってしまっていた。

けれど、ふと人が離れていく感覚で目が開き、私はその後ろ姿を呼び止める。



「お待ちくださいまし……」


「なに?」


「また……、来ていただけませんか?」


「…………。わかった」



 こうして、私は誰にも姿を見られない、秘密の友達を得たのだ。

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