「ったく! やってらんねーですわっ!!」
学園に入る前の、エリーちゃんの屋敷での話だ。
その日も、エリーちゃんはえらくやさぐれてたな。
なんでも母親に、「学園に入るのだから、もう弓術を習うのはやめなさい」と言われたらしい。
そりゃ、公爵令嬢が弓を扱えたって、なんのメリットもない。
それどころか、暗殺計画を企ててるなんて噂を流された日にゃ、立場すら危うくなるんで納得だ。
親父さんの方は、体力作りにもなるし、ストレス解消にいいのだからと庇ってくれたらしいんだが……。
ま、仕事の話なら親父さんの発言力が高いが、家の中のことは「かかあ天下」ってヤツらしい。
「あー! イライラしますわっ!!」
「どうどう、落ち着きなじゃじゃ馬」
「ヴァイス! そこに座りなさい!」
「あ? 何しようってんだ?」
「当然、あなたを的にするんですわよ!」
庭の低木の枝を折って、そこに紐をかけながら言うもんだからよ、本気でやるつもりだって悪寒が走ったね。
たとえへろへろの矢だって、コイツが本気出せば脳天直撃は確実だからな。
死因が、雑に作った弓で射抜かれたなんてことになった日にゃ、死んでも死にきれねえぜ。
なんで、即座に気配を消して逃げようって思ったわけよ。
俺の特技なもんでな、どんなに見つめられていても気配を消した瞬間、相手からは消えたように見えるんだよ。
まー、例外もいるんだけどな。
「こらっ!! 逃げるなっ!!」
「ったく! なんでお前には効かねえんだよっ!」
「逃がさないためですわっ!!」
言いながら投げられた小石が、後頭部にクリーンヒットしたもんで、あれはかなり痛かったな……。
ま、そんなわけでエリーちゃんは荒れてたわけよ。
それは、学園に入ってからもあんま変わんなかったな。
けど、そこはさすが公爵令嬢、ポーカーフェイスはうまいわけよ。
「わたくし、エリヌス・ラマウィと申します。
無能力と判定されましたが、皆様に追いつけるよう、日々精進いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします」
なんてふうに、無能力をいきなりカミングアウトしやがったんだよな。
学園にいるヤツなら当然知ってるだろうが、この学園の入学条件は「なんらかのスキルを持つ者」ってもんだ。
選考水晶で、スキル所持者と判定されねえと弾かれる。それは貴族も平民も変わんねえ。
ま、貴族ってのは、裏から手を回してそれを誤魔化すんだけどよ。
しかし、水晶はなんかのスキル持ちってのは判定してくれるが、なんのスキルかまでは教えてくれねぇ。
だから、在学中に必死になってスキルの特定をするもんさ。
入学前に発覚した俺なんかは別だけどよ。
んで、無能力ってのは知っての通り、スキル全振りのヤツのことさ。
スキルが強力なかわりに、魔法が全く使えねえヤツ。スキルが自覚できなきゃ、マジの無能だよな。
「おいおい、無能力なのバラしちまってよかったのか? 他の奴らにナメられんぞ?」
「別に構いませんわ。嘘で取り繕ったって、事実は変わらないでしょう?」
「そうかい。好きにしな」
その話を聞いた俺は、帰り際にそんな風に聞いたんだよな。
ま、アイツのことだから、無能力を理由にイジられでもしたら、父親に泣きついて学園を辞めるつもりだったのかもしれねえけどな。
結果的には、公爵令嬢をイジるヤツなんているはずもなかったんだが。
「しかしお前のせいで、他にも無能力だって自己紹介したヤツがいたらしいじゃねえか」
「私のせいですの?」
「そりゃそうだろ。お前の前例があったから、そういう風に言うもんだって思っちまったんだろ?
しかも、相手は平民の特待生らしいな。こりゃソイツ、前途多難だぞ」
「どうしてかしら?」
「そりゃお前、平民で無能力。使えるスキルかどうかも分からねえ平民が、とりあえずで特待生だぞ?
裏金やら入学金やら払ってる貴族のボンボンどもにとっちゃ、目障りだろうさ」
「へー。そういうものなんですのね」
「お前……。ちょっと世間に疎すぎねえか?」
「私が知る必要のないことですもの」
「さいですか……」
その平民で無能力なのが、例のピンク髪の女、セイラだったのさ。
けど、それが理由でエリーちゃんがアイツをオモチャにしてるわけじゃねえ。
むしろ、そのすぐあとくらいは仲が良かったほどなんだよな……。
「あら、あそこにいるのは……」
「ん? なんだ?」
その日も、エリーちゃんは窮屈で退屈な家に帰りたくないからと、学園に慣れるためっていう理由をでっち上げて、日が暮れる直前まで学園内をうろうろしてたんだよ。
その時に、大講堂の裏でアイツと会ったんだ。
「たしか、セイラさんでしたわね」
「あぁ。お前のせいで無能力カミングアウトしちまった、可哀想な子だな」
「ヴァイス、あなたも可哀想な状態にしてさし上げましょうか?」
「一応聞くけど、どうやって?」
「弓の練習の的にしてさし上げますわ」
「遠慮しておきますわ。ぐはっ……」
口調を真似て返せば、矢の代わりにキツい拳が腹にめりこんだな。
今思えば、アイツはやっぱかなりのじゃじゃ馬だな。
ま、そんなこんなで俺たちは、陰からセイラを見てたんだよ。
大講堂の裏なんてひと気のない場所で、木の杭を何本も立てて、ごそごそとカバンを漁っててな。
なにしてんだって見てたら、アイツカバンからスリングショット……。
いや、オモチャだし、パチンコって言うか。まあ、ソレをとり出して、的に向かって撃ち始めたんだよ。
なんというか、ひとり遊びにしては独特すぎるよな。
ちなみに、腕前はかなり下手だったぞ。
全弾外して、大講堂の壁にちょいちょい傷を付けただけだったしな。
俺なんかはそれを見て、変なヤツだなと若干引いてたんだが……。
「あなた! 面白そうなことしてますわね!! 私にも、やらせていただけないかしら!?」
「ちょっ!? エリーちゃん!?」
まー、うん……。
どうやらエリーちゃんにとっちゃ、弓じゃなくても、的あてならなんでも良かったらしい。
「ひぇっ……。あっ……。はい……」
いきなり飛び出てきて、やらせろとずいずい迫られちゃ、そりゃ相手も戸惑うよな。
震えながらパチンコを渡して、すごすごと後ずさりして、変質者から距離を取ってたぜ。
「逃げなくてもいいじゃないですの! ところでこれ、どうやればいいのかしら?」
「えっ……、えっと……」
どうやら、エリーちゃんにとっちゃパチンコは初めて見るもんだったらしい。
ま、あれで公爵令嬢だからな。庶民の遊び道具は、ご存知なかったんだろう。
「なるほど! ここを引いて、離せば飛ぶんですのね! 弓よりも簡単で良いですわね!
では、的に狙いを付けて……」
あんなに楽しそうな顔を見たのは、ガキの頃以来だったな。
アイツにとっちゃ、的あてってのはかなり楽しい遊びらしい。
そして発射された弾は……。全弾杭に描かれた丸の中に吸い込まれていったんだ。
「あら、意外と簡単ですわね」
「多分、お前が異常なんだと思うぞ」
「そうなのかしら?」
横では言葉こそ発しなかったが、セイラもこくこくとうなづいてたな。
「ところであなた、いつもここで練習してるのかしら?」
「あの……。えっと……。スキルの……、練習……」
「スキルの練習?」
「戦闘系の……、スキルかもしれないから……」
「どういうことですの?」
「つまりあれだ。なんのスキルかわかんねーから、手当たり次第試してたってことだろ。
女だからって、剣術や弓術じゃないとも限らねえ。なら、戦闘系も一通り試しておこうってことさ」
「なるほど。あなた、とても頑張り屋さんなのね」
「そんなこと……、ないです……」
あわあわとしながら、カタコトで答えるもんだからさ、コイツには話術のスキルはねえってのだけはよく分かったぜ。
ま、そんなこんなでエリーちゃんは、セイラと仲良くなっちまったのさ。
それが悲劇の始まりとも知らずにな。
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