悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

28逃亡

公開日時: 2021年10月29日(金) 21:05
文字数:2,320



「これはいったい、どうなっているんだ……」



 エイダの父は、目の前で起きていることに目を丸くしている。

それもそのはずで、目前にいるはずの自身を探し、先ほどまで言い寄っていた男たちがキョロキョロと周囲を見回しているのだ。



「説明は後ですわ。ともかく、この場から逃げますわよ」



 最低限の荷物をリュックに詰め、屋台を後にする。

その間も、行く先々で人混みが割れていく様子を、彼は夢でも見ているのかと言いたげな表情で眺めていた。



「とりあえず、ここまで来れば大丈夫だろ」



 ヴァイスがそう言って足を止めたのは、商店街から少し離れた空き地だった。

地面は均され、草が刈られた様子から、何かの建設予定地だろう。

その埃っぽい地面に座り、「ふぅ」と一息ついたのだ。


 私はそこに座ることに少し躊躇いがあったものの、エイダたちも座り込んだことから、渋々膝をついた。

走り疲れ、肩で息をしているほどだったのだが、先ほどの光景を思い出すと急に笑いがこみ上げてきた。



「ぷふっ……。あははは!

 ご覧になりまして!? あの二人の呆けた顔を!」


「お前なぁ……。あんだけの事しておいて、なに大笑いしてんだよ……。

 ま、あいつらがバカみてえな顔して悔しがってたのは面白かったけどよ」



 あまりのおかしさに笑う私に対して、ヴァイスは苦笑いしながらため息をついた。

けれどその表情は、飽きれたというものではない。してやったりという顔だ。

そうして少々落ち着いたことで、エイダの父はやっと胸に溢れていたであろう疑問を吐き出した。



「エイダ、いったい何がどうなってるんだ?」


「それは……」


「俺から説明しようか」



 言い淀むエイダに代わり、ヴァイスが口を挟む。

まあ、エイダは状況を完全に理解していないはずだし、妥当ではあるのだけど。



「お前さんたち親子が、色々厄介な立場だってんで、俺の能力を使って逃してやったってトコだな」


「かなり端折りましたわね!?」


「間違ってはないだろ?」


「間違ってはいませんけど」



 顔を見合わせ笑う私たちに対し、エイダの父は意味がわからないという表情を崩さない。

しかし数秒経って、先ほどの言葉の羅列を理解したのか、はっとした表情へと変わった。



「助けてくれてありがとう。しかし、能力?

 さっきの、誰もが道を空けるようになるのが、君の能力なのかい?」


「それは俺の能力の一部」


「実際には、他の人に気付かれなくなる能力ですわね」


「なるほど……。これがスキルと呼ばれるものですか……」


「スキル?」



 その言葉に、私たちは「何言ってんだ?」という顔をしていただろう。事実、ヴァイスは顔にそう書いてあった。


 なぜならスキルとは、特別な人に与えられる、特別な何か得体の知れないものだと思っていたからだ。

家庭教師の教える授業でも、使用人たちの噂話にも、父や母の会話の中であっても。スキルとは特別であるという意識が根底にあったのだ。

だからこそ宝であり、だからこそ国をあげて守り育てるものであると。そのように認識してしたのだ。



「連邦とは違い、スキルを重要視する国だとは聞いておりましたが、まさかこのように幼い子まで使いこなすとは」


「いやいや、ただの体質だろ?」


「確かに、使いこなせてはいませんしね」


「なるほど……。この国ではスキルさえも、ただの個性であると認識されているのですか。

 やはり、この国へ逃げてきて正解でした」


「なに勝手に納得してんだよ」



 噛み合わない会話に、ヴァイスのツッコミが入る。

今思えば、あれをただの体質と言い張る私たちの方が、少々おかしかった気もするのだけど。



「エイダ、この国ならば、お前も普通の子として生きていけるだろう。

 問題は、行くあてがなくなってしまったことだが……」



 エイダの父は、静かにため息を漏らした。

助ける他ないと判断しての行動だったが、その先を考えていなかった私たちも顔を見合わせる。



「すまないね。助けてもらっておいて、暗い話をしてしまって」


「いえ……。あの、逃げてきたとおっしゃいましたが、何があったんです?

 エイダさんに、ロート連邦から来たということは聞きましたけれど……」


「ああ、君たちはそれを聞いていてなお、助けてくれたのか。本当に優しい子達だ……」



 疲れた表情を浮かべている様子から、屋台を出すまでにも色々あったのだと悟る。

やっとこちらでもうまくいくかもしれないと思ったところで、あの男たちに邪魔されたのだというのは、聞くまでもなかった。

けれど、聞かされたこの国へと逃げるに至った経緯は、予想外のものだったのだ。



「私は、ロート連邦の王宮で菓子専門の料理人をしていたんだ。

 それなりに大事な仕事も任されたし、結婚もして、うまくやっていたんだがね……」


「そんなヤツが、なんで逃げてくるようなことになったんだ?」


「この子……、エイダが少し特別だったんだ。

 小さい頃から魔法が得意というか、少々暴走させるほどに魔法に適性があったのは分かっていたんだがね……。

 連邦では、6歳になる年に詳しい検査が行われるんだ。

 そこで分かったのが、この子が魔法の適性がことだったんだ」


「魔法の適正がありすぎる? それが問題ですの?」


「ああ。ロート連邦はこちらと違い、魔法を重視する国だ。

 魔法が使えない人は、奴隷として扱われてしまうほどにね。けれど強すぎるものもまた、問題なんだ」


「普通に考えたら、大事にされそうなもんだけどな」


「いや、魔法が強すぎる場合……。ある意味奴隷よりもひどい扱いかもしれない」


「奴隷よりひどい?」


「ああ……」


「奴隷よりひどいなんて、どんなだよ?」



 興味深々な私たちと違い、彼は節目がちに言い淀む。

そして長い沈黙ののち、意を決したように言葉を発した。



「ただの魔力源として、魔力を吸い取られ続けることになる」



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