悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

10付人たちの攻防

公開日時: 2021年12月3日(金) 21:05
文字数:2,235



「お勤めお疲れ様でした。外は随分暑かったかと存じます。

 お風呂のご用意ができておりますので、お入りになられますか?」


「…………」



 王宮から帰ったエリヌスに、しずしずと頭を下げたあとエイダは問うた。

変わらぬメイドとしての務め、変わらぬ公爵家の日常である。

けれど今日のエリヌスはいつもと違うと、エイダは察知した。



「いかがいたしましたか?」


「エイダ、あなたも汗だくじゃない」


「これはお見苦しいところを……。失礼いたしました……」


「それじゃ、一緒にお風呂に入りましょうか」


「それは……」


「お嬢様、なりませんよ」



 一瞬戸惑うエイダに代わり、共に出迎えに来ていたメイド長が止めに入った。

いつもならば居たとして、一言も発さない相手からの言葉に、エリヌスも少々めんくらった顔を見せる。



「あら? いつものことですわよね?」


「御当主様からのご指示です」


「お母様からの?」


「はい。今まではまだ幼いと、おおらかな心でお許しいただいていたにすぎません。

 お嬢様はいずれ、オズナ王子と結ばれれば、王妃となるお立場です。

 メイドなどの下の者と同じように振る舞うのは、止めるようにというご伝言です」


「あらあら……。つまりお母様は、一人で入れとおっしゃるのね。

 付き人を付けず、自ら身体も髪も洗えと……。

 公爵家といえど、我がラマウィ家もずいぶん落ちぶれたものですね」


「しかし……」


「それに風呂場というのは、最も危険な場所じゃございませんこと?

 警備に不安を抱えているわけではありませんが、万一暴漢などの侵入者にでも襲われれば、自らの身を守る術がない場所ですのよ?」


「そのようなご心配は不要かと」


「どうかしら? そう思えるのは、あなたたちが最低限の魔法で自衛できるからじゃございませんの?

 私は無能力者。道具を持たなければ、何もできない赤子のような存在でしてよ?」


「ですが……」


「その点、エイダを連れていれば安心でしょう?

 魔法の才で学園に入学できるほど、他に類を見ないほどの魔法の使い手でしてよ。

 お母様やあなたたちにどう映っているかは知りませんが、彼女はただのメイドではないの。それをご理解いただきたいですわね」


「…………。かしこまりました。今回はそのように。

 ご当主様には今一度、方針を確認させていただきます」



 捲し立てるようではなく、ただ淡々と言いくるめるその姿は、嫌味な貴族そのものだろう。

けれどその行動に、少々安心感を覚えたエイダだった。



『てゆーか御令嬢はさ、悪役令嬢やれるのかな?

 普段の様子を見てると、なんというかその、全然そんな雰囲気を感じないというかさ……。

 まさかどこかに、悪役令嬢の素質を落っことしたんじゃないかって心配してるんだよね』



 あの夜の彼の会話に、悪役令嬢の素質とは一体どういうものかと問いただしたくなる想いを、エイダは抱いていた。

けれどそれが今、目の前で見せられ、安堵と少しのおかしさを味わったのだ。

今の出来事を彼に対して行えば、悪役令嬢は務まるだろうと。


 そのような想いは口にすることなく、エイダはエリヌスと共に、風呂場へと来ていた。



「まったく、あのメイド長なんなんですの!」



 今までは問題なかった行動への突然の口出しに、理路整然と反論した彼女も、内心怒っていたのだ。

けれどそれは、目につかなかっただけで、今までも水面下で行われてきた駆け引きのうちの一つだと、エイダは知っていた。



「お嬢様が王妃となられれば、使われる者もまたこれ以上ない誉れです。

 王妃つきメイドとして共に宮廷へと入ることが叶えば、王宮内でも歯向かえる者はおりませんでしょう」


「つーまーりー、王妃のお気に入りの地位が欲しくて、あなたを外そうとしてますのね!?」


「ありていに言えば、そうなりますね」


「かっーーー!! めんっどくっせぇですわ!!」


「お嬢様、言葉遣いは普段からご注意下さいませ。

 うっかり外で出てしまえば、取り返しがつかなくなります」


「いいじゃない、二人きりなんだし。

 公爵令嬢の真似事は疲れるのよ。こんな時くらいは発散しないと!」


「しかし、万一聞かれでもしたら……」


「万一なんてありえませんわ。

 あのヴァイスですら見つけられる私ですわよ? 風呂場に誰か居たなら、即座に気付きますわ。

 それにあなたの防音結界がありますもの。これほど信用できるものが他にあるかしら?」


「お褒めいただき光栄です」



 主の髪を洗いながら、褒められたことに専属メイドは小さく頬を緩める。

けれど喜んでばかりはいられない。この誰にも聞かれることのない空間ほど、誰にも知られてはいけない事を話すのに適切な場所はないのだから。


 けれど相手が少々疲れているであろうことを気づけぬほど、専属メイドは無能ではない。

窮屈な王宮での仕事を終えた彼女の愚痴を聞くのもまた、メイドとしての仕事。

もしくは、最も近しい友人としての役目でもあると認識していたのだ。



「だいたい、私が王妃になることが確定してるなんて思っているのが間違いですわ。

 まだ婚約してませんのよ? いつ破談になったっておかしくない立場ですのに」


「周囲の者は、そのような可能性を考慮しておりませんので……」


「ひとの気持ちなんて、簡単に変わってしまうものですのにね。

 あなたも見たでしょう? 私、王子に睨まれましたのよ? 将来の妻にする態度じゃありませんわよ!」


「…………」



 それは前回、エイダも共に王宮へといった時のことだ。

その睨みつける視線の先が、許嫁ではなくその後ろに控えていたメイドに向けてのものだったと気付いたのは、メイド本人だけだった。

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